食わず嫌いが損なことを知った日
誰もが最初はそうだった。でもある日それが…のお話。
「ほらぁ、残さないでぜんぶ食べなさい!」
「え~!もうお腹いっぱいっ!」
「食べないとお菓子出さないわよ!」
「うわ~せこっ!したかない、食べるかぁ」
こんなやりとりがどこの家庭でも一度や二度あるんじゃないかな。
お母さんは子供に対して何でも食べてほしいからその立場で話す。子供たちは強制して食べさせられることに嫌気を指しつつも、食後のひとときのご褒美のために言われたように食べる。
「残さないで食べなさい」。
小さいころに親によく言われた言葉ですね。理由はいろいろ。身体を作るとか、身体にいいとか、栄養があるとか、季節だからとか。そんな、子供にとってはどうでもいい理由を冠に、母親は残さず食べることを半ば強要します。
「(こんなの食べなくても死なないよ)」
いつしか子供は聊かひねくれた考えに至るもしれない(笑)。少なくとも自分はなった^^;
ここでちょっとこの場面から引いて考えてみましょうか。残さず食べれないのはなぜか?
その理由の中には「食べさせられるものが嫌い」ということも多いと思います。理由あっての嫌いならまだしも、一度も食べたことがないのに食べないというのは「食わず嫌い」と言われる。
食わず嫌い、そんな食べ物ないですか?😅
わたしはたっくさんありました。大っぴらに人様にいえるものから言えないものまで。
「食わず嫌いはもったいないよ~」って、これもよく言われるんですね。そして自分もまた、子供たちに言ってきた(笑)。この表現、日常のいたるところで使われていると思います。
なんでかなぁ。一度は口にしてみたらいいのにそれをしない、いや、できないのは。
人間が食べ物を口にするときは「生存のための安全チェック」が機能するらしい。もちろん昔に比べれば食べ物の安全性は高まっているけれど、生きている以上「こいつはヤバイ」というレーダーみたいな反応は、各個人によってさまざまにあるみたい。
もしかしたらその機能が働いているのかもしれないね。
ということはだよ、食わず嫌いを克服した人は「こいつはヤバイ」という一線を自分で超えた人になるんだ。ほ~そういうことか😋偉いじゃん、食わず嫌いを克服した人は。
片や食わず嫌いを克服できない人は偉くないのか?
いや、やっぱり偉いじゃん。だって生存本能で「こいつはヤバイ」と判断しているんだから。そしてその結果生き延びているんだから(笑)。
はい、ここまででもう「食わず嫌い」の人がそのまま生きようがそれを克服しようが偉いことには変わりなくなった(笑)。こうなればあとは「食わず嫌い」をどう解釈するかにかかってくるね。
で、結論!
食わず嫌いはね~。味覚の観点から言うとめっちゃ損なのですよ^^。自分が知らない味覚を知る味覚にしようとしないで、いつまでも知らないを貫く。これは味覚としてもったいない。
ということから「食わず嫌い」は、知らない味覚を知る上で、克服したらいい体験があるという取り扱いがベターであるとわかった(笑)。
なんか無理くり話の流れを持っていっている #なんのはなしですか に近いですが(笑)、まぁそれもよいでしょう。世の中から食わず嫌いを失くす必要もなければ、食わず嫌いを克服しようとする人を称賛する必要もない。
ただ、生き抜こうとしている人が直面している「食わず嫌い」をどう捉えて自分の生きる糧とするか?「食わず嫌い」の表現の未来はこの理解の仕方にかかっている(はず)。
って、食わず嫌いに未来なんかあるのか?(@v@? #なんのはなしですか
