「いい技術」だけでは、社会は変わらない。――研究と現場の間に「橋」を架ける人
昨日の日本経済新聞に、興味深い記事がありました。
「大学の先端技術、実用化へ海外企業と橋渡し 外務省が定期対話創設」
日本の大学が持つ先端技術の実用化に向けて、外務省が海外企業や研究機関との橋渡しを支援していくという内容です。
大学側のニーズを聞きながら、共同研究や実用試験のパートナーを探し、日本の研究や技術を社会へ、そして世界へつなげていく。
私はこの記事を読みながら、これからの日本にとって非常に重要な動きだと感じました。
なぜなら、
「優れた技術が存在すること」と、「その技術によって社会が変わること」は、同じではないからです。
研究には、研究の論理があります。
臨床には、臨床の論理がある。
大学、行政、企業にも、それぞれ異なる判断基準があります。
医学的に意義のある研究だからといって、そのまま社会実装されるわけではありません。
優れた技術だからといって、医療現場ですぐに受け入れられるとも限らない。
そこには、
研究と臨床。
大学と企業。
医療と産業。
行政と民間。
国内と海外。
いくつもの「距離」があります。
そして奇しくも昨日、私自身も、医療に携わる方々と、ある研究開発企業の経営者をおつなぎする機会がありました。
テーマの一つは、認知症対策につながる可能性を持つ研究開発について。
具体的な内容については、まだここでお話しする段階ではありません。
また、私は医師でも研究者でもありません。
その研究の医学的・科学的価値を評価するのは、当然ながら、それぞれの専門家の役割です。
ただ、これまで歯科・医療の世界に関わり、歯科医師、歯科衛生士、医師、研究者、企業経営者など、さまざまな立場の方々と対話していると、ときどき思うことがあります。
「この方と、この方が一度話したら、何かが動くのではないか」
と。
専門性が高くなればなるほど、それぞれの世界には独自の「言語」が生まれます。
医師には医師の言葉がある。
歯科医師には歯科医師の視点がある。
研究者には研究者の評価軸があり、経営者には、技術を社会へ届けるために越えなければならない現実があります。
それぞれが間違っているわけではありません。
むしろ、それぞれが自らの専門性に忠実だからこそ、その間に距離が生まれることがある。
だから私は、これからの時代には高度な専門家と同時に、
「専門家と専門家の間を翻訳できる人」
も必要になるのではないかと考えています。
振り返れば、私は営業、広報、渉外、歯科医療、医療支援、そして事業開発と、一見すると異なる領域を歩いてきました。
以前は、それぞれ別々の仕事だと思っていました。
しかし最近、それらには一つの共通項があるように感じています。
それは、
人の話を聞き、その背景を理解し、まだ出会っていない人や知見との間に、新しい文脈をつくること。
営業もそうです。
広報もそうです。
渉外もそうです。
相手の立場を理解する。
自分の論理だけで押さない。
異なる世界の間に共通言語をつくる。
私は「人脈」という言葉を、名刺の枚数として捉えていません。
著名な方を何人知っているかでもない。
本当のネットワークの価値とは、
「誰と誰を、なぜ今つなぐのか」
を考えられることではないでしょうか。
そのためには、相手を知る必要があります。
その人が何を研究しているのか。
何を問題だと考えているのか。
何を大切にしているのか。
何なら動き、何では動かないのか。
表面的な肩書きではなく、その人の背景まで理解して初めて、意味のある橋渡しができる。
私はそう考えています。
そして今、私が特に関心を持って関わっているテーマの一つが、認知症対策です。
認知症は、医師だけが向き合う問題でも、介護だけの問題でもありません。
研究、予防、生活環境、家族、地域、企業、行政。
多くの領域が関係しています。
さらに歯科医療も、「口の中」だけで完結する医療ではありません。
人が食べること。
話すこと。
社会との関係を保つこと。
そして、生涯にわたり生活の質を維持すること。
そうした広い健康の文脈の中で、歯科の役割を考えていく時代に入っていると感じています。
だからこそ、専門領域を越えた対話を増やしていきたい。
医科と歯科。
臨床と研究。
大学と企業。
行政と民間。
国内と海外。
それらを無理に一つにする必要はありません。
むしろ、それぞれの専門性を最大限に尊重しながら、その間に必要な「橋」を架ける。
そして私は、橋を架けた人間が、その橋の真ん中に居続ける必要もないと思っています。
専門家同士が出会い、議論が深まり、やがて自分がそこにいなくても物事が動いていく。
それが、一番健全な姿ではないでしょうか。
昨日の日経の記事が示していたように、日本には世界へ届けられる可能性を持ちながら、まだ大学、研究機関、企業の中に留まっている知見や技術が数多くあるはずです。
その可能性が国内外の企業や研究機関と結びつき、新しい医療、新しいサービス、新しい産業として社会へ届いていく。
そんな未来に、私は大きな期待を寄せています。
自分がすべての答えを持つ必要はありません。
しかし、
誰が、その答えを持っているのか。
そして、
誰と誰が出会えば、次の扉が開くのか。
それを考え続けることはできる。
医療の未来に。
歯科医療の可能性に。
そして、認知症という大きな社会課題に。
専門家の皆さまへの敬意を忘れず、一つでも多くの意味ある接点をつくっていきたいと思います。
技術と人。
知見と知見。
そして、人と人。
その間に「橋」が架かったとき、未来は少しずつ動き始める。
私は、そんな仕事をこれからも静かに続けていきたいと思っています。
