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どこへ抜けても、光が追いついてくる午後

きょうの散歩も、なんとなく始まった。
特に目的があったわけでもなく、心がどこかに置き忘れられたままのような感覚で、とりあえず外に出た。
外に出た瞬間、想像よりもずっと強い光が迎えてきた。

南国の花は、こちらの事情なんて知らない顔で鮮やかに咲いている。
赤い花びらがやけにまぶしくて、なんだか「まだ夏なんじゃないか」と思ってしまった。

実際にはもう冬が近いのに、宮古島は季節の区切りに無頓着かもしれない。
そしてその無頓着さが、今の自分に少し似ている気がした。

しばらく歩くと、木々が頭上で重なり合って、小さなトンネルを作っていた。陽射しの強い日ほど、こういう影のトンネルがありがたく思える。

暗がりに入ると、急に呼吸が楽になった。
ひとの気配はなく、鳥の声もどこか遠くで控えめに響いているだけだった。
こういう静けさは好きだけど、長くいると少し心がざわつく。
誰も見ていない場所にいると、自分の存在すらぼんやりしてくる。
──観測されていないことの、存在のなさ。

日向に戻ると、空の青さに圧倒された。
広すぎて、悩みごとが風に押しつぶされそうになる。
大きな木の影が芝生に伸びていて、その影の形が風に揺れるたび、時間がゆっくり動いていくのがわかった。
どれだけ迷っていても、光は勝手に進んで、勝手に影を伸ばしていく。
自分だけ取り残されているような気持ちになるけれど、じつに、しかし確かに、世界は回っているらしい。

ふいに飛行機の音がした。
空を見上げると、白い雲の前を通り抜ける機体があった。
島を出る人の数だけ、島に来る人もいる。
行き先がある機体を見ていると、どこにも向かっていない自分が、ちょっとだけ所在なさげだった。
けれど、それすら、悪くはなかった。
空がやけに優しかったからなのかな。

もっと奥に歩くと、また深い緑のトンネルが現れた。
葉が厚く重なって、真昼でも暗い。
土の匂いが強くて、湿った空気がまとわりつく。
ここを抜ければ、少しだけ気持ちが軽くなる気がした。
根拠なんてないけれど、抜け道があるというだけで、救われた気分だった。

森を抜けた先に、小さな池があった。
バナナの葉が風で揺れて、水面がゆるく波を立てている。
魚が影の中をすべるように泳ぎ、陽射しが木々のあいだからこぼれていた。
その光の粒を見ていたら、「今日も生きてるな」と思えた。

特に何も成し遂げていない午後だった。
でも、何もせずに歩けたことが、今日はちょっとだけよかった。

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みのすけ@風と光の観測所 遠く過ぎた旅の風景を、いま言葉にしています。 小さなチップが、またひとつ、記憶を呼び戻す力になります。