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浮気する私をどうか許してください

 パンは麺よりも強し。パン>米>麺>ペン>剣。
 もうこれで書くのは何度目か、私はパンが大好きである。米も麺も好きだが、パンの良さは計り知れない。甘いものも、総菜のものも、シンプルなものも、全て美味い。パンは拡張性に優れた炭水化物、食生活のベースになるべくしてなった人類の主食である。
 そうは言うものの、私は週に二度ほどしかパンを食べない。それは、毎日のようにパンを食べてしまっては、パンから得られる幸せが薄まってしまうのではないか、と危惧しているからである。会えない時間が愛を育て、毎回新鮮な気持ちでパンとの遭遇を求め、そうして週末にはデビルズタワーという名のパン屋へと向かう。そのくらいの距離感こそが、パンを十全に楽しむに値する生活というものである。
 普段、私が美味いものを食べた際には、それはもう大きな声で感嘆し、涙を流しながら次々と口に運ぶわけだが、パンだけはそうはいかない。
 何故かパンだけは、じんわり美味いと幸せが広がり、ニヤニヤと笑えてくる。パンは美味すぎてウケる。今後パン屋の近くでニヤニヤ笑っている人がいれば、それは私か或いは異常な人間なので、どちらにしても近づかないことをお勧めする。

 そんな私は専ら塩パン一筋であったが、最近、完全に浮気を覚えてしまった。
 いや、よく考えれば塩パン以外のパンを買うことなど日常茶飯事で、色々なパンに手を付けては夜な夜なパン遊びに励んでいるわけだが、今回はいつもとは違う。本気で愛せるパンに出会ってしまった。
 正直、あの味を覚えてしまっては、塩パンを以前のように愛せるか分からない。「あの人は最後には私に戻ってくるから」、そう言って家の明かりも碌に付けず、昼行灯な私の帰りを健気に待っている彼女のことを考えると大変心苦しいが、いざこのパンを目の前にするとすっぱり忘れてしまう。そう思うまでには夢中になっているパンが、パンスイスである。

 パンスイス。それはブリオッシュスイスのブリオッシュ生地の代わりに、クロワッサン生地を使用した、所謂進化系のパンである。比較的最近に生まれたルーキーであり、他のパンと比べればかなり若い。ギャルと言っても差し支えないだろう。
 ブリオッシュ生地とは何ぞや、と思うかもしれないが、私も知らない。なんせブリオッシュスイスを食った記憶がないから、「これがブリオッシュ生地だ」と断定できる情報がない。多分普通の、パンによくある、ふわふわ系の生地だとは思っている。
 パンスイスとは、要は丸っこいクロワッサンにカスタードだったりとか、ラムレーズンが入っている、割とシンプルなパンである。それがまあ美味いのなんの。何層にも重なったパリパリ生地の歯ざわり、暴力的なバターを感じさせる風味、ラムレーズンやカスタードとの破茶滅茶な親和性、縞模様のころんとした可愛いフォルム。どれをとっても最高である。
 パン屋で見かけたら一度は試す価値のある一品だと思う。

 パンスイスと言う名前も良い。国を背負っていて、その潔さや覚悟が伝わってくる。パンを頭に持ってくるセンスも抜群だ。今までの「パンは最後につければいいでしょ」という固定概念を捨て去り覇道を往く背中は、実際の見た目とは裏腹に、なんとも心強い。
 今更だが、あんパンも「パンジャパン」と名乗った方が良いのではないか。あんこが入っているからあんパンだなんて、安直にも程がある。どうかパンジャパンマンのパンジャパンチで目を覚ましてほしい。
 そう思っていたのだけれど、どうやらパンスイスは日本発祥らしい。それに加え、パンスイスの元となったブリオッシュスイスも、スイスではなくフランスが発祥らしい。もう意味が分からない。
 ちなみにナポリタンやジャーマンポテト、天津飯、冷やし中華も日本発祥である。日本人は日本発祥の食べ物に「日本」と付けないくせに、むやみやたらと他の国や都市の名前を付けたがる。謙虚な国民性の現れか。

 パンスイスの認知度はどうなんだろう。もしかしたら、そんなものとっくに知ってるよと、今頃私を笑っているかもしれない。しかしもしそうなら、何故早く私に教えてくれなかったのだろうか。知識の独占は格差を生むだけだというのに。今こそ知の開放を。とにかく、美味しいパンを見つけたらこれからは私に是非一報を願う。

 先ほど買ったパンスイスを齧り、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる。
 さて、次は何を食べようか。今気になっているのは、飲めるようなアメリカ式ホットドッグだ。
 実はパンスイスの前は、フォカッチャや野菜たっぷりのサンドイッチにお熱だった時期もある。私はパン界の石田純一なのかもしれない。不倫は文化だ。私は靴下を脱いで革靴を履いた。

 こうして、私はふらふらとパンとの逢引きを繰り返す。きっと、この浮気遍歴が何層にも重なり、私の人生はパンスイスみたくなっていくのだろう。ラム酒のようなほろ苦くも深みのある中身になるよう、色々な経験が出来ればと思う。
 塩パンがイースト菌で頬を膨らませ、そして涙で塩辛くなっていることに気が付くのは、まだまだ先になりそうだ。

 

 

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