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お土産は貰うのもあげるのも楽しいよね

 土産菓子が好きだ。萩の月や信玄餅は言わずもがな、阿闍梨餅なんかも美味い。雷おこしや白い恋人みたいにサクッと食べられる菓子は小腹満たしにピッタリだし、ゆかりのような煎餅もときたま無性に食べたくなる。
 土産菓子は本当に素晴らしい。もう美味い不味いは二の次で、その土地土地に根付いた菓子を知り、味わえることがたまらなく愛おしい。もはや土産菓子フェチといっても過言ではないと思う。五感全てで郷土を感じ、思いを馳せるあの時間は、私に安らぎや癒しをもたらしてくれる。

 コンビニで売られているような万人受けする菓子とは違い、土産菓子には賛否両論の「尖り」を持つものが散見される。中には、一見すると不味そうな組み合わせだったり、聞きなれない食材が使用されていたりと、食欲が沸くとはお世辞にも言えないようなものまで存在する。うなぎパイだって初めて食べた時はそうだった。それは文化や地産品等の影響で個性を発揮するわけだが、私は特にその「尖った」菓子に心惹かれる。独自の進化を遂げ、今も尚各地域に鎮座する銘菓こそ、私の求める土産菓子だ。

 先日、友人からお土産を貰った。それは「玉風味」というお菓子で、どうやら富山では有名なものらしい。
 これがまあすごい。まずめっちゃ軽い。小さな石鹸くらいの大きさなのに、マジで軽い。花びらかと思った。手から落とせばひらりと舞い散りそうだ。
 外包を取ると、黄金色の直方体が姿を現す。掴んでみると、これ以上ないくらいにふわふわだった。なるほど。雲を掴むような話とは、このことを言っていたのか。会社の再建を目指し、無謀にも勇敢な決断をする重鎮たちの「社長! そんな雲を掴むような話、ありえないですよ!」「しかし、やってみなければ私たちは終わりだ。掴むしかないんだよ、雲を」みたいな真剣な話が、実は玉風味を掴んだり離したりする話をしているのだと思うと笑えてきた。
 いかんいかん。今は玉風味に集中しないと。気を取り直して、一口齧ってみる。かり、ふわ、じゅわあ。……なんだこれ。食感が軽すぎて再び驚く。ゆっくりと味わうと、優しい甘みと卵のまろやかさがじわじわと口溶けていった。霞を食って生きるってのはもしかしたら、これを食って生きることなのかもしれない。仙人には是非とも糖尿病にならないよう気を付けて頂きたい。
 玉風味は地元でとれた卵をメレンゲにして、それを寒天で固め、最後に黄身をつけて焼いた菓子らしい。ふむ、大部分が卵白で出来ていることがこの軽さのキモだったのか。原材料について調べた後でも、感動や驚きが止まらない。なんとも不思議な感覚が味わえて、とっても楽しかった。
 美味いか不味いかで言えばまあ……個人差があると思うので、富山に行った際に確かめてみて下さい。

 また、別日には群馬県のお菓子「グーテ・デ・ロワ」を貰った。これはガトーフェスタハラダの超有名なラスクで、誰もが一度は食べたことのある商品だと存じる。何かが特出しているわけでもないが、食べていて安心するような、オーソドックスで直球なラスクだ。私はこの素朴さが好きで、自分でも時々購入している。
 まあそれ故食べる頻度も多かったから、どうにかアレンジして食べてみたくなった。十秒程考える。……うん、やはりやるべきことは一つだ。
 私は少し深い皿に牛乳を注ぎ、そこにラスクを浸した。
 私の悪い癖というか、自分でも嫌なところがある。それは、「あえて乾燥させた食品を見ると元に戻したくなる癖」だ。ドライフルーツとか買うとすぐ水につけちゃう。なんであんなにも元に戻したくなるのだろう。一種の強迫観念というか、やらなければならないという義務感さえ覚える。干からびた果物から「み……みずを……」みたいな声が聞こえてくる気もする。可哀想に。
 今までこのラスクを元に戻してやれなかったのは、家に牛乳が無かったからだ。水で戻すのは流石に不味くなりそうで嫌だったし、豆乳で戻すのもなんか違う。でも、今は偶々牛乳があったのでやってみた。
 五分ほど経っただろうか。みるみるうちにカリカリのラスクがふにゃんふにゃんになり、牛乳をこれでもかと吸った。よし、もういいだろう。
 私は、思い切って口に入れてみた。

 ……そうか、そうだったのか。つまり、君はそういうやつだったんだな。
 全然美味しくない。べちゃべちゃで変に甘くて不快だ。こんなの私の求めていた姿じゃない。でも少し考えれば分かる事だった。だって、ラスクに水分を与えたところで、それが普通のパンに戻るわけじゃなくて、べちゃべちゃなパンになるだけだ。そんなものが美味しいはずがない。何しているんだ、私は。
 あれだけ土産菓子が好きだと言っているのに、好奇心からこんな邪道な食い方をして、挙句の果てに美味しくないと酷評するなんて。最低だ、私って。白濁したラスクを見る私とシンジ君が、今正にシンクロしている気がした。

 ラスクはあれで完成しているからこそ皆に愛されているのであって、素人の付け焼刃アレンジでは余計な事にしかならない。これでは「五感全てで郷土を感じ、思いを馳せる」ことなど到底不可能だ。お赤飯をお茶漬けにすると大雨が降るらしいが、ラスクに牛乳をかけた今はどうなっているのだろう。群馬で雹が降ってしまったら全力で謝ろうと思う。





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