見出し画像

「note脳」vs「AI脳」。

この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:noteを続けるうちに、何か今までにない能力が身につきつつある(気がする)。やはり人間はシステムの中に自分をいれると”変身”するのだ。AIを引き合いに出すつもりはないが(出してるって!)、noteというシステムが脳を開発する予感。

note脳が書く文章はこうだ

いきなりnote脳vsAI脳って・・。

いちおう定義しておきましょう。

note脳とは、noteを自力で継続する人々が得ている、知らないうちに日々進化している脳のことです。

具体的には、こういった現象があらわれます。

これは僕のみならず、多くのnoteを継続している方々の筆使いを見て感じることです。


1.書こうと予定したことが、書けなくなる、そのかわりに何かがあなたに降りてきて、書かせる。

2.テーマだけしか持ってなくても、一言書き始めるとあら不思議、まとまった読み物になっている。

3.書くことにつっかえない。noteを継続して書く前は、頭でまず考えて書いていた。しかしnoteを継続するようになり、指が勝手に動き、文章を作ってくれるようになった。

4.今まで自分が使えなかった類の語句、独自の表現が出るようになった

5.自分だけの文章、文体というものがおぼろげながらでてきた

6.結果として、書くことがスムースになり、速くなり、書くことに自信が出てきた

ある文章読本にこんなくだりがあり、僕は非常に共感しているのです。それはこんなです。

「いい文章とは、予定したいたものと大幅に違うものになった文章である」。

出典忘れ

これは、ちょっと上記1と重なりますね。

AI脳も、もちろんある

AI脳とは、AIからヒントや気付きをもらったり、直接問題に対する答えをもらって、その知識を従来のあなたのこれまでの知識体系ににプラスして、刺激された脳のことです。

おそらくAI脳の達人というのがすでにいて、躊躇せずに自分の文章をAIに投げつけて、ヒントや刺激を得て、それをさっさとまとめるスキルを手に入れているのです。

どちらがいい、ということではありません。

ただ、note派の僕は、最近noteで能力開発ができつつあるな、という実感があるのです。

それを思いついたように、読者の皆様に伝えたいと思ったのです。

それはnoteを継続している中で(今日で1480回かな?)、気づいた新しい能力です。

まあそれを、上記に少しまとめたわけですが、大げさな言葉でそれらを包括すると、「自動書記みたいな感じ」でしょうか。

noteは明らかに、日記とは違うし、他のあまたのブログとも違います。

それは、あなたのnoteを見張っている個性豊かな知性たちが存在することであり、彼ら彼女の無意識の見えないフィードバックが、あなたのあなたらしさを引き出しているのです。

note続けるのは意味がないのか

もう少し、noteを書き続けて自分が気がついた変化について書きます。

冒頭に書いた発見と少し被っていたらごめんなさい。

まず、noteを継続するか否か、という問題です。

noteを続けるのは意味がない、それも一理ありますよね。

そもそも、note継続派vsマイペース派などの議論自体が意味がない、それもよくわかります。

しかし、最近、noteを続ける功徳とでもいうものが、腹落ちしたのです。

それは、常に「ネタを考える習慣」を持てることです。

もう一つは、先程から言っている、「note脳」とでもいうものが働いて、新たな能力を獲得できることです。

AIはあなたの代わりに書いてくれたり、ネタを与えてくれます。

しかし、note脳は、キーボードを打っていると、なにかが降りてきて、次の文章や展開を指示してくれるのです。

昨日もそうでした、エアビーアンドビーのグローバル性について書こうと思ったのですが、note脳は勝手に軌道修正し、大阪万博の失敗の本質がテーマになってしまいました。

それもグダグダせずに、指が勝手に文章を創るのです。

能力開発のエンジンとしてのnote習慣

今回で連続1480回かな、書いていますけれど、継続していることで、自分の中で今まで持てなかった能力が生まれてきた感じがあるのです。

今まで無理して、意地で続けてきたところもありますが、この2つの感覚、これは新しい能力と言っていいと考えますが、これを得ることができ、いま新たにnoteを続けることへのモチベーションが出てきました。

生成AIを使うか、使わないかの論は、意味がありませんが、僕はいま「noteすげえな!」と強い思いが出てきました。

それは、全く新しい能力開発の道具としてのnoteのすばらしさ、です。

人に見られるための継続ではなくて、自分を高めるための継続、そのように変わってきたのです。

これが期せずして、僕の求めるところだったのです。

野呂 一郎
清和大学教授

いいなと思ったら応援しよう!