友達はいらないね
湯河原でのお社さんの初釜の帰り道
私はお師匠さんに母とのことを話していた
母との関係はずっと一緒に心学びをしてきている
父が亡くなる少し前から私は母を支えるようになる
母は私の生きがいで
私は母の生きがいのようなもの
お互いに支え合って生きていた
母がいなくなり、私のことを他の人は「どうしてあんなに長いこと落ち込んでいるのか」と首を傾げる気持ちになるらしかった
少しでも早く立ち直らせようとおやさまはお師匠さんのそばに私を寄せられた
私はお茶のおの字も知らない人間だけど、ちょっと可笑しなお師匠さんの人柄には惹かれていた
個性的な変わった人(私も人のことは言えないけれど)、前世はインド人、何回も生まれ変わりを覚えているという
お師匠さんは篠笛の名取を取って、もうお茶の弟子は取らないと思っていたが、おやさまから私を託される
神さまへのお返事は「はい」しかない
おやさまもお社さんも「かなさんのことをお願いね」と何回も何回もお師匠さんに頼まれた
最初は「お友達には教えない」と言っていたお師匠さんもおやさまから頼まれたら「はい」しか言えないようになる
不思議だけど、神さまから言われることは受け止めるだけである
表千家のお社さんのお稽古はとても厳しいと聞いていた
今年の初釜の時も不手際があり、真剣に怒られたと後から聞かされる
お社さんのお稽古は呼ばれる人しか通えない
自ら志願をした人はみんな辞めていく
お茶に縁のない私ですら、「呼ばれなくて良かった」といつも胸を撫で下ろしていた
ところが生きがいのような母がいなくなり、私にも新しい道がつく…
不器用者で左利き、お茶には不向きが服を着て歩いているような私だけど
最初はなんちゃってから始めたお茶のお稽古に悪戦苦闘
あまりの不器用さにお師匠さんはいつやめると言い出すか、ハラハラしながら黙って眺めていたという
ところが私にはやめる気配は感じられない
それよりも私は箸だけでもと右手を使うようにする
お師匠さんにはお茶を始めたばかりの頃に「お母さんが一緒に来てる」と言われていたのである
彼の世に還った見えない母は私のことが心配だったのだろう
お茶のお稽古をやっていると、どうやら気持ちが研ぎ澄まされるらしい
まだまだ私は「とば口」にも立ててないけれど、お茶のお稽古をしていると心地良さを感じている
そしてむっちゃんがやって来る
むっちゃんは便乗組
私のお稽古にお付き合い
お客さんだけでいいと言っていたものの、気づいたらお点前もやるという
いつの間にかむっちゃんと私は秘密兵器のお猿さんとお師匠さんから呼ばれるようになる
弟子を取らないと言っていたお師匠さんにもまた少しずつ新しいお弟子さんが増えていく
お茶を習うということは生きる全てに繋がっている
お点前のお稽古だけではなく、違う出来事にも解決を施してくれるらしい
最近では自分のせっかちさ加減が異様なほどに感じられる
私は生き急いでいたのだろうか
いつ死んでもいいと思って生きてきた
お師匠さんには「お茶というおもちゃを与えてもらったのね」と言われている
お茶はおもちゃじゃないけれど…
熱中できる何かを与えられたのか
どうやら普通はお師匠さんに着物を着せてもらえることは滅多にないらしい
来年のお社さんの初釜までにはひとりで着られるようにならないと…ふとそんな気持ちにさせられた
むっちゃんも来年のお社さんの初釜には着物を着て行くと息巻いている
あんなに「着物は絶対に着ない」と言い張っていたはずなのに、今年のお社さんの初釜の私たちの組では、むっちゃんだけが洋服で、それ以外の人はみんなが着物を着ていたから
全く持って手のかかるお猿さんが二匹いる、お師匠さんも頭が痛いはずだろう
それでも「何とかなる」といつも笑っているお師匠さんは懐が深い
母との関係をお師匠さんに話し終えると
「友達はいらないね」とお師匠さんは一言つぶやいた
それが全てを物語っていると私には感じられて、胸が熱くなる
母は全てを満たしてくれていた
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