林檎忌
美空ひばりさんの命日を林檎忌と呼ぶそうだ
祖父はまる被りで彼女と同じ年の同じ月、同じ日に旅立った
「死ねない病」に罹ったと良く言っていた祖父である
若い頃から自殺未遂を繰り返す
希死念慮の強い人
優しすぎる人だから
「自分がもっと強ければ良かった」と聞かされる
私はこの祖父が好きだった
いつも本を読む、読書家で
家にはいろいろな人たちの全集が並んでいる
ちょっとインテリさん
富山から出て来て、良く神保町に古本を探しに行く
部屋には竹下夢二の絵を飾っている
幼い頃には剣道を習っていたそうだ
物見遊山が大好きで、営んでいる酒屋に少し暇ができると都心に住んでいる二女(私の母)の元にやって来て、あちらこちらに出掛け行く
東大の学生抗争にも物珍しいと見に行って来た
好奇心は旺盛な人である
北前船の船長だった浮気者の父親と婚家に多くの小姑を抱えて生きる母親のひとり息子
みんなから可愛がられて育ったはずだが、一度だけ母はその息子を置いて家を出る
叔母さんたちに可愛いがられても母のいないさみしさからお漏らしをしたと私に内緒話をしてくれたのである
母親って大切なんだ
それからその息子である祖父にはいつもいつも母親がいなくなったらという不安が付き纏うらしかった
おそらく母がいなくなったことが希死念慮につながったのかも知れないと私は推測している
中学に入ってからは目が悪くなり中退をする
生きてゆくことはままならない
金沢に出たり、東京に行こうとするが関東大震災が起こり断念をした
むなしさを
ずっと心の中に抱えている
祖父も自分の父親に似て浮気者だった
「女が寄って来る」と私に言っていた
でもしっかりと働いて
妻子を捨てようとは決して思わなかった
「浮気は浮気でしかない」と語ってくれている
それでも祖母はさみしかった
心臓が弱いこともあり
医者からは「五十までは生きられない」と言われていたからである
だからかな
私の母も長生きはしないと自分で決めていた
晩年の祖母はお守りのようにいつもニトロを持っていた
何故だろうこの家はバラバラでさみしい家庭である
それは祖父母の心に隔たりがあったから
本当は寄り添いながら生きたいはずの夫婦なのに
祖父も祖母も愛情表現が下手だった
いつもいつも行き違い
祖父のわがままだったのか
時代がそうだだったのか
私にはわからない
最期の頃、桜の下で祖父と祖母が照れたように手を繋いでいる写真が家に飾られてある
ただ伯母も母もお嬢さんできちんと育てている
伯母の結婚した婿養子は金だけが目当ての結婚だった
伯母も伯父に巻かれていた
見せかけだけの繋がりで
伯父は地位や名誉とお金いう欲だけが必要だと今でも私は感じている
もう伯母も伯父もいないけど
今なら思う、全ては生まれて来る前に決めて来ると
あの家のさみしさは私も経験しているから分かっている
従姉たちも家には寄りつかない
それは伯母が伯父だけを見詰めていたから
子供たちも親も見ていなかった
伯母は伯父に振りわまされていた
伯父は伯母の後ろ盾だけが必要だった
母は実家から遠く離れて結婚して、家庭を守っていた
父を尊敬して
私を必死に育ててくれる
母と伯母の差はなんなのか
母のあたたかさも伯母の冷たさも
どちらも親からのもらいもの
ただ伯母は言っていた
私には「親の言うことをよく聴く」と
「あの子(従姉)たちは自分勝手に進んで行く」
従姉たちは伯母の後ろ姿をみて、私は母の後ろ姿をみて育ったからなのか
伯母の育てた従姉たちの人生ってなんだろう
私も病を抱えて生きてきた
彼女たちも同じような重荷を背負っていると感じている
いや私よりも大きなものかもしれないと
祖父は最期に
「あゝ、楽しかった」と旅立った
祖母がいなくなってから祖父は心の底からさみしさとかなしさとわびしさを感じていた
「やっぱり、おっか(奥さん)が一番だった」と言い残す
私は祖母がいなくなってから、少しだけ祖父の元で暮らしていた
三人の孫娘の中で一番いいと祖父から言われて、呼ばれたのである
家にいつかない、従姉たちよりマシだったから
祖父は私が一番素直だからと言っていた
それでも私にとっては自分の家ではない
「お前が(自分の家に)帰ったらオレは死ぬ」と祖父に言われても…
あんなさみしい家よりも自分の家の方が良かったと
若かった私には分からなかった祖父の愛しさを
今なら少しだけ分かる気がする
本当は私が祖父の元にもう少しいたら祖父は自ら命を断つことはなかったのかと罪悪感は残っている
ただその後に従姉が祖父の家に戻る時にも祖父は同じ言葉を使っていた
「あいつが戻って来るならば、俺は死ぬ」
と言って、従姉が戻った直後に祖父は自ら命を絶ってゆく
林檎忌は私の中では虚しい日
ただ祖父は彼の世に還ってしあわせにしていると思っている
私たち家族が祖父の葬儀を終えて自分の家に帰る時、飛行機がガクンと揺れる
「じいちゃんがオレを置いてゆくなとついて来たんだね」と母と私は顔を見合わせて、語りあった
魂はあると教えてくれた
かなしいばかりではないのかもしれない日
魂の誕生日だから
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