母を感じる
仏壇にある母の遺影を触ったら
ガラスの向こうに母を感じる
そうか母もビリビリの向こう側で生きているのか
いなくなった訳ではない
祖父母が教えてくれた彼の世で生き続けていることを
ただ肉体は無いけれど
母は彼方の世界で生きているんだ
おそらく母もビリビリの向こう側で自分の親や夫に甘えている
いつも蝶々になってやって来る
それは私へのメッセージ
「わたし(お母さん)はいつでも見守っているよ」と
私には見えなくなったけれど
魂は生き続けているとサインを出してくれている
なんだか不思議
お茶のお稽古もみんな母の導きと感じる
今日のお茶のお稽古ではお師匠さんの篠笛のお稽古に来た方にお点前をする
初対面で昔々に表千家を習っていた方
私のように不器用では無いお笛を上手に吹かれていた
私は緊張のあまり異常に汗をかきかきお点前をする
「不器用なので」といいつつも
ヘロヘロになりながらお点前をした
やっとの思いでお師匠さんにお手伝いをしてもらい
なんとか、なんとかやり遂げる
慣れないことをやってみて
気持ちだけは焦りながら
身体は全くついて来ない
けれどもお茶は嫌いになれない
こんな不器用者の面倒をお師匠さんは良くみて下さると…
内心感謝する
私なら確実にキレるだろう
母の帛紗を使いながら
しどろもどろになりながら
私は何のためにお茶をするのだろうか
ただ続けるということが大切なのか
へっぴり腰でへばりついているだけなのに
やめるなんて思わない
今日もまたお師匠さんは母からの言伝をくれる
「胸を張って、オドオドしない…ちゃんとひとりでも生きて行けるから、大丈夫」
また初めての経験をする
これが茶道の一期一会なのか
お茶を習わないと分からなかった
お師匠さんの私を一人前にする二十年計画は流石に長すぎると思われたのか
、いつのまにか十年計画に変わっている
そう言えば作家の群ようこさんも六十八歳からお茶を習い始めると何かで読んだ
物事を始めるのはその人に合った時旬が訪れるのか
母は帛紗を丁寧に捌いていた
「かなちゃん、帛紗を捌き方がおかしいよ、お母さんはこんな捌きをしていない」
あゝ相変わらず私はガサツです
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