帰る日を決めずに旅に出ることへの憧れ
あまり旅の前に、前もって旅先の情報を調べまくるのが好きではないが、さすがに4〜5日しか時間を取れない弾丸旅だと、移動方法くらいはちゃんと調べておいた方がいい。
移動における時間とお金のロスは避けておいた方が、少ない持ち時間の中で、移動以外の残りの時間を行き当たりばったりに使えるから仕方ない。短い旅の宿命だ。
下調べをし過ぎてスケジュールをガチガチに固めるのは好きじゃないが、旅の前に色々と行き先のことを調べて想像を膨らませるのは、すでに旅が始まっている気分になれるから好きではある。
しかし、想像を膨らませ過ぎると飽きてくるから、調べ始めるタイミングは大事である。
アクセス方法だけ調べて、あとは時間もないし、もう行ってから現地で考えよう!となる絶妙なタイミングを逆算して下調べを始めた方がいい時もあるし、
旅に出ると決めてすぐに旅先のことを調べ始めてワクワクしつつ、そのうち飽きてしまって調べるのをやめてしまい、気づいたら旅の直前で、調べたことをほとんど忘れてしまって、何も分からないけどもういいや!っとやけくそで旅立つのがいい時もある。
2〜3週間の割と長めの旅の時はいつも大体後者だし、よくやらかしてしまう。調べるのに飽きてしまうモードのまま、休み前の怒涛の仕事をやっつけタイムに入り、そのままよく分からんまま旅に出るやつ。
どちらにせよ、私の場合、しがない1人の会社員として、有給休暇の範囲内で旅をしないといけないし、決められた日に帰国しないといけないという最低限かつ最大のルールを守らないといけないから、昔の無職の時のように全てノープランで帰る日も決めないで旅立つということは今はやれない身分だ。なので、どうしてもある程度下調べをしてスムーズに効率良く旅をしないといけないのが心苦しくもある。
会社員のくせに3週間も休みが取れて、心苦しいとか生意気言うな、と言われても仕方ないが、それでも日本に帰る日が決まっている旅というのは窮屈なものだ。

昔、仕事を辞めてインドへ旅に出た時、半年分のビザを取り、帰りの飛行機のチケットを持たず(その時代はもちろん紙のチケットだった)に旅に出た。最初の方のページしかまだ読んでいない地球の歩き方を持って、夜中にデリー空港に着くため初日の宿と送迎だけしか手配せず、あのインドに乗り込んだのだった。
あの時の、あの旅の、自由さったら無かった。
今思えば、
今の有給休暇を使った旅と明らかに違うのは、色々調べずに行き当たりばったりで旅ができるということもあるが、私が毎回旅で感じている大きな違いは、旅をしている間、帰る日を意識せずに過ごせること。
これが圧倒的に違う。
帰る日を決めていないということは、極端なことを言えば、帰らなくていい訳で、帰る日が決まっていないということは、帰る日から逆算してこの日までにここに行っておきたいという発想がなくなる。
いつでも、行きたいところへどこへだって行けたし、居たいだけ居て良かったし、いつまで…と考えなくて良かった。
旅と言いつつもそれは、生活や暮らしに近い日々になっていた。
スケジュールからも解放され、曜日や日にちからも解き放たれて、もう今日がいつで何曜日かなんて考えなくなっていった。インドにいながら、「明日からネパールに行くけど一緒に行かない?」「ブッダガヤの学校でお手伝いしてくれない?」「うちの家で泊まらない?」と次々といろんな誘いが来て、スケジュールを理由にせずに、自分の好奇心だけで返事ができたし、自分の意志だけで予定を決めれた。
帰る日が決まっている旅は、帰国日、スケジュールを理由にいろんな誘いを断らざるを得ないことも多い。
多分、私は、帰る日を決めない旅に限りなく近づけるために、私の持ち得る有休を最長、最大限に駆使して3週間の休みを取り、帰る日があるのを忘れることのできる長さを確保した旅をしているのだと思う。
例えば、旅の期間が20日間あると、旅の前半は帰国する日がいつなのかを忘れて旅することができるし、思いつきの行き当たりばったりで旅をすることもできる。
10日間を過ぎるとそのうち曜日も分からなくなる。その状態が、自由を手に入れた気がして気持ちいいのだが、
旅が2週間を過ぎた頃から、「帰るのはいつだっけ?」「あと何日いられるんだっけ?」としょっちゅう頭によぎるようになる。
帰国日までのカウントダウンが始まって、最後の3日くらいは、その時にいる場所から確実に空港のある都市まで戻ってこないといけないため、もうほとんど帰国がそこから始まっているような感じになってしまう。
仕事に穴を開けないように、決められた日に帰国して翌日出勤することが最後の旅の目的となり、行き先は日常の生活、職場へと変わってしまうから、楽しいわけがない。
それでも、会社員を続けながら旅も続けるにはこれしか方法がない。次の手段は、しばらく休職して旅に出るしかないなと少し狙ってはいるが、現状ではなかなか厳しい。
3週間も休みが取れて旅ができていいね、と言われることも多いが、内心は全然良くないし、仕事をせずに帰る日も決めずに旅ができる人がいいに決まっている。欲張りな私にとっては。
旅先で仕事をリモートでする人や旅を仕事にする人もいるが、私の願いは仕事をせずに旅すること、仕事は忘れて旅に専念することだ。まあ、当たり前か。
お金があればそういう旅をしながら生きることはできるけど現実は厳しいから、仕方なく働きながら、有休を使って旅をする道を今は選んでいる。
お金と言えば、無職の時に帰る日を決めずにした旅で、唯一後悔があるとするなら、お金が少なくなってきたことが帰国を決めた理由の一つになってしまったこと。
お金の心配がなければ、もっと旅していたかもしれないから、もう少し貯金をしてから旅に出れば良かったなと後悔している。まあ、私のような庶民にとっては、生きるということはお金の心配をすることだから、どうやったってお金とは切り離せないけど。
それでも。
旅を終えることに決めたのは、お金が第一の理由ではなくて、自分の中で「もう帰ろう」と思うきっかけがあったからではある。
例えば、友達と遊んでいて「もう遅いから帰ろう」「電車がなくなるから帰ろう」「明日も仕事だから帰ろう」という流れで家に帰ることばかりだが、自分の中で「もう十分遊んだ、帰ろう」と決めることなんてほとんどない。
「楽しくないから帰る」と言って途中で帰っていける人を私は尊敬する。
それくらい、なかなか自分の意志だけで何かを終わらせるというのがそれまでの私にはなかなかできなかった。
だから、旅の終わりを自分で決めて終える、という決断をしたことが、その後の私の生き方に少なからず影響を及ぼしているような気がする。あの旅が、自分の中でとても大きなターニングポイントだったような気もしている。
物事は始めることより終えることの方が難しいから、この難しいことを自分で決断したんだという事実が、帰る日を決めずに旅することをさらに特別なものにさせているのだろうと思う。
「帰る日が決まってるから帰らないといけない」と思いながらする旅と、帰る日を決めずに旅して自分で「もう帰ろう」と決めて終える旅と。
例えば同じ日数だったとしても全く旅の意味や重みが違う。
後者の「帰る日を決めない旅」に出たことが私にはあるという事実が、私は旅をして生きていきたいと強く思わせているような、そのせいで今も旅へと掻き立てているような、そんな気がする。
働きながら何度、有休でやりくりした旅を続けても、そういう終わりの決まっている旅ではあの解放感やヒリヒリ感は永遠に得られないものであり、いつか必ずまた、あの旅をしたい、と憧れて止まない。
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