嵐の解散報道から息子に吹き荒れる嵐ーー喪失感の暗闇のなかで
息子の涙に、何もできない夜
──無力感の底でもがいている。
高校2年生の息子が泣いていた。
嵐の活動終了の報道を見て、声を上げて泣いていた。
私には、それがどれほどの意味を持つか、よくわかる。
彼はこれまで、嵐に心を支えられてきた。眠れない夜、不安で押しつぶされそうなとき──彼にとって嵐は「安心の居場所」だったのだと思う。
その拠り所が、目の前から消えてしまう。
それは、“終わり”を突きつけられる感覚。
希望の断絶。未来の欠落。
私は、ただ背中をさすることしかできなかった。
「何もしてあげられない」現実との対峙
本当は、何かしてあげたかった。
もしお金があれば、ライブに連れて行けたかもしれない。
思い出に残るようなことを一緒に経験させてあげたかった。
でも、今の私は何も持っていない。
気力も、財力も、時間も、ほとんどない。
生きることで、いっぱいいっぱいだ。
彼が泣いている横で、私は、自分の中の「もう無理だ」という感覚と闘っていた。
自分の中で響く、否定の言葉たち
こうして言葉にしている今も、頭の奥がじんじんして、胸の奥が重くて、何かにずっと圧迫されているような感覚が続いている。
「意味がない」
「もう何もできない」
「間違った人生だったのかもしれない」
そんな思考が、じっとりとまとわりついて離れない。
それでも抜け出したい、この場所から
でも、それでも、どうにかして、ここから抜け出したいと思っている。
こんな場所にずっといるわけにはいかない。
ここで止まったら、取り返しがつかない気がしている。
子どもを育てた。命をつないだ。精一杯やってきた。
けれど、気づけば、疲れ果てて、何も残っていないように思える瞬間がある。
「生きていたい」と願う、小さな火種
子どもが傷ついていても、何もしてあげられない。
ただそばにいることさえ、今は苦しい。
それでも、自分がここにいることに、なんとか意味を見出したくて、この文章を書いている。
私は、誰かにわかってほしいというよりも、
自分の中でまだ「生きていたい」と思っている部分を手放さないために書いている。
それはとても小さな火種だけれど、消したくない。
どうか、今は消えずにいてほしい。
そう願いながら、今日の一日をやりすごしている。
もし、ここまで読んでくださった方がいたなら、ありがとうございます。
あなたの静かなまなざしが、私の小さな火種をそっと守ってくれているように感じます。
この文章が、誰かの中にある「どうしようもなさ」や「無力感」に、そっと寄り添えたなら、それだけでも生きて書いた意味があります。
よかったら、スキやフォローでつながってください。
私は今、書くことで、自分を取り戻そうとしています。
この場所から、一緒に少しずつ歩いていけたら、とてもうれしいです。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!