テレビを手放して生まれた余白
我が家では、テレビを見るにはちょっとした手間がかかる。
作業机に設置された小さな東芝REGZAは、主にモニターとして使用していて常時テレビのケーブルは繋げていない。
つまり、電源をONしただけではテレビは見られない。
周りの人にそのことを話すと驚かれることが多いけれど、最近ぽつぽつと、「うちもテレビ処分したよ」と言う人が増えてきた。
そもそも、どうしてテレビを常時繋げていないのか?
きっかけは2022年1月。
なぜか、無性に部屋の模様替えをしたくなった。
居室を変えたい、本棚の位置を変えたい、キーボードを常に弾けるように置き場所を作りたい、あれもこれもとにかく変えたい!
2LDKという決して広くない空間を、どうすればもっと快適で効率的に使えるようになるか?巻き尺を片手に部屋を行ったり来たりするうちに、あることに気づいてしまった。
どうしても、テレビの置き場所がネックになる。
当時使っていたテレビは32型。15年ほど前のもので今よりも枠が大きく厚みもあり、狭い部屋ではかなり存在感があった。
そもそも私はあまりテレビを見る方ではなく、賑やかな音が入り乱れるのが苦手。ときおり街の飲食店へ行くと、あろうことかテレビとラジオの両方から音が流れていることがあり、うわーー、と耳を塞ぎたくなったりする。
そんな感じなので、模様替えをしたいのに(私にとっては)重要度が低いテレビが幅を利かせている状況に、モヤモヤしながらも、ある言葉がふと脳裏に浮かんだ。
このテレビ、必要だろうか?
さすがにこれは自分一人で決める訳にはいかないので、夫に相談してみると、しばらく考えてから、
捨てるか。よし、テレビ捨てよう!
え、いいの?本当に?
私と違って夫はテレビをまあまあ見ていたし、ゲームをする時にも使っていたので、まさか捨てるという言葉が出てくるとは思わず、驚いた。
その後考えが変わることもなくテレビが処分され、代わりに迎えた小型のテレビモニターは、夫の希望で作った作業スペースにすっきりと納まっている。この際だからテレビを見るのもやめようと、ケーブルを繋がないことにした。
テレビを手放した結果、生まれた空間と時間の余白。
この余白を使って、趣味に集中できる場所を作り、見るたびに顔がほころぶお気に入りの家具を新たに買い求めたことで、いまの自分たちにしっくりくる居心地がよい空間ができあがった。
心機一転、なにか新しいことでも始めてみようかな。
それから半年の後、note初投稿に繋がっていると考えると、この時の決断は重要な転換点だったのかもしれない。
”あって当たり前”は意外と思い込みによって作られていて、手放してみると、あれ?なくても平気じゃん!と気づくことがある。
そうしてできた余白に、その時しっくりくることを取り入れていくと、新しい道が開けて自然と物事が進んでいく。
さて、ここからどう進んでいこう?
それもやっぱり、閃きまかせ。

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