幕府に公認された薬種街の名残りと老舗の看板たち・二条通【趣のある看板を巡る7】
今回は、京都の二条通で看板を訪ねます。
二条通は狭い通りですが、かつては政治都市・上京と商業都市・下京を分けた、京都にとって重要な通りでした。

鴨川に架かる二条大橋から、スタートします。
老舗書店に残る看板と失われた看板

鴨川を越えると、右手に見えてくるのが、「貝葉書院」の木製看板。
貝葉(ばいよう)とは聞きなれない言葉ですが、古代インドなどで紙の無かった時代に、このヤシの一種の葉に経典などを書写していたらしい。

ということで、こちらは禅学書籍経典のお店。
1681(天和元)年に、一切大蔵経を専門に摺る書店として創業したようです。
実はこのお店、以前は軒上の看板とは別に、「大般若經古板再板版元」と書かれ、130年間も掲げた縦型の木製看板が軒下に掛かっていたとのこと。
残念なことに心無い何者かに持ち去られ、今はありません。

少し西へ行くと、また古そうな書店がありました。

看板には、「宗教書林 芝金聲堂」とあります。
天台宗のお経の本を専門に扱われているようですが、いつからのお店なのかは分かりません。
河原町通をこえて西へ

広い河原町通を越えます。

御幸町通を越えると、右手に年季の入った木製看板。

花冠の台座の上には、「柳桜園」の文字が見えます。
こちらは、幕末からの歴史を持つ柳桜園茶舗の看板。
大徳寺の塔頭から贈られた書のようです。

古い「茶」の看板の下には、「大本山大徳寺御用達」や、「総本山知恩院御用達」の札が置かれています。
お店の中にも、買い付けに来ているのでしょう、袈裟を着た僧侶の姿がありました。
幕府に公認された薬種街の名残り

東洞院通と交差する角には、トタン壁がベンガラ色に塗られた気になる建物。

残された看板を見ると、食料用色素のお店だったようです。
その左側には、掛けられていたもう一つの看板の跡がくっきり。

実は、ここには最近まで、こんな看板がありました。
朱色の板に、「繪具染料 工業藥品」等々の文字とともに、「吉田商店」と書かれた看板。
二条通のこのあたりからは、江戸時代には幕府公認の薬種街であったところで、かつては100軒以上の薬問屋があったようです。
吉田商店がここに店を開いたのも、薬品関係のお店だったからではないでしょうか。

吉田商店の2階角には、仁丹の琺瑯看板が2枚残ります。
東面のものには、「上京區東洞院二條上ル壺屋町」。
南面には、「上京區二條通東洞院西入仁王門町」。
たった20cmほど離れているだけなのに、町名も異なれば、タテヨコの通り名の表記順も違います。
京都あるあるではありますが、やっぱり面白い。

ちなみに、西隣は「中嶋生薬株式会社」。
こちらは、1893(明治26)年の創業。
京の通り名数え唄にもある、二条の「きぐすりや」さんですね。

二条通と交差する車屋町通を少し南に入ると、何だかものすごく存在感のある町家があります。
庇の上には、銅葺き屋根付きの立派な袖看板。

少し読みにくいですが、「(商標 北のロゴ) 無二膏 雨森」とあります。

裏側を見ても、書いてある内容は同じ。
台座にも銅板が使われています。

こちらは、はれ物の膿を吸い出す膏薬・無二膏を扱ってきた「雨森敬太郎老舗(薬房)」。
やはり、生薬屋さんです。
1648(慶安元)年創業の老舗ですが、残念ながら現在は閉業されているようでした。

二条通に戻ると、また生薬のお店。
看板に「(〇万)ニ條 和漢薬」とある、東田商店です。

烏丸二条の角にも、新しい看板で「(〇チ)わやくや」とある千坂漢方薬局。

お店の角には、「北大路魯山人 ゆかりの地」の説明板がありました。
多彩な芸術家・美食家として知られる魯山人が、少年時代にこの店で奉公していたことを伝えています。

店内に入らせていただくと、古い木製看板もあるじゃないですか。
許可を得て、撮らせていただきました。

使い込まれた漢方薬局らしい百味箪笥も、現役のようです。

その北側には、お香で有名な「松栄堂」の京都本店。
1705(宝永2)年頃に創業し、お香づくり一筋にやってこられたようです。
お香もまた、生薬と関係が深いものですよね。

入口奥には、「薫香」と書かれた雰囲気のある木製看板。
「雲巖書」とありました。
禅宗の偉いお坊さんなのでしょうか。
薬業会館と老舗薬局にはさまれた薬祖神祠
広い烏丸通を越えて、二条通を西へ進みます。
二つの建物に挟まれるように建つ、小さな祠がありました。

1858(安政5)年に薬業仲間が祀ったことに始まる、薬祖神祠です。
現在の場所には、明治期に遷座されています。

鳥居の裏側には、「明治三十九年」とありました。

ユニークな形状の扁額に記された薬祖神として、中国の医薬を司る神である神農などが祀られてきたようです。
明治になってからは、西洋医学の祖であるヒポクラテスも合祀されたとのこと。
神社に古代ギリシアの「医学の父」を祀るとは、これまた何とも珍しい。

祠の右側には、アール・デコ調の建物。

1936(昭和11)年竣工の、二條薬業会館です。

入口の上には、二つのベンゼン環?にN I J Oとデザインされた紋章がありました。

祠の左側には、老舗薬局の「山村壽芳堂」。
その古さは半端ではなく、薬屋のルーツは平安遷都頃にさかのぼるらしい。

看板の文字は、優しくふくよかで、お客さんも安心できそう。
軒下には、看板商品の心臓薬・瑞星の文字が見えます。

少し引いて見ると、薬祖神祠は、薬業会館と老舗薬局に両脇から守られているように見えました。
二条通は、三条や四条のように賑やかな通りではありません。
そこは、古い薬種街の名残りと風情ある看板が、静かに佇む空間だったようです。

いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援をお願いします! いただいた励ましを投稿を継続するエネルギーに変換したいと思います!