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税収84兆円、企業利益90兆円。それでも、なぜ私たちの暮らしは豊かにならないのか


はじめに

国の税収は増えている。

企業の利益も過去最高水準にある。

民間給与の平均も、数字の上では上昇している。

それなのに、スーパーで買い物をするたびに高くなったと感じる。

給与明細を見ても、社会保険料や税金が引かれ、昇給したはずなのに手元に残るお金は増えない。

子どもを持つこと、住宅を買うこと、親の介護に備えること、老後資金を積み立てること。

昭和には「普通に働けば実現できる」と考えられていた人生設計が、令和では大きなリスクになりつつある。

ここで問うべきなのは、単純に「日本企業は儲けすぎだ」「政府が税金を取りすぎだ」という話ではない。

本当の問題は、国や企業に生まれた所得が、なぜ家計の手取りと将来への安心に十分届かないのかという、分配構造の変化である。

税収、企業収益、賃金、社会保険料、物価を一つの流れとして見なければ、現在の生活苦の正体は見えてこない。


STEP1 世帯所得は40年前から増えたと言い切れない

まず修正しておきたい数字がある。

「1985年の世帯年収中央値が418万円、2025年が405万円」という比較は、同じ条件で確認された確定値ではない。

厚生労働省の最新の国民生活基礎調査では、2023年の全世帯所得の中央値は410万円、平均は536万円だった。

しかも、全世帯の61.9%は平均所得以下に位置している。

ここには重要な意味がある。

平均所得は、一部の高所得世帯に引き上げられる。平均が536万円でも、真ん中の世帯が得ている所得は410万円である。

つまり、日本の暮らしを考えるときには、平均年収より中央値を見る必要がある。

さらに、40年前とは世帯構成も違う。

単身世帯や高齢者世帯が増え、共働き世帯も増加した。世帯人数が減れば、単純な世帯所得の比較だけでは生活水準を正確に測れない。

それでも、複数人で働く家庭が増えたにもかかわらず、多くの世帯が「余裕がない」と感じているなら、問題は労働時間の不足ではない。

働いて得た所得から、生活に回せる割合が小さくなっているのである。


STEP2 税収は増えた。しかし、それは国民が豊かになったことを意味しない

国の一般会計税収は、2025年度予算で約77.8兆円、2026年度予算では約83.7兆円が見込まれている。

2026年度予算では、所得税約25.3兆円、法人税約20.7兆円、消費税約26.7兆円である。

税収が増えること自体は、必ずしも悪いことではない。

景気が良くなり、所得や企業利益、消費が増えれば、税収は自然に増える。社会保障や教育、防災、インフラ整備に必要な財源も確保できる。

しかし、ここで注意すべきなのは、税収の増加と国民生活の改善は同義ではないということだ。

物価が上がれば、同じ商品を買っても消費税収は増える。

名目賃金が上がれば、所得税や社会保険料の負担額も増える。

企業が価格転嫁に成功して利益を増やせば、法人税も増える。

つまり、税収の増加には、実質的な成長だけでなく、インフレによって名目額が膨らんだ効果も含まれる。

給与が3%増えても、物価が3%上がり、さらに社会保険料負担が増えれば、生活水準は改善しない。

政府にとっては税収増でも、家計にとっては「支出と負担が増えただけ」ということが起こり得る。

だから、政策の成果を税収総額だけで評価してはいけない。

見るべきなのは、税や社会保険料を払った後の可処分所得と、その所得でどれだけの財やサービスを買えるかという実質購買力である。


STEP3 企業利益は約90兆円。それでも賃金への波及は均一ではない

財務省の法人企業統計によれば、金融・保険業を除く全産業の2024年度経常利益は、89兆6,453億円に達した。

企業全体で見れば、過去最高水準である。

2024年分の民間給与実態統計では、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与も478万円となり、前年比3.9%増えた。

表面だけを見れば、「企業が儲かり、賃金も上がり始めた」と評価できる。

しかし、ここにも大きな落とし穴がある。

企業利益はすべての会社に均等に分布しているわけではない。

海外売上が大きい輸出企業、円安の恩恵を受ける企業、価格転嫁力を持つ大企業と、原材料費や人件費の増加に苦しむ中小企業では、収益環境がまったく異なる。

大企業が過去最高益を出しても、地方の中小企業、農業、介護、運輸、宿泊、飲食などの現場に同じ利益が流れているとは限らない。

さらに、企業が得た利益は、賃金だけに使われるわけではない。

設備投資、研究開発、借入金返済、配当、自社株買い、内部留保、海外投資にも回る。

企業が将来の不確実性に備えて資金を蓄えることには合理性がある。

しかし、企業利益の伸びに対して人件費や家計所得の伸びが弱ければ、経済全体では需要が不足する。

家計消費が弱くなれば、国内市場は縮小する。

国内市場が縮小すれば、企業はさらに海外投資やコスト削減を優先する。

その結果、利益は上がっても国内の賃金が伸びにくいという循環が生まれる。

企業収益が悪いのではない。

問題は、利益の増加が、賃上げ、取引価格の適正化、設備投資、地域経済へ十分循環しているかである。


STEP4 働く人の手取りを削る「見えにくい負担」

日本の家計を圧迫している最大の要因の一つが、社会保険料である。

消費税はレシートに表示されるため、負担が見えやすい。

一方、厚生年金、健康保険、介護保険、雇用保険は給与から自動的に差し引かれるため、負担増が意識されにくい。

厚生年金保険料率は労使合計18.3%、労働者本人負担は9.15%である。

健康保険料は地域や保険者によって異なるが、協会けんぽではおおむね10%前後を労使で折半する。

40歳以上には介護保険料も加わる。

さらに所得税と住民税が差し引かれ、残った手取りから消費税を払う。

政府が公表する2026年度の国民負担率は45.7%である。

これは、国民所得に対する租税負担と社会保障負担の合計であり、個人の給与から一律45.7%が引かれるという意味ではない。

企業負担分や法人税も含まれるため、給与明細の控除率とは異なる。

それでも、日本経済全体で生み出された所得のうち、税と社会保険料として公的部門に移る割合が相当大きいことは事実である。

社会保険料は、年金、医療、介護という重要な給付を支えている。

単なる「取られ損」と表現するのは正確ではない。

しかし、少子高齢化によって負担する現役世代が減り、給付を受ける高齢者が増えれば、一人当たりの負担は重くなる。

高齢者を支える制度を維持する一方で、現役世代が結婚や出産を断念するほど負担が増えれば、制度の支え手はさらに減少する。

これは社会保障のために少子化を加速させ、少子化によって社会保障が一層不安定になるという構造的矛盾である。


STEP5 必要なのは「企業対労働者」ではなく、分配構造の再設計

税収が増えている。

企業利益も増えている。

それでも家計が苦しい。

この三つは矛盾しているように見えるが、実際には同時に成立する。

企業が価格を引き上げれば、売上高や名目利益は増えやすい。

物価上昇によって消費税収も増える。

名目賃金が上がれば所得税や社会保険料収入も増える。

しかし、物価と公的負担が賃金以上に増えれば、家計の実質可処分所得は減る。

つまり、現在の日本で起きている問題は、経済にお金が存在しないことではない。

生み出された付加価値が、家計の購買力、子育て、住宅、教育、地域経済へ十分に循環していないことである。

必要なのは、企業を敵視することでも、社会保障を一律に削ることでもない。

企業が持続的に利益を上げ、その利益が継続的な賃上げ、設備投資、研究開発、適正な下請け価格へ回る仕組みが必要だ。

同時に、現役世代に偏った社会保険料負担を見直し、所得だけでなく資産や負担能力も含めて、公平な財源構成を考える必要がある。

消費税、所得税、法人税、社会保険料を別々に議論するのではなく、家計の最終的な手取りがどう変化するのかを一体的に検証しなければならない。

政策目標も変えるべきだ。

「税収が過去最高」

「企業利益が過去最高」

「平均賃金が上昇」

これだけでは不十分である。

本当に確認すべきなのは、

・実質賃金が上がったか

・可処分所得が増えたか

・中央値の世帯が豊かになったか

・子育て世帯の生活余力が増えたか

・地方や中小企業にも所得が循環したか

という指標である。


おわりに

昭和のすべてが豊かだったわけではない。

長時間労働、男女格差、公害、住宅不足など、深刻な問題もあった。

しかし、多くの人に「働き続ければ生活は良くなる」という期待があった。

令和の問題は、その期待が失われつつあることだ。

働いても手取りが増えない。

共働きでも余裕がない。

企業が過去最高益でも、将来が明るく感じられない。

税収が増えても、公共サービスの安心感が高まらない。

この状態を放置すれば、人々は消費を控え、結婚や出産をためらい、挑戦を避けるようになる。

経済は、数字だけでは動かない。

「努力すれば暮らしが良くなる」という信頼によって動く。

国の税収が84兆円近くに達し、企業の経常利益が約90兆円に達するなら、次に問われるべきなのは、その成果が誰の生活を良くしたのかである。


全体総括

日本は、企業が利益を出せない国ではない。

税収を確保できない国でもない。

問題は、経済活動によって生まれた所得が、国民の手取りと安心に十分つながっていないことである。

国の一般会計税収は過去最高水準へ向かい、企業の経常利益も過去最高を更新した。

一方、世帯所得の中央値は410万円にとどまり、物価、税、社会保険料が家計を圧迫している。

この構造を変えるには、単発の給付金や一時的な補助金だけでは足りない。

実質賃金の持続的上昇、社会保険料負担の公平化、中小企業の価格転嫁、人的投資、子育て負担の軽減、そして可処分所得を中心に据えた政策評価が必要である。

企業の利益、国の税収、国民の暮らし。

この三つが同時に改善してこそ、本当の経済成長である。

「国は豊かになった。企業も儲かった。しかし国民だけが苦しくなった」

そんな社会を、成長とは呼べない。


#手取りを増やす #社会保険料 #企業収益 #日本経済

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