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「モーッ」という声が、人生を連れてきた


はじめに

今朝、不思議な音を聞いた。

「モーッ、モーッ」

国道沿いの職場の横を通り過ぎる、どこか懐かしい牛の鳴き声。

最近ではめったに聞かなくなった音だ。

思わず仕事の手を止めて耳を澄ませた。

きっと牛を乗せた家畜運搬車だったのだろう。

肉用牛の出荷だったのかもしれない。

しばらくして、今度は空になった家畜運搬車とすれ違った。

市場へ送り届けた帰りだったのだろうか。

その瞬間だった。

私の記憶の奥に眠っていた昭和の風景が、一気によみがえってきた。


STEP1 昭和の田舎には「命」が近くにあった

私は畜産農家に生まれた。

昭和40年代の田舎。

今のようにコンビニもスーパーもない。

冷蔵庫の中にいつでも食べ物がある時代でもなかった。

だからこそ、家畜は単なる財産ではない。

家族だった。

ニワトリは卵を産み、
乳牛は牛乳を出し、

私たちの命を支えてくれた。

当たり前のように飲んでいた牛乳も、
当たり前のように食べていた卵も、

すべて生き物からいただいていた。


STEP2 牛舎は私の遊び場だった

牛舎の匂い。
朝露の冷たさ。
搾乳機の音。
藁の感触。

今でも鮮明に覚えている。

学校から帰ると牛舎へ向かった。

牛の餌やり作業。
糞除去の清掃作業。

牛に近づくと温かかった。

大きかった。
優しかった。

今思えば、あれほど命を身近に感じられる場所はなかった。


STEP3 牛乳は「商品」ではなかった

今の子どもたちは牛乳をパックで知る。

私たちは牛で知った。

牛乳は工場で作られるものではない。

牛が命を削りながら生み出してくれるものだった。

だから粗末にできなかった。

一滴にも重みがあった。

卵も同じだ。
肉も同じだ。

そこには必ず命があった。


STEP4 乳が出なくなった牛の日

ある日、我が家のお婆さんの乳牛が乳を出さなくなった。

子どもだった私は理由を理解していなかった。

しかし大人たちの空気だけは感じた。

静かだった。
寂しかった。

牛も年を取る。

人と同じように。

あれほど毎日働いてくれた牛が役目を終える。

その姿を見たとき、初めて「命には終わりがある」ことを知った気がする。


STEP5 便利な時代が失ったもの

今は何でも手に入る。

牛乳も肉も卵も。

ボタン一つで届く。

それは素晴らしいことだ。

しかし同時に、私たちは食べ物の向こう側にいる命を感じにくくなった。

値段は見る。
産地は見る。

けれど、その命の人生まで想像することは少なくなった。

便利さは豊かさを生んだ。

でも何か大切な感覚も一緒に置いてきた気がする。


STEP6 空の家畜運搬車が教えてくれたこと

今朝見た空の家畜運搬車。

誰も気に留めないかもしれない。

ただのトラックだ。

しかし私には違った。

その荷台には、

農家の努力があった。
家族の生活があった。
牛の一生があった。

そして私の幼い日の記憶が乗っていた。

人生とは不思議だ。

たった一つの音で、半世紀前に戻れるのだから。


STEP7 「いただきます」の意味

年齢を重ねるほど思う。

「いただきます」

この言葉は本当に深い。

命をいただく。
自然をいただく。
誰かの労働をいただく。
感謝をいただく。

私たちは無数の命の上に生きている。

だからこそ、

食べることは生きること。
生きることは感謝すること。

そんな当たり前を、今朝の牛の鳴き声が思い出させてくれた。


おわりに

「モーッ」

たったそれだけの音だった。

しかし私には、

昭和の牛舎の匂いも、
家族の笑顔も、
乳牛の温もりも、

すべて連れてきてくれた。

もし今日、牛乳を飲むなら。
もし今日、卵を食べるなら。

少しだけ思い出してほしい。

その向こう側にある命のことを。

私たちは、たくさんの命に支えられて生きている。


全体総括

・昭和の田舎では家畜は家族だった

・牛やニワトリは貴重な栄養源だった

・食べ物の背景には必ず命がある

・便利な時代ほど命との距離が遠くなる

・家畜運搬車の音が幼い記憶を呼び覚ました

・「いただきます」は命への感謝の言葉

・生きることは、多くの命を受け継ぐこと


#昭和の記憶 #畜産農家 #命をいただく #エッセイ  

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