”自分勝手に生きる”を手放し”自由に生きる”
”自分勝手に生きる”こと
”自由に生きる”こと
その違いを考えたことはありますか?
私自身、真に自由に生きるには
どうしたらいいのか?
常に自分に問い、考え
実践し続けてきました。
ですが
愛の意識の広がった
自由に生きている自分と
自分勝手で傲慢である自分と
両方います。
自分勝手で生きるのは
人として嫌なのですが
恥ずかしいことにそんな自分が
存在しています。
だからこそ、自分勝手を手放したいと
常に考えているのです。
そこで
自分勝手に生きることと
自由に生きること
その違いは何か?考えてみました。
《自分勝手に生きる》
自分のことしか見えていない
傲慢であるので自分が正しいと思っており
他者の意見には耳を貸さない
人の都合よりも自分の都合を優先する
解釈が自分にとって都合のいいように
偏っている
無責任である
やりたいことはやるが
やりたくないことからは逃げる
思いやりに欠ける態度である
自分だけの狭い世界で生きている
他者との繋がりがない
周りに迷惑をかけている
《自由に生きる》
自分のことも周りのことも見えている
謙虚であるので他者の意見に
耳を傾けて常に学ぶ姿勢がある
自分にとって周りにとって
何がベストか考えることができる
自分が請け負ったものに対して
責任を持って取り組む
常に中庸である
(中庸(ちゅうよう)とは、儒教の重要な概念の一つで、**偏りがなく、常に変わらない、最も適切で調和のとれた状態**を指します。)
思いやりがある
誠実であり何事にも真摯に
向き合う態度である
愛の意識の広がった世界で生きている
全ての人、ものと繋がって生きている
どうやって”自分勝手に生きる”を手放す?
自分勝手に生きている渦中にいる間は
自分が他者に思いやりに欠けた態度であったり
迷惑をかけてしまっていることには
気づけません。
自分だけの狭い世界にいるので
周りが見えないので気づけないのです。
しかし気づく時があります。
他者の自分勝手な行動を見て
我が身を振り返る時です
他者の自分勝手な行動に気づけるその瞬間
人は中庸(自由に生きる)にいます
中庸にいる時は
真ん中からずれている人を見ると
違和感を感じます
(明らかに自分勝手な言動をしている場合はすぐに分かりますが)
その違和感を自分の中に入れて
深く自分自身と向き合った時
実は自分も同じようなことを
していたことに気づけることがあります。
気づいた時
恥ずかしくなるかもしれません
自分を責めたくなるかもしれません。
しかし、
気づいた時、自分の狭い世界を
少し広くすることができます。
真の自由に近づくには
この自分勝手に生きている自分を
自ら気づき手放すことです。
誰でも持っている自分勝手な生き方。
手放すには
人と繋がって生きることです。
人は自分の鏡であって
ありがたいことに自分を見せくれるのです。
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◯自分勝手に生きている時は狭い世界にいます。
人と繋がってください。
きっと、自分勝手を手放すきっかけが
やってきます。
◯人は自分の鏡です。よく周りを観察してください。
他者の言動を見て違和感を感じた時
自分の気づかなかった盲点を
見つけることができます。
◯常に相手の立場になって想像したり
考えてみたりしてみましょう。
習慣的に行うことで自分勝手な考え方から
抜け出すことができます。
繋がり、気づき、手放す
人と繋がり
自分と繋がり
自由に生きることを選択する
そんな人生を歩んでいきたいものですね。
本日もお読みいただき
ありがとうございました。
