逃げゆきし 二月の運は 風に置き 弥生の息吹 我を芽吹かせ【シロクマ文芸部】【三月は】
2月の不運
2月下旬、私は勤め先で倒れ救急搬送された。
翌日には緊急手術となり、そのまま数日入院した。
原因は持病の病巣が破裂したことだった。
破裂のリスクは3.4%と低かったはずだったのに。
訳もわからず手術室に連れて行かれ、
気が付いたら、病室のベッドの上だった。
人生で最も辛い4日間
入院生活で一番辛かったのは、
日常生活を送れないことだった。
横になっているだけで苦しい。
体を起こせば激痛が走る。
立ち上がるのに勇気がいった。
歩くことさえままならない。
点滴の棒にしがみつきながら一歩踏み出すと
また激痛が走った。
食欲もなくお腹も空いていないが、
食事を取らねばならない。
病院からは回復のためによく食べ、
よく歩くように言われた。
この体で、それをやれと?
思うように体が動かない苛立ちからくる怒り。
先の見えない不安。
変わらず続く痛み、苦しさ。
また運ばれてきた食事という拷問に、
心が折れそうになった時、祖父を思い出した。
わたしのおじいさん
祖父は病気で肺を片方失っていた。
そのため、ただの風邪でも重篤化しやすく、
たびたび入院しては命の危機に晒されていた。
しかし、何故かいつもケロリと退院してくるのだった。
あの流行病にもかかり入院した。
いよいよ親戚中が死を覚悟した時、祖父は退院した。
当の本人はまたケロリとしながら、
家よりよく眠れて快適だった、と言ったらしい。
もはや親戚中が引いていた。
そんな祖父も3年前に亡くなった。
最後は病院だった。
絶対に家に帰ると、毎日言っていた。
私は遺品の中から、
祖父お手製のメモ張を譲り受けた。
それは入院中の食事や排泄が日別に記録されており、
亡くなる前日までビッシリ書かれていた。
記入欄は亡くなった先の日付まで作られていた。
そのメモ帳からは、
死にゆくつもりなぞ微塵も感じなかった。
祖父は先の見えない入院生活の中でも、
「日常生活」をすることを目標にしながら、
前を向いて生き抜こうとしていた。
じっちゃんの名にかけて
私は、入院中に心が折れそうになったその時、
自由の効かない手でスマホのカメラロールをなんとか遡り、メモ帳の写真を出した。
写真を拡大しよく見てみると、
祖父は亡くなる前日まで毎日、食事を完食していた。
排泄もしっかりしていた。
私は泣いた。
祖父にこの日々の乗り越え方を教えてもらった気がした。
泣きながら食事を口に運び飲み込んだ。
ひたすらそれを繰り返し、初めて完食した。
私は、死の淵から何度も生還した祖父の孫。
医師からは無理かもしれないと言われた入院計画。
それでも私は計画通り退院してみせる。
じっちゃんの、名にかけて。
三月は
私は今、計画通りに退院して自宅に戻っている。
あの地獄の4日間はなんだったんだろうと
思えるくらいには回復していた。
人生で最も辛い4日間を過ごして思ったのは、
私は周りに支えられているということだった。
祖父だけではない。
家族やパートナー、職場、友人、
いろんな人たちの言葉や存在に励まされた。
3月にあたる旧暦「弥生」は、
草木がいよいよ生い茂る月、という意味だそうだ。
病気が綺麗さっぱり無くなった私に、
どうか再生の追い風を吹かせてくれますように。
逃げゆきし 二月の運は 風に置き
弥生の息吹 我を芽吹かせ
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