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【第四章】信じて、耐えて、壊れて。それでも守りたかった。

結婚生活と自己犠牲からの決断

ささやかな幸せでいい。
安心できる温かい家庭を築きたかった。ただ、それだけだったのに。
現実は、ワンオペ育児に仕事、家事、そして夫との関係。どれも想像以上に過酷で、気づけば私は「孤独という名の戦場」に立っていた。
夫は家庭に関心が薄く、夜は泥酔して帰宅する日も多かった。週末は寝るか趣味に出かけ、家族で過ごす時間はほとんどなかった。日々の空気は、相手の機嫌ひとつで揺れ動き、心が休まる時間はなかった。
それでも「私さえ我慢すれば」と何度も向き合い、歩み寄ろうと努力した。けれど。子どもが生まれても、関係が大きく変わることはなかった。

ただ、母として過ごす日々は、孤軍な育児の中にあっても、かえがえのない喜びに満ちていた。陽だまりの中で笑う我が子の顔に、どれほど救われただろう。
あたたかな瞬間が、心をつないでくれた。
やっと育児にも慣れてきたころ、第二子の出産を目前に、思いもよらぬ夫の転勤辞令が届いた。向かった先は、まったく知らない土地。知り合いもなく、車がなければ生活できない場所だった。
しかも私はペーパードライバー。自分も不安でいっぱいの中、産まれたばかりの赤ちゃんと、まだ甘えたい盛りの長女を連れて、遠い保健所に検診に行くことは、本当に一苦労だった。
それでも、子どもの様子や成長をできるだけ伝え続けたのは、父として関わってほしいという願いがあったから。
夫もきっと、新天地で大変だったのだと思う。だからこそ、頼りたい気持ちや不安も、ちゃんと共有したかった。
でも返ってきたのは、俺だって忙しい、自分で何とかしろ。という言葉だった。私の孤立や不安は、面倒でしかないんだな。
頼れないのなら、自分でやるしかない。
強くなるしかなかった。

義実家に帰省する時、夫はいつもピりピしていた。
義父母の前では”できる夫”を演じて、褒められると、どこか得意気な様子。
その姿を見ながら思う…真実も実態も何一つ伝わってないな…と。
夫の面目を保つために、私の中にある不信の気持ちを口にすることは避けてきた。でも、一度だけ。「やりたいことができないと、夫がすぐに怒ってしまう」と義母にそっと相談したことがある。
返ってきたのは「ごめんね。私は息子が可愛いの」という、切ない一言だった。
母のように慕い、大切にしてきた新しい家族。誠実に向き合ってきた私は、この家にとってどんな存在なのだろう…ああ、この家に、私の気持ちに寄り添ってくれる人はいないんだ。

それでも私は、家庭を守ろうと必死だった。
子どもたちには父親が必要だろう。夫が変わらなくても、私が変わればきっと…何度もそう言い聞かせて、耐えてきた。
けれど、その努力は報われなかった。
夫は反省しても口先だけで、やがて自己保身のために私を責めるようになっていった。「全部お前が悪い」と理不尽に決めつけ、子どもの前でも私を馬鹿にする言動を繰り返した。
だんだん、自分の価値が見えなくなり、自信も失っていく。「なんでこんなに苦しいのか。いつまで続くのだろう」
心身は削られ、自己否定される空間は、生きている心地がしなかった。

そしてある日、冷静に接していた自分の張りつめた糸が、プツンと音を立てて切れた。仕事から帰ると、また子供が泣いている。
躾と称した怒鳴り声、横柄な態度…それはもう教育ではなく支配だった。
「どうせ離婚なんてできないだろう」そう言い放つ夫。
もう変わらないな…。何年も何年も待ったよ。
ごめんね。もう無理だ…。
度重なる不信は、確信へと変わっていた。
もうここにはいられない。

子どもは親の所有物ではない。そして私は、夫のためだけに生きているのではない。家族の個を尊重し、安心して、自分らしく暮らせる場所。
それが築けないのなら、ここはもう家庭ではない。
信じていたパートナーが、最大の敵となる現実。
だれがこんな未来を望んだのだろう。

一人で子どもたちを育てられるか、私にできるのか。でも。やれることはやり尽くした。もう心も体も限界だった。このままでは、私が壊れてしまう。
悲しみに暮れていても、自分で動かなければ、何も変わらない。
たとえ周囲にどう思われても、長年葛藤してきた日々は、誰にも理解されないだろう。
でも真実はひとつしかない。
子どもたちを連れて家を出る。決断の時だった。

優しさは、弱さじゃない

愛を込めて接しても、それが通じない相手もいる。
陰で理不尽なことをしながら、向こうで平気な顔して笑う姿を何度も見てきた。筋の通らないズルいやり方。それがこの世の常なのかもしれない。
それでも、私は相手と同じことはしたくなかった。むしろ孤独を選んだ。
威圧感とともに心に矢を放つその人も、もしかしたら、自分を守ることで精一杯な、本当はとても弱い人だったのかもしれない。
けれど、どんな理由があっても、そこに傷ついている私がいたのは事実だ。そして長くそれを自分が許していたのだと思うと、ほんとうに苦しくてたまらない。こんな扱いを自分にしてしまっていたことに、心からごめんねと謝りたい。

私は改めて、自分自身に深く問いかける。
誰も傷つけたくなくて、ただ静かに、平和を願って生きてきた。
たとえ騙され、誤解され、馬鹿にされても…。
愛と誠実さだけは手放さなかった。
人として、ひとつだけ誇れるものがあるとすれば、
この信念をずっと貫いてきたことだけ。

自己実現と葛藤

信念と現実のはざまで、私はずっと揺れていた。
子どもと夫を優先し、自分のことはいつも後回し。
ジワジワと感情も麻痺していたある日、心と体がバラバラになるような悲鳴を上げた。
予期せぬ体調不良。それも回復しないまま、シングルマザーとして歩き始めた。がむしゃらに働き、子育てをし、毎日が時間との闘いだった。自分のことを考える余裕なんてない…。そう言い聞かせ、私は気張り、強い母の鎧をまとった。でもその実際は、不安と孤独で押しつぶされそうな日々だった。
眠れぬ夜が続き、静けさのなかで、不安を助長する。
「私に何かあったらどうしよう。子どもたちを誰が守るのか。」
働き続けなければならない重圧。
支援の約束さえ、簡単に跳ねのけられた。
その現実に、心身は極限まで疲弊していった。
全部を抱え込んで、息切れして、立ち止まってしまった。
どうして、みんな頑張れてるのに私はできないんだろう。
どうして私は、こんなに不器用なんだろう。

誠意が伝わらなかった十数年。
信じた道をまっすぐに歩いてきた。
大切にしてきた義実家。一言のお礼も言えず、静かに離れた。
最後は責め立てられ、会わなくともわかる敵意。
きっと今も私は恨まれているのかもしれない。
それでも、後悔はしていない。
あの時。飛び出さなかったら…。
今の、このささやかな幸せには出会えなかったのだから。

ふと訪れた静かな時間のなかで、やっと気づく。
自分を傷つけることなく、自分を生きるということ。
その本当の意味を、私はようやく知り始めていた。



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