「リアル脱出ゲームの日」生放送から考える、伏線こそ印象的であるべき理由

※この記事は「未来を賭けた謎の宴からの脱出」のネタバレを少し含みます

2026年7月7日「リアル脱出ゲームの日」を記念して、SCRAPが公式生放送を行った。

放送では「未来を賭けた謎の宴からの脱出」として、視聴者が時間内に謎怪人の出題する謎を解かなければ、毒を飲んだSCRAPのスタッフが死んでしまう! という謎解きイベントが実施された。

予定があって最初から参加はできなかったものの、私も開始40分ほどから視聴を開始し、存分に楽しませていただいた。この規模とクオリティのものを無料で公開できてしまうのは、さすが最大手SCRAP。

最終問題までは辿りつけたものの、そこで足踏みをしているうちにタイプアップになってしまった。

スタジオの共通点と、その画面だけ生放送であることはわかっていたのだけど、そこから先に思考を進められず、解答を聞いたときに「ああ! 気付いていたのに!」と、大変悔しい思いをした。


野球知識は一般常識か?


さて、この放送について参加者の一部から不満の声があがっている。

ある問題で「野球」に関する知識が必要になる場面があったからだ。

ひらめき暗号パズル”謎解き”は、基本的に一般的な知識で解けるようにつくられる。つまりこれは「ルール違反」ではないのかと疑問が投げかけられている。

30代男性からすると「野球くらいはなんとなく知ってるものだろう」と感じるのだけど、知らない人は本当に知らない。「あれだけ大谷翔平のニュースをやってるのに?」「やってるのに」

興味のないものは、何度目にしても本当に頭に残らない。

自分だって「韓国発のボーイズグループが都内のイベントで新曲を披露しました」というニュースを数十回見ているはずなのに、グループ名も曲名もまったく覚えていない。

ひとまず「野球の知識は一般常識ではない」と言い切ってしまっていいだろう。


ではSCRAPは、謎解きの「ルール違反」をしたのか?

そうは思わない。今回の謎解きに野球の知識が必要になる場面がある、ということは冒頭で示唆されていたからだ。

冒頭の雑談シーンで、司会者が「サッカーW杯が盛り上がっていますが、SCRAPは意外と野球派も多いんですよ」と、制作陣に野球好きが含まれている(≓今回の謎にも関連する)ことを示していた。

これが、いわゆる”伏線”というやつだ。

必要な手続きは踏んでいるため、野球問題をルール違反と糾弾することはできない。


ではどうすればよかったか?


ここからは、伏線の仕掛け方の巧拙の問題になる。

後出しであれば、いくらでも好きなことがいえるので、試しにどうすれば参加者の不満が少なくなったかを考えてみよう。

たとえばこんな展開はどうだろう。

番組冒頭で司会者がタイガースの法被を着て登場。アシスタントが「どうしたんですか?」「世間ではW杯が盛り上がっていますが、僕は筋金入りのトラキチなんでね。負けてられませんよ」「あっ、はい。そうですか」というやりとりがあり、司会は最後まで法被を着続ける。

ここまでやれば、たしかな違和感として視聴者の印象に残っただろう。

これで野球知識の問題が出されても「わかるわけない!」とは言えない。「変だったでしょ」「絶対に気になってたでしょ!」という反論が可能になる。


さらにいえば、途中の謎で「しかいのむね ※答えは動物」が回答になるような謎を配置するといい。「司会の胸……答えはトラだ!」という展開を一度挟んでおけば、冒頭の雑談を飛ばした参加者も含めて全員が必ずタイガース法被を目にすることになる。

謎解きにおいて、一度使った情報を再利用する展開や、"解き直し"が好まれるのは、伏線が印象的であるべき理由と実は同じなのだ。


「司会が阪神の法被を着るのは、あまりに唐突で不自然では?」という指摘も出てくると思う。その問題をクリアするには、熱狂的なタイガースファンで知られる玉袋筋太郎さんに司会を依頼して、阪神のユニフォーム姿で出演してもらえばいい。

謎解きにまったく向いていないという致命的な点を除けば完璧なキャスティングだ。


伏線は印象に残る必要がある


伏線あるいは手がかりとは、それが明かされたときに「そういえば!」というものでなければならない。

「そんなの見ていない」「知らない」「覚えてない」と言われないために、伏線は印象に残る必要がある

おそらく一般的に考えられていることとは逆だろう。伏線とはさりげなくはるもので、目立ってはいけないと考えている人の方が多いように思う。

しかし、それは大きな誤解だ。

理解しやすいように、ひとつ実例をあげよう。

古畑任三郎のある話に、今泉くんがダジャレをいって大すべりする場面がある。実はこのダジャレが伏線になっていたことが、解決編で説明される。

ここが「大すべり」であることが重要なのだ。

「ややウケ」や「ややすべり」ではだめで、それでは印象に残らない。見ているこっちが恥ずかしくなるくらいの大すべりだからこそ、あの場面は視聴者の印象に強烈に残った。

古畑が「あのダジャレが実は……」と説明したときに、「えっ、そんなこと言ってたっけ?」となってはいけない。

伏線こそ印象的であるべきだ。


ああ! 気付いていたのに!


謎解きや推理における楽しさは、解けたときのひらめきの快感や優越感だけがすべてではない。

解説を聞いたときの「ああ! 気付いていたのに!」という感情も、面白さを支える重要な柱だ。

そうした意味では、私としては、今回の生放送は大いに楽しめた。最終問題の解説を聞いたときに「ああ! 気付いていたのに!」とハンカチを噛みしめてキーッとなれたからだ。

伏線は印象的であるべき、というのは絶対的なルールではなく、よりよいものをつくるための指針のひとつだ。

できていなければ糾弾されるようなものではない。80点を85点にするための手段のひとつに過ぎない。

むしろ今回の件は、最大手SCRAPだからこそ、冒頭に野球を示唆する会話を伏線として配置できたのでは、とすら思う。それができていない企業、団体、個人は少なくないだろう。

野球の問題からは「生放送だからこそリアルタイムで何かを仕掛けたい」という野心と、それを成立させるための苦心が伺えて、尊敬の念を抱いた。


「未来を賭けた謎の宴からの脱出」からは、個人戦と全体戦の違いや、それぞれが抱える問題についても考える必要があると感じたけれど、まだ整理しきれていないので、それは別の機会に改めて。

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