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自己紹介を、もう一度書きます。祝祭を書き終えたあとで。

今回はかなり長くなるので初めに目次を入れます。
読みたいところだけ、かいつまんで読んでください。


書き終えたあと、しばらく動けませんでした。

祝祭シリーズの最後の二本を書き終えたあと、しばらくキーボードの前から動けませんでした。

泣きながら書く、という言葉は少し大げさに聞こえるかもしれません。
….ごめんなさい嘘つきました、本当に号泣しながら描いてました。

画面が滲んで、何度も手を止めました。
言葉を打ちながら、また戻される。
戻りたくても戻れない場所に、書くことでだけ戻される。

あれは、ただ懐かしかったからではありません。
ただ寂しかったからでもありません。

たぶん私は、ようやく「ありがとう」を置ける場所を見つけたのだと思います。

現場にいた時には、言えなかった言葉がありました。

言えば崩れてしまう気がして、飲み込んだ言葉。
責任者として立っている間は、まだ渡してはいけなかった感情。
笑っているスタッフの奥にある疲れに気づいても、その場では泣かせられなかった瞬間。
「ありがとう」と言いたいのに、まだ今日が終わっていないから言えなかった日。

それを、やっと書けた。

だから泣いたのだと思います。

祝祭シリーズの前編では、私は「心の中の手紙」を書いていました。
紙にも、スマホにも残さず、誰にも送らず、ただ現場の空気を見ながら何度も書き直していた手紙です。そこには「ありがとう」「ごめんね」「よく立ってくれました」「明日だけは、どうか無事に帰ってきてください」という、勤務中には重すぎて渡せなかった言葉がありました。

そして最終回で、その手紙をやっと開きました。

スタッフへ。
アテンダントたちへ。
何度も助けてくれたADたちへ。
苦楽を共にした各セクションのDたちへ。
矢面に立ってくれたチーフへ。
相談に乗ってくださった協会職員の皆様へ。
会場を守ってくれた警備の人たちへ。
笑顔をたくさんくれたゲストへ。
読んでくれた人へ。
あの現場で、どこかの持ち場に立っていたすべての人へ。

本当に、ありがとうございました。

あの最後の文章を書いた時、私はたぶん、記事を書いていたというより、現場で言い切れなかった言葉を少し遅れて回収していたのだと思います。

だから、書き終えたあと、少し怖くもなりました。

ここまで書いてしまったあと、私は次に何を書くんだろう。

祝祭を書き終えたあとに残ったのは、達成感だけではありませんでした。
空っぽになった感じでもありませんでした。

むしろ逆でした。

まだ書かなければいけないことが、前よりはっきり見えてしまった。

だから今日は、もう一度自己紹介を書きます。


はじめての自己紹介は、少し尖っていました。

3月30日、私ははじめてnoteに自己紹介を書きました。

タイトルには、こう入れました。

綺麗な正論は会議室に置いてきた。

今読み返しても、嘘ではありません。

会議室では正しく見えることが、現場ではまったく機能しないことがある。
誰も間違ったことを言っていないのに、なぜか人が動かないことがある。
みんな頑張っているのに、なぜか現場だけが静かに詰まっていくことがある。

私はそういう場所を、何度も見てきました。

だから最初の自己紹介では、少し強い言葉を使いました。

自分が何を見てきたのか。
どんな現場に立ってきたのか。
どんな判断をしてきたのか。
どんな失敗を通ってきたのか。
まず、それをちゃんと伝えたかった。

今思えば、あの自己紹介には、少し怒りがありました。

綺麗な正論だけが先に立つことへの怒り。
現場を知らない言葉が、人を追い込むことへの怒り。
誰かの誠実さで、仕組みの穴が埋められてしまうことへの怒り。

その怒りは、今も完全には消えていません。

でも、祝祭シリーズを書き終えた今は、その奥にあったものが少しだけ見えます。

私はたぶん、怒りたかっただけではありません。
守りたかったのだと思います。

現場で黙って削れていく人を。
ちゃんと見ていたのに、言葉にされなかった違和感を。
「大丈夫です」と言いながら、本当は大丈夫ではなかった人を。
一人で抱えて、それでも翌日また現場に立つ責任者を。

最初の自己紹介は、火種だったのだと思います。

自分の中にあった怒りや違和感を、まず火として置いた。
でも、この1ヶ月書き続けて、祝祭シリーズを書き終えて、その火の意味が少し変わりました。

燃やすためではなく、照らすために使いたい。

今は、そう思っています。


書き終えて、少しだけ怖くなりました。

祝祭シリーズを書き終えたあと、最初に残ったのは、達成感だけではありませんでした。

もちろん、書き切ったという気持ちはありました。
ずっと胸の奥に置いたままだった言葉を、少しだけ外に出せた感覚もありました。

でも、それと同じくらい、怖さもありました。

ここまで書いてしまったあと、私は次に何を書くのだろう。

そう思いました。

万博という言葉は、強い。
祝祭の話は、強い。
青空も、西ゲートも、最終日も、泣きそうなのに笑っていた人たちも、全部が強い。

でも、私がこれから書き続けたいのは、あの場所の思い出だけではありません。

あの現場で見えたものを、別の現場にも届く言葉に変えていくこと。

そこからが、たぶん本当の仕事なのだと思いました。

最終回を書き終えた時、私は一度、全部を出し切ったような気がしました。

でも少し時間が経つと、逆でした。

終わったのではなく、始まってしまった。

そんな感覚がありました。

祝祭を書き切ったことで、ようやく見えたものがありました。

私はこれから、出来事を書くのではなく、出来事の奥にあった構造を書かなければいけない。
思い出を書くのではなく、次の現場で誰かが一人で背負いすぎないための言葉を書かなければいけない。
感謝を書くのではなく、感謝だけでは救えなかったものまで書かなければいけない。

そう思いました。

だから、もう一度、自己紹介を書こうと思いました。

これは「私はこういう人です」という名刺ではありません。

祝祭を書き終えたあと、
私はこれから何を書く人でいたいのか。

その現在地です。


ここまで読んでくれた人へ。まだ読んでいない記事も、たぶんあります。

この1ヶ月で、ありがたいことに、想像していた以上に多くの方に記事を読んでいただきました。

2026年16時04分時点のデータです


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全体ビューは、14,615 ビュー。
スキは、30 件。
コメントは、1,023 スキ。

数字だけを見れば、私自身も少し驚いています。

でも、ここでその数字を出すのは、自慢したいからではありません。

読んでくれる人がいたから、ここまで書けた。
そのことを、ちゃんと残しておきたいからです。

ただ、ひとつだけ正直に言わせてください。

たぶん、まだ読んでいない記事、いっぱいあると思います。

これは責めているわけではありません。
むしろ、ちょっと笑いながら言っています。

「この話、もっと読みたい」
「この角度、もっと書いてほしい」
「こういう現場の話も知りたい」

そう思ってくださった方がいたら、ありがとうございます。
その気持ちは、本当に嬉しいです。

めちゃくちゃわかります。
私も書きたいです。
まだまだあります。
書いていないエピソードも、たくさんあります。

でも、まずは今までの記事を少し辿ってもらえると嬉しいです。

たぶん、そこにもうかなり置いてあります。

朝礼の話。
引き継ぎの失敗。
無線が長くなる時の苦しさ。
カスハラの線引き。
「はい、わかりました」が続く部下の危うさ。
任せるだけでは自走しない現場。
確認文化が組織を遅くする時。
正しさが一つではなかった日。
何も言わずに帰っていくゲストの怖さ。
朝礼で笑いが起きた日の強さ。

私はこの1ヶ月、かなりの量を書いてきました。

しかも、正直に言うと、初期の記事はこれから少しずつ書き直したいと思っています。

言葉がまだ尖っているものもある。
今なら、もっと奥から書けるものもある。
勢いで書いたからこそ届いたものもあるし、今の自分ならもう少し丁寧に置けるものもある。

だから、初期の記事と今の記事の違いを見るのも、たぶん少し面白いと思います。

最初の私は、少し怒っていました。
今の私は、その怒りの奥にあったものを、少しずつ見ようとしています。

その変化も含めて、読んでもらえたら嬉しいです。

はじめて読む方には、マガジンを置いています。

「野中まどか」がどんな現場を見て、何を捨てて、何を守ろうとしてきたのか。
その流れが、できるだけわかりやすい順番で読めるように整えています。

まだ全部読んでいない方は、よければそこから辿ってみてください。

たぶん、この記事だけより、もう少し立体的に見えると思います。


それでも、私はこの話を一冊の本にしたいです。

ここは、昨日より少し大きめの声で言います。

私は、この祝祭シリーズを一冊の本にしたいです。

記念にしたいからではありません。
思い出を綺麗に残したいだけでもありません。
万博という大きな名前を使って、自分を大きく見せたいからでもありません。

そうではなくて。

私たちが現場でやっていたことを、ちゃんと言語化したいからです。

昨日、万博で一緒に働いていたメンバーと食事をしました。

その時に、かなり熱を持って言われました。

自分たちがやっていたことを、ここまで言語化して伝えている人は本当にいない。
だから、ちゃんと残してほしい。
ちゃんと伝えてほしい。

そういう話をしました。

その言葉は、かなり大きかったです。

もちろん、私は誰かを代表して書けるわけではありません。
現場のすべてを見ていたわけでもありません。
私が見ていた景色は、あくまで私が立っていた場所から見えた景色です。

それでも、書かないよりはいいと思っています。

あの現場には、言葉にされない仕事がたくさんありました。

誰かが列を見る。
誰かが無線を拾う。
誰かがスタッフの顔を見る。
誰かがゲストの不安を先に拾う。
誰かが言葉を選ぶ。
誰かが怒りを受け止める。
誰かが次の波を読む。
誰かが、誰かを守るために少しだけ前に出る。
誰かが、誰かを育てるために少しだけ引く。

そういう仕事は、名前がつきにくい。

でも、名前がつかないからといって、なかったことにはしたくありません。

現場は、気合いだけでは回りません。
優しさだけでも守れません。
正論だけでも動きません。
でも、人を雑に扱っていいわけでもありません。

その間にある、言葉になりにくい仕事。

私はそれを、ちゃんと一冊の形にしたいです。

出版社の方。
編集者の方。
このテーマに少しでも引っかかるものがある方。

もしこの言葉が必要だと思ってくださるなら、コメントでもDMでも構いません。
声をかけてください。

これは本気でやりたいです。

大きな声で叫ぶのは、あまり得意ではありません。
でも今回は、少しだけ大きめに言います。

この現場の言葉を、もう少し遠くまで届けたいです。


noteは辞めません。ただ、毎日更新からは少し変えます。

noteは辞めません。

ここは先に言っておきます。

ただ、これまでのような毎日更新から、少し更新頻度を変えようと思っています。

理由はシンプルです。

書籍化の企画書を作りたい。
初期記事の見直しもしたい。
小説の執筆も進めたい。
そして、noteの記事も一本ずつ雑にしたくない。

その全部を同じ熱量でやろうとすると、さすがにリソースが足りません。

私の記事は、どうしても少しカロリーを使います。

現場の記憶に戻る。
当時の判断を見直す。
何を見て、何を見落としていたのかを考える。
誰かを傷つける書き方になっていないかを確認する。
綺麗にしすぎて、現場の泥を消していないかを見る。

そうやって書いています。

だから、これからは週2〜3本くらいの更新に整えようと思っています。

毎日書くことで見えたことは、たくさんありました。
でもこれからは、少しペースを整えて、一本ずつの密度を落とさないようにしたいです。

もし、これからも読んでくださる方がいれば、フォローしてもらえると嬉しいです。

更新した時に届きやすくなると思います。

無理に追ってください、というより、必要な時に戻ってこられる場所にしておきたい。
そんな気持ちです。


noteにいない時は、Threadsにいます。

それから、noteにいない時は、Threadsによくいます。

noteではどうしても、少し整えた言葉を書いています。

現場の話を書く時は、どうしても言葉を選びます。
誰かを傷つけないように。
現場を雑に扱わないように。
自分の感情だけで押し切らないように。

だからnoteの野中まどかは、少し真面目に見えるかもしれません。

硬そうに見えるかもしれません。
怖そうに見えるかもしれません。
ちゃんとしてそうに見えるかもしれません。

でも、ちゃんと人間です。

Threadsには、もう少し人間らしい野中まどかがいます。

悩んでいたり。
笑っていたり。
ちょっと迷走していたり。
急に熱くなっていたり。
noteの裏側で、あれこれ考えていたり。

noteの記事だけ読むと、少し距離があるかもしれません。
でもThreadsを見てもらえると、もう少し近く感じてもらえるかもしれません。

気になった方は、そちらもフォローしてもらえたら嬉しいです。

noteでは整えた言葉を。
Threadsでは、その手前にある揺れも含めて。

どちらも、野中まどかです。


ブランドづくりやnote設計について、相談は受けられます。

この1ヶ月、noteを書きながら、マーケティングの面でもかなり多くのことを考えました。

私は、有料記事を売ることを主目的にしていたわけではありません。

むしろ、この1ヶ月で強く感じたのは、
noteはすぐに売る場所というより、信頼を積み上げる場所としてかなり強いのではないか、ということでした。

記事を読む。
プロフィールを見る。
マガジンを辿る。
別の記事に移動する。
何度か戻ってくる。
少しずつ、その人の見ているものがわかってくる。

この流れが、noteにはあります。

SNSのように一瞬で流れていくのではなく、
記事が残り、並び、あとから辿れる。

これは、個人のブランドを育てる上で、大きな意味があると思いました。

ただ、ここも強く言いすぎないようにします。

noteをやれば誰でも伸びる、とは思っていません。
誰かのやり方をそのまま真似すればうまくいく、とも思っていません。

マーケティングやブランディングに、ひとつの正解はありません。

人によって、届けたい相手が違う。
扱うテーマが違う。
出せる言葉が違う。
続けられる頻度も違う。
売りたいものも、守りたいものも違う。

だから、必要なのはテンプレートではなく、その人に合った設計だと思っています。

もし、自分のブランドを育てたい方。
noteをどう使えばいいか迷っている方。
自分の経験や仕事をどう言葉にすればいいかわからない方。

個別にお手伝いできることがあるかもしれません。

必要な方がいれば、DMでご相談ください。

ただし、誰にでも同じ答えを渡すことはできません。

その人が何をしてきたのか。
誰に届けたいのか。
どんな言葉なら嘘にならないのか。
そこを一緒に見ないと、ブランドは作れないと思っています。

もしやるなら、オーダーメイドになります。


小説も書いています。

少しだけ、別の話もさせてください。

それから、別名義で小説も書いています。
賞に出す作品と、カクヨムで育てていく作品です。

ただ、ここでは詳しく語りすぎません。
「野中まどか」としてのnoteとは、少し違う場所で動いているものだからです。

形になったら、ちゃんとお知らせします。

ここは今は、さらっとだけ。
でも、ちゃんと進めています。


読んでくれた人の言葉で、次に見えるものが増えました。

この1ヶ月、私は何度も長い文章を書きました。

軽い文章ではなかったと思います。
読む側にも、少し体力がいる文章だったと思います。

それでも、読んでくださる方がいました。
スキを押してくださる方がいました。
コメントをくださる方がいました。
DMで感想を送ってくださる方もいました。

その一つひとつに、私はかなり支えられていました。

書いて終わりではなく、
読んでくださった方の反応や言葉で、次に見えるものが増えていく感覚がありました。

「自分の現場ではこうでした」
「この言葉が残りました」
「ここが少し救いになりました」

そういう一言が、次の記事を書く理由になりました。

だから、これからも感じたことや、引っかかった言葉があれば、コメントやDMで教えてもらえたら嬉しいです。

ひとつひとつ、ちゃんと読んでいます。


最後に。ここからは、火種を灯りに変えていきます。

最初の自己紹介は、火種でした。

綺麗な正論だけでは、現場は動かない。
その言葉を、自分の中にあった怒りや違和感ごと置いた記事でした。

祝祭シリーズは、灯りでした。

あの現場で立っていた人たちを、
あの青空の下で笑っていた人たちを、
泣きそうなのに笑っていた人たちを、
景色の明るさの中に溶かして終わらせたくなくて書いた文章でした。

そしてここからは、その灯りを、必要な人の手元まで届けるために書いていきたい。

現場を回す人へ。
人の間に立っている人へ。
正しいことを言っているはずなのに、なぜか人が動かなくて苦しんでいる人へ。
自分が頑張ればいいと思って、全部を抱えすぎてしまう人へ。

うまくやれないのは、素質だけの問題ではありません。

順番を変えれば、現場は変わる。
言葉の置き方を変えれば、人は少し動きやすくなる。
責任の線を引けば、誰か一人の誠実さに押し付けずに済む。
見落としていた沈黙を拾えば、現場は少し息をしやすくなる。

私は、そのことを書いていきます。

綺麗な正論だけでは、現場は動かない。
でも、現場は気合いだけで守れるものでもない。

人がいる。
構造がいる。
言葉がいる。
順番がいる。
見落とさない目がいる。

そして、ありがとうを置く場所がいる。

このnoteを、そういう場所にしていきたいと思っています。

読んでくださった方、ありがとうございます。
スキを押してくださった方、ありがとうございます。
コメントをくださった方、ありがとうございます。
黙って読んで、また戻ってきてくださった方も、本当にありがとうございます。

この1ヶ月、書き続けられたのは、読んでくださる方がいたからです。

祝祭は、ここで一度終わりました。

でも、現場で誰かが誰かを守ろうとしたこと。
言葉にできない疲れを抱えながら、それでも笑顔を返したこと。
自分の持ち場で、最後まで立ったこと。

そういうものは、まだ終わっていないと思っています。

だから私は、もう少し書きます。

野中まどかは、これからも、現場で一人で背負ってしまう人が、少しだけ息をしやすくなる言葉を書いていきます。


はじめて読んでくださる方へ

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

野中まどかの記事は、読みたい入口ごとにマガジンへまとめています。

はじめて読む方へ
「はじめて読む野中まどか」

大阪・関西万博の現場記録
「祝祭シリーズ|大阪・関西万博の現場から」

現場責任者・リーダーの方へ
「現場責任者のノート|人と仕組みのあいだで考えたこと」

書籍化に向けた現在地
「書籍化に向けた編集後記|この現場の言葉を、本にするまで」

必要な入口から、ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。

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