見出し画像

私、パニック障害になってよかった しれっと変えた名前の話 ~完治という目標をやめました~

初めましての方も、いつも読んでくださる方も、そっとスキを押してくださる方も、そうでない方も、本記事をクリックして頂きありがとうございます(*´︶`*)


なんだか、意味深で、強烈なタイトルですよね…


本記事は昨年10月にnoteを開始し、初めてプロフィールの固定記事にすると決めた、大切な内容になっております。

3年間向き合ってきたパニック障害について、今の私の思いを、医学的な部分を踏まえ、改めて振り返ってみました。添削を重ね、頑張って記事にまとめております。

どうか一度、この記事だけは読んでいただけたら嬉しいです。


私は3年前にパニック障害を発症し、思い通りに外出できない自分、素直に楽しめない悔しさをバネに、一進一退を繰り返しながら、この3年間を過ごしてきました。本当はもっと楽しめたはずの時間、日々が、今までにたくさんあった…しかし、パニック障害でそれが叶わなかった。

もう、そんな未来はたくさん!私は残りの人生を、パニック障害に脅かされない、やりたいことができる、楽しめる、素直な自分であるために、昨年7月心理療法を始めました。

心理療法を始めて約半年。体感として7割程は不安緊張を手放せたかなと思います。予期不安はだいぶ減ってきました。10割が完治だとしたら、もう残り3割。完治まではもうすぐだ!そう思っていました。


ですが、日々自分と向き合う中で、完治への考え方が変わってきたのです。


昨年12月は、半年ぶりに電車に乗れました。しかも2回目の乗車では、不安も緊張も全くなく、あれ?私パニック障害だっけ?と思ってしまうくらいでした。それでも、不安や緊張する場面はまだまだあります。美容室には1年程行けていません。心理療法を始める前の私なら、やっぱりこのまま治らないのかな…と落ち込んでいました。


しかし、最近こう考えるようになったのです。


簡単に言えば
パニック障害を「悪者」と考えなくなりました。


究極に言えば
パニック障害は「今の私にとって必要なもの」と考えるようになったのです。


パニック障害にならなければ、確かになる前のように、何も気にせず外出したり、楽しい時間を過ごせていたかもしれません。しかし、私の場合は遅かれ早かれパニック障害になっていたのです。


そもそも、パニック障害ってなんだっけ?
何が原因?どうして私はなったのだろう?


そう思い、改めて振り返ってみました。



① パニック障害は「脳と自律神経の誤作動」


まず大前提として。
パニック障害は「心が弱い人の病気」ではないようです。
これは医学的にも、完全に否定されています。

医学的には、こう説明されることが多いようです。

パニック障害とは
命の危険がないにも関わらず、脳の危険察知システムと自律神経の調整機能が過敏になり、脳が誤作動を起こし、強い身体反応(動悸・息切れ・めまい・吐き気など)と不安が突然出現する状態

ポイントは脳の「誤作動」であるということ。

発作のときに起こる、様々な症状

  • 動悸

  • 息苦しさ

  • めまい

  • 吐き気

  • 「このまま倒れるのでは」という恐怖

これらはすべて
自律神経(特に交感神経)が一気に優位になることで起こる“身体の反応”
つまり、「気のせい」でも「考えすぎ」でもないのです。


近年、診断名の日本語表記として「パニック障害」は「パニック症」と表記されることがあります。これは、2010年代以降の診断分類や医療用語の整理の中で、「障害」という言葉が与える印象への配慮や、症状の状態像として理解しやすくする目的から用いられるようになった名称です。なお、診断概念や病態そのものが変更されたわけではなく、英語の正式名称(Panic Disorder)も従来と変わっていません。私のnoteでは、一般的に広く知られている表現であること、そして筆者自身が経験してきた文脈に沿うことから「パニック障害」という表記で記載していきます。


②パニック発作は“異常反応”ではなく“過剰防衛”


私たちの脳には

  • 危険を察知する「扁桃体

  • 体を調整するために動く「自律神経

があります。

本来、脳は事故、災害、命の危険など「本当に危険なとき」だけ警報(不安・動悸・緊張)を鳴らす仕組みになっています。

しかし、パニック障害では

  • 疲労

  • ストレスの蓄積

  • 我慢のしすぎ

  • 感情の抑圧

  • 安心できない状態の長期化

こういう条件が重なって

脳が「もう限界だ」と判断し、実際の危険がない場面でも作動してしまう。

医学的に見れば、これは壊れた反応ではなく、長期間のストレスや疲労、感情の抑圧によって行き過ぎた“防衛反応”だと言えます。


③ だから私は「悪者」だと思わなくなった


パニック障害は、私を壊そうとした存在ではありませんでした。

むしろ、これ以上無理をしたら本当に壊れてしまうよという、私自身からの最後のメッセージなんじゃないか、そう今は感じています。

パニック障害の背景には、共通する傾向があるそうです。

  • 責任感が強い

  • 空気を読む

  • 人に迷惑をかけたくない

  • 頑張ることに慣れすぎている

  • 我慢することが当たり前

  • 感情より「やるべきこと」を優先してきた

  • 自分の不調に気づいても後回しにしてきた

上記のように“我慢が得意な人” が本当に多いということ。

振り返れば今までの人生、看護師としての仕事を中心に、私生活においても我慢しやすい性格で、知らず知らずに自分を抑え込み、ストレスや疲労を蓄積していたと、合致する点が多くありました。

医学的にも、ストレスホルモン(コルチゾール)分泌が長期化すると、自律神経の切り替えがうまくいかなくなるということが分かっています。

つまり、パニック障害は「突然起こる病気」ではなく、長年の無理が、身体に記録された結果とも言えるのです。


前回記事にしたAI占いの結果で、私の人生を的確に文字にして下さいました。いかに無理をして生きてきたのかがわかります。


また、寛解までにやってきた内容をまとめた記事の前半にも、パニック障害の経過を記載しております。ご興味ある方はぜひ読んでみてください。


完治を確信した心理療法を始めて約1年。
予期不安もほとんど出なくなりました。
その積み重ねから得た、方法をまとめました。


④ 「今の私には必要だった」と思えた理由


パニック障害3年目にして、昨年初めてスタートした心理療法。その心理療法のおかげで、私にとってパニック障害は、治すべき「敵」ではなく、自分自身を知るための入り口なんだと思えるようになりました。

  • 自分が今までどれだけ緊張して生きていたか

  • 心より先に身体が限界を迎えていたこと

  • 不安を感じないようにすることばかり考えていたこと


そう、気づくことができました。

さらには

  • 薬だけで症状を抑える

  • 発作を「起こさないように」する

上記のように医学的にも症状を抑えることだけに集中すると、根っこの生活や思考が変わらない限り、症状は形を変えて繰り返されやすいということが分かりました。

だから私は、パニック障害を「排除する対象」ではなく、自分の生き方を調整するためのサインとして捉えるようになったのです。


⑤ 「完治」という言葉を手放した理由


絶対に完治してやる!と思っていた昨年までは「不安がある自分」をずっと否定していました。でも今は、不安があっても戻れるということを、心理療法を通して獲得している途中です。

不安をゼロにすることは、医学的にも現実的ではありません。
不安は人間にとって、必要な感情であり、不安=異常ではないからです。

大切なのは、不安が出ても自律神経が暴走せず、自分で戻れる状態を作ること。


だから私は2026年を

  • 心のケア

  • 体へのアプローチ

  • 自分の気持ちを無視しない

  • 無理を前提にしない生き方

これらを通じて、不安や緊張を“必要以上に抱えなくていい状態”に整えるとともに、脳の警報が“もう鳴らさなくていい”と学習していくプロセスとしたいのです。

もちろん、また無理をすれば、パニック症状が出ることもあるかもしれません。


でもそれは失敗ではなく、ブレーキが踏まれたサイン。強いブレーキがかかる前に、自分で調整できるようになりたい。


私はこれを「パニック障害の症状の消失」というより「脳・自律神経機能の回復」と捉えています。

この視点に立つと、完治を目標にしないことは諦めではありません。

再発予防の一つの形だと、私は思うのです。


まとめ


今年しれっと変えた、名前のお尻部分にあった「言霊」を、皆さんは覚えていますでしょうか。


nona*1年後パニック障害を完治する

nona*不安緊張を手放す2026


パニック障害は、治すべき敵ではありませんでした。

脳と身体(自律神経)が、「これ以上は危険だ」と私のためにストレートに知らせてくれただけだったのです。

パニック障害になる前の私に戻るということは、また自分を無視し、大事な心身へ大きなストレスを与えてしまうことになる。もう、前の自分に戻りたいとは思いません。

発症した3年前、特に最初の3ヶ月(急性期と呼ぶそうです)を今でも覚えています。

「死にたいわけじゃないけど、生きるのがつらい」

まさか自分が、ここまで自分自身を、パニック障害を、受け入れられるようになるとは思いもしませんでした。もうここまでくれば、大丈夫な気がします。

戻るのは、過去の自分ではなく、今の自分。
そう教えてくれたパニック障害には、感謝すら感じます。

私、パニック障害になってよかった。



今はまだ、回復の途中。
今年もパニック障害と肩を組んで歩いていたいと思います。

パニック障害を完治させるという目標はやめましたが、治したいという気持ちそのものを失くした訳ではありません。

役目を終えたらきっと、そっとパニック障害が背中を押してくれる。

自然に手放せる新しい自分がいると、信じています。


***





ここまで読んで下さった皆さま、本当にありがとうございます。

昨年10月に始めたこのnote。飽き性な私が、まさか約半年間こうして続けることができたのも、noteを通して繋がってくれた皆さまのおかげです。

今年もパニック障害の経過を中心に、noteに現在の気持ちや体調、挑戦したことを綴ってまいりますので、どうか見守っていただけたら嬉しいです。


nona*不安緊張を手放す2026


この言霊を胸に、今年以上に来年、再来年と、穏やかな日々を過ごせていますように。

そして、いつかこのnoteが、誰かの人生の灯になりますように…

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

いいなと思ったら応援しよう!