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公立中学校の成績開示の少なさと、内申点の曖昧さ

ここ数年、すっかり公立中学情報に疎くなってしまいました。
公立中学に通われている生徒さんのお仕事が減り、中学受験や医学部受験のお仕事が増えたからです。

数年前までは都心にお住いの教育熱心なご家庭の中でも
「志望する私立に行けないならば中学は公立でよい。高校受験で頑張る。」
というご家庭が一定数いらっしゃいました。
それがここ数年、どうも減っています。

そう思っていた矢先、SNSで
「小学校の通知表がなくなりつつある」
というトピックを目にし、思い当たる経験があり、久しぶりにnoteを書こうと思った次第です。

公立の小・中学校で相対評価をなくす傾向は、何もここ1.2年の話ではなく、かなり前から一貫して強まり続けています。
例えば、私が8年ほど前に経験し、ほとほと困り果てた高校受験のお仕事があります。それは生徒様が通う公立中学が定期テストの順位も平均点も出さない方針で、そのお子様の成績と内申点が受験直前の保護者面談まで全く分からなかった為、具体的な志望校のご提案ができなかったという苦い体験です。

さらに、その学校は川崎市の中学だったのですが、川崎市は地域によって学力格差が大きいため、8年前は学校間のばらつきを是正する内申点の調整(下駄履き)が堂々と行われていました。(2020年に廃止)
そのため、「この学校で5をとっても、調整が入ったらどうなるか分からない。」ということが実際にあったんです。(逆もまたしかり)

せめて定期テストの平均点と順位が分かれば、その生徒様の学力と点数からおよその逆算ができたのですが、それもない。ゆえに内申点は調整が終わるギリギリまで分からない、という状態が長く続きました。

その間、生徒様は自分の実力より上の高校に憧れを抱いてしまい、結果、確定した内申点ではその学校には手が届かなかった。お母様と私と家庭教師会社の社員さんの3人で何度も面談をし、何とか諦めさせ、受験校のランクを落とすという、本人にとっても私たちにとっても非常に過酷な受験期を過ごすこととなってしまいました。

その時、「公立中がこんな有様なら、たとえ中堅校でも私立の方がいいな」と、私自身強く思ったものです。私立中はきちんと順位を出しますし、模試も受けさせます。その為、大学受験にむけて早くから自分の立ち位置を理解し、親も対策や心づもりができ、下手な高望みもせずに済みます。

おそらくこういった側面が、昨今の「中堅私立中学の受験激化」を生んでいるのではないかと思ったんです。

  • 定期テストの順位を出さない

  • 平均点も出さない

  • 内申点の基準が曖昧すぎる

これらが高校受験の障壁となり、公立中学離れを生んでいるのではないかと。(私見です)

では、どういった方々が公立の相対評価に反対しているのかを見ると、それはそれで日本の公教育の現在が見えてくるように思えます。ネットで散見する相対評価への反対意見の主だったものは以下のようなものでした。

  • 順位を出すのはかわいそうだ

  • 優劣をつけるのは良くない

  • 皆勤賞は不登校の子へのプレッシャーになるからやめて欲しい

おそらくこれらの意見は、現在の公教育に馴染めないお子様の「心」を守るために出てくる意見なのではないかと思います。そしてこれらの意見は、私が8年前に感じた公立中学への不満と真逆の立場から出てくるもので、大袈裟に言えば今、公立小中は「どの層を基準とするか」で非常に困っているのではないでしょうか。

戦後と異なり、社会は急速に高度化し、全体的に高学歴化しています。
私の高校時代(90年代)にはまだ公立に商業高校や工業高校、農業高校などが存在し、学歴競争に乗らない人たちは高校時点で専門資格を身に着け、高卒で就職し、学歴の代わりに社会で生き抜く競争力を身につけていました。
進学校を受験する人は、その先に大学受験や就職活動を見据え、ホワイトカラーの競争社会に進もうとしている人々でしたが、昭和・平成前半と、前者と後者は自然と公立小中の中に混在して、何も問題はありませんでした。

しかし今、ほぼすべての高校は普通科になり、Fランク大学などが跋扈している時代です。偏差値25以下でも大学に行くのが普通の時代
(私はこの偏差値帯の子どもたちを学歴競争の土俵の乗せること自体、ある種の教育虐待なのではないかと思っています。)
そういった背景が、相対評価への反発を生んでいるのではないかと。

ただ、大学とは学問を行う場です。当たり前のことを言いますが、「勉強が好きな子・得意な子」が行く場であり、勉強が嫌いで学力が低く、学力に順位を付けられたくない子どもたちが行く場所ではありません。もっと言えば、勉強が好きなのに学力が低い子のために私たちがいるのであって、そもそも勉強も学校も嫌いな子が行く場所ではありません。相対評価を嫌うならば、大学などには行かせない方が賢明です。

真実、高等教育を受けたい子にとって、学力の相対評価は必要です。
しかし、勉強も学校も嫌いな子に、学力の相対評価は確かに酷でしょう。
おそらく今、学校にはそういう子の居場所が私たちが子どもの頃より少ないのかもしれません。

都市部は私立中が豊富にある為、前者は中学受験をして私立へ、後者は公立へと徐々に二分されてきています。「小学校の通知表がなくなりつつある」ことは、それを象徴する話題だなぁと、ふと思った次第です。(ふと思ったにしては長いな…)


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