【はじめてのnote】NY在住13年。更地から、生業を再構築する
NYに住んで、おおよそ13年になるけれど、
いつまで経っても足元がぐらぐらしているなーと感じる。
このぐらつきは、昨日今日始まったことじゃなく、
言ってみれば渡米したころからのデフォルト設定みたいなものだ。
そして今、その「揺れ」は過去いち大きい。
これまでも、揺れが大きくなったときは「何とかしなくては!」とちゃんと焦ってはいた。けれど、どうしようか…と考えてるうちに少し収まったり、
一時凌ぎの応急処置だけで終わったり、時には見ないふりをしたり。
とにかく、そうやってふわーっとさせながらやり過ごしてきてしまった。
「基本のキ」が揺れている
で、その「揺れ」とは何ぞや?と改めて考えてみると、
「どこに身を置いて、どんな距離感で誰と、どうやって食べていくのか」
という、生活の「基本のキ」みたいなところに行きつく。
日本の家族や、こっちで出会った人たち、そして自分の生活。
そういうものとの繋がり方や、これからの食い扶持。
そこらへんの根本的な部分が、あれもこれもずっとグラグラしているのだ。
限りなくゼロにちかづく懐事情
その中でも、分かりやすい「ぐらつき」要素が、懐事情。
これが、まーーーこれでもかというぐらい厳しい。
NY在住13年目にして、今、預金残高が一番ゼロに近いと思う。
物欲もないし、グルメでもない。
自分の買い物なんてほぼしないのに、なんでこんなに厳しいのか。
特に今で言うと、春のタックスリターン(確定申告)。
時期はわかっていても、想定外の払込額を真正面からくらった。
他にも、ここ一年実験的に始めた物販ビジネスのじわじわ積み上がる赤字。
年末年始の出費や一時帰国が重なり、私の財布は見事にスカスカだ。
地味に生活してたって、色んな要因が重なるとこんなことになるんだから、本当に嫌になってしまう。
これまでも、何度か首の皮一枚つながって何とか生き延びた。
そんな妙なサバイバル免疫がついている私だけれど、
「今回ばかりは本当にやばい」という実感がじわじわ身体にしみている。
来月の家賃が払えるのか、恐る恐る口座を確認したり。
地下鉄の改札を通るたびに、3ドルの重みを感じたり。
スーパーでは、1ドル安い卵パックを買うかどうかで数分間の脳内会議。
「ちょっとカフェで一杯」なんて、今や立派な検討事項だ。
今の私の世界は、そんな「数ドルの選択」の連続でできている。
キャリアと呼べない、私の背景
さらに、お金がない以上に足元をぐらつかせているのは、
「本丸に手が届いていない」という、どうしようもない焦燥感だ。
自分の中では、空間デザインをメインに据え置きたい。
けれど、実際は日々暮らしていくための細かな仕事の掛け合わせ。
私の履歴書は、積み上げられたキャリアというよりは、
その時々を生き延びるために繋ぎ合わせた、切り貼りのパッチワークに近い。
NYの美大を半分終えてはOPT(Optional Practical Training)*で働き、一度日本に戻って会社員をやり。またNYに戻って美大の残りを卒業して、またOPTで働いて……。
*アメリカの学生ビザ(F-1)保持者が、卒業後に自分の専攻分野に関連する職種で、一定期間働くことが認められる制度。
と、そんな最中、ひょこっとグリーンカード(永住権)の抽選に当選した。
ただ不思議なもので、「現地の会社で働きたい」と息巻いてビザのために奔走し、あんなに必死に追いかけていた「働く権利」を手にした頃には、私の熱量は随分と小さくなっていた。
日本が恋しくなったのか、NYの生活にただ疲れたのか。
いよいよカードが取れるという時には、
「NYに居続ける意味はあるのだろうか」と考えるようになっていた。
(ちょっと脱線)
グリーンカード抽選は、本当に「THE 運」だ。
ビザに必死な人から見ればラッキーチケットに映るだろうし、
実際、本当にそうだと思う。
それぞれの状況や背景のなかで、その場所に踏みとどまることが、
どれだけの労力と時間の積み重ねか知っているからこそ、
どこであれ、海外で、あるいは日本で切磋琢磨している人たちには、
心の底からの敬意しかない。
消去法のフリーランス
話は逸れたけれど、無事グリーンカードも取得できたので、
「現地の会社で働く」という執着を一度成仏させようと、
もう少しだけNY生活を続けることにした。
「働ける権利」が手に入ったことで、
これまでとは違うプレッシャーを感じながら就活を再開。
けれど、いいところまで行っても、縁はあっけなく手元をすり抜けていく。
働けるステータスなのに、それでも組織に雇ってもらえない。
その事実は、少しずつ自信をすり減らしていった。
「今の私には、この街で組織に属する形は、合っていないのかもしれない」
半ば自分に言い聞かせるようにして、「組織に属する」という選択肢を一旦横に置いた。
そうして消去法的に選んだのが、フリーランスという道だ。
どこにも所属できなかった末に、これしか生きる術が残っていなかったという、言わば選ばざるを得なかった結果にすぎない。
更地を眺める
ということで、フリーランスとして動くために、一応法人登記も済ませた。
けれど、肝心の空間デザインの仕事はほぼゼロ。
日々の糧を得るための仕事は、やりたいことの随分外側にあるのが現状だ。
空間を構成することを生業にしたいのに、本丸にはまだ手が届かない。
いざ踏み込もうとすると、現場を離れていたブランクや、「自分一人でできるのか?」という不安がブレーキとなり、色んなもっともらしい言い訳を頭の中に積み上げては、動きを止めてしまう。
結局、一生懸命に過ごしてきた13年ではあるけれど、
確かな何かを積み上げ、土壌を固めたと言い切るには、まだ程遠い。
いつか何かが「完成」するものだと思っていたけれど、
今の私には、手元に一体何があるのか、それが何に使えるのかさえ、
今はまだ、うまく見極められずにいる。
NY在住13年目にして、過去いちぐらついている、今。
まずは、このガタガタな土壌を、
一度「更地」のような気持ちで見つめ直すことから始めてみる。
ここをどう耕して、どんな種をまけば、自分らしい芽が出るのか。
どのようなスピードで、どんな風に進んでいくか分からないけれど、
土壌から整え直すような、再構築の記録をぼちぼちとつけていこうと思います。
と、なんだか長くまとまりのない文章になってしまいましたが、
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
これからも、よろしくお願いします。
