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頑張るのをやめたら、人生が少し戻ってきた

いつも採点されている世代

長く生きてきて、いろいろな時代の若者を見てきた。

正直に言うと、今の若い人たちが置かれている環境は、私が若かった頃よりずっと厳しいと思っている。

昔は、失敗しても、その場限りだった。

恥をかいても、その日のうちに周りは忘れた。

今は違う。

SNSには、失敗も、うまくいかなかった一言も、そのまま残る。

魚拓のように、消えない。

しかも、いつも誰かと比較される。

隣で誰かが結果を出している様子が、常に目に入る。

昔は、練習する時間や、下手なままでいい期間が、もう少し許されていた。

今は、練習の途中経過すら、誰かに見られている。

厳しい世の中になった、と思う。

何でも揃っているのに、何を目指せばいいかわからない

皮肉なことに、この時代は、豊かさを目指して作られてきた。

技術が発展した。

食べることに困らない社会になった。

良かれと思って、いろいろなものを揃えてきた結果だ。

それなのに、今の若い世代は、存在意義そのものを問われている。

何でも揃っているからこそ、何を目指せばいいのか、かえってわからなくなっている。

すべてが丸見えになる恐怖から、どうやって自分を守ればいいのか。

その答えは、まだ誰も見つけていない。

私にも、正直、はっきりした正解はわからない。

頑張りすぎて壊れていく人を、何人も見てきた

長年、いろいろな現場で、頑張りすぎて壊れていく人を見てきた。

もっと成果を出さなければ。

もっと評価されなければ。

もっとちゃんとした人間だと思われなければ。

そう自分を追い立てて、少しずつ、笑わなくなっていく人たちがいた。

休むことに罪悪感を持ち、遅れを取ることを極端に恐れ、常に何かで埋まっていないと落ち着かない。

そういう状態を、何度も近くで見てきた。

その多くは、誰かに強制されたわけではなかった。

自分で自分を追い立てていた。

置いていかれないように。

失望されないように。

価値のある人間だと思われるように。

戻ってきた人たちに、共通していたこと

一方で、そこから戻ってきた人たちも見てきた。

戻ってきた人たちには、共通点があった。

頑張るのを、いったんやめられたことだ。

返信を少し遅らせても。

完璧でない仕事を出しても。

誘いを一つ断っても。

思ったより、何も壊れなかった。

評価は、少しも下がらなかった。

人間関係も、壊れなかった。

月曜日は、いつも通り来た。

その代わりに、彼らには、小さなものが戻ってきていた。

朝、急がずに何かを口にする時間。

季節の変化に、ふと気づく余裕。

何かを味わう感覚。

タンポポの芽吹きに、気づけるか

もし今、頑張ることに疲れているなら、一つだけ試してほしいことがある。

大きなことでなくていい。

道端のタンポポが、芽吹いているのに気づけるか、試してみてほしい。

動画を見る時間を、少しだけ減らしてみてほしい。

代わりに、近所を歩いて、何気ない日常の中にある小さな幸せに、目を向けてみてほしい。

住めば都、という言葉がある。

今いる場所は、最初はただの場所でしかない。

でも、そこにある小さなものに気づき始めると、その場所は少しずつ、自分にとって意味のある場所に変わっていく。

遠くの誰かと比べる前に、まず、今日の自分の足元を見てみる。

そこには、すでに何かがあるはずだ。

頑張らない日も、ちゃんと人生だ

頑張ることは、悪いことではない。

努力で開ける道も、確かにある。

でも、頑張っていない自分には価値がないと思ってしまうなら、それは苦しすぎる。

私が見てきた中で、壊れていった人たちは、みな真面目で、優しくて、責任感の強い人たちだった。

そして、戻ってきた人たちも、同じように真面目で、優しい人たちだった。

違いは、才能でも、性格でもなかった。

頑張るのを、どこかで一度、自分に許せたかどうかだけだった。

世界は、あなたが思っているより頑丈にできている。

少し力を抜いても、簡単には崩れない。

そしてあなたの人生は、あなたが休んでいるあいだも、静かに、ちゃんと続いている。

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