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"いい人"をやめたら、人生が始まった

「あなたって、本当にいい人だよね」 その言葉を聞くたびに、私は少しずつ死んでいた。

始まりは、小学校の給食だった。 嫌いなピーマンを、笑顔で食べた。 隣の子が「食べられない」と泣きそうにしていたから。 先生に褒められた。クラスメイトに感謝された。 その瞬間、私は学習した。「自分を殺せば、愛される」 それが10年間の呪いの始まりだった。

"いい人"のコストは、誰も教えてくれない。

大学の頃、仲の良かった友人が夜中の1時に電話をかけてきたことがある。 「彼氏とケンカした。今から話聞いて」 翌日は朝から試験だった。でも私は「うん、大丈夫だよ」と答え、2時間、相槌を打ち続けた。 電話を切った後、友人は「ありがとう、めっちゃスッキリした」と言って、ぐっすり眠っただろう。 私は試験に落ちた。誰にも言わなかった。

そんな夜が、数えきれないほどあった。 自分が疲れていても。自分が泣きたくても。自分の話をしたくても。 「〇〇ちゃんは話しやすい」「〇〇ちゃんは優しい」 「〇〇ちゃんがいてくれてよかった」 褒め言葉のたびに、私は自分の感情を一つ、また一つと冷凍庫にしまい込んだ。 いつか解凍しよう、と思いながら。 でも冷凍庫は、いつの間にかいっぱいになっていた。

壊れた日のことを、今でも覚えている。 26歳の秋。 その日は、ずっと楽しみにしていたライブのチケットが取れた日だった。 数ヶ月前からカレンダーに印をつけ、そのために仕事を必死に片付けてきた。 けれど、当日の朝、同僚から「体調を崩したから、今日のプレゼン資料を代わりに仕上げてほしい」と連絡が入った。 「いいよ、大丈夫。お大事にね」 指先が勝手に、そう返信していた。 結局、ライブには行けなかった。空になったチケットを握りしめ、深夜まで会社でキーボードを叩き続けた。 「本当に助かったよ、ありがとう」 その感謝の言葉が、鋭いナイフのように胸に刺さった。

深夜2時。 帰宅して倒れ込むようにベッドに入った時、また友人からLINEが来た。 「彼氏とケンカした。話聞いて」 私はスマホを持ったまま、30分動けなかった。 返信できなかった。 泣くこともできなかった。 ただ、何かが——ぷつん、と切れた音がした。

翌朝、私は会社に行けなかった。 翌週も。翌月も。 心療内科で「適応障害」という診断を受けた。 でも私には、別の言葉が浮かんでいた。 「10年分の、ツケ」

誰も悪くなかった。だから余計につらかった。 友人たちは本当に私のことが好きだった。 会社の人たちも、私を頼りにしてくれていた。 家族も、私を「しっかりしてる子」と信じていた。 誰も私を傷つけようとしていなかった。 でも私は、壊れた。 これが一番残酷なことだと思う。 悪意があれば、怒れる。 でも善意に、人は怒れない。 だから全部、自分の中に溜め込む。 そして静かに、崩れていく。

回復して、初めて気づいたこと。 休職して半年。 何もしない時間の中で、私はようやく自分の声を聞いた。 「本当は何が嫌だった?」 「本当は何がしたかった?」 「本当は、どんな人間でいたかった?」 答えは、ぜんぶ「わからない」だった。 10年間、自分に聞いてこなかったから。 でもその「わからない」こそが、答えだった。 私は、自分のことを何も知らなかった。

"いい人"をやめた日から、人生が始まった。 今の私は、愚痴を途中で遮ることがある。 誘いを「気分じゃないから」と断ることがある。 意見が違えば、はっきり言うことがある。 昔の友人の何人かは、離れていった。 それでよかった、と今は思う。 "いい人"の私を好きだった人は、私を好きだったんじゃない。 私の"機能"を好きだったんだ。 本当に私を好きな人は、私が「ノー」と言っても、そばにいてくれた。

先週、あの深夜の電話の友人と、久しぶりにお茶をした。 彼女が愚痴を言い始めた時、私は言った。 「ごめん、今日はその話、聞く元気がないんだ。また今度でいい?」 一瞬、気まずい沈黙があった。 でも彼女は「そっか、了解。じゃあ違う話しよう」と笑った。 それだけのことだった。 世界は、終わらなかった。

自分を守ることは、わがままじゃない。 自分の感情に正直でいることは、罪じゃない。 あなたの人生の主役は、あなただけでいい。 冷凍庫がいっぱいになる前に、どうか気づいてほしい。 私みたいに、壊れてからじゃなくていい。

このエッセイを読んで、少しでも「自分のことかも」と思った人へ。 あなたは十分、頑張ってきた。



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