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 「あぷれんてぃス」          ~昭和・アシスタント奮闘記~        EP14『ハワイアンズ・サオリ』——20歳で漫画界へ・・移り行く時代で得たもの、失ったもの・・——

——キットで満開に咲いた牡丹を彫って欲しいと・・——

 「ここで待ってりゃ店引けてくるからよ。ユキオも付き合えよ」
運転席でイヤラシそうに口角を上げタバコをフカすゴマっち。
「いいけどよ・・。これにそんなに人数乗れんのか?」

 歓楽街裏の狭く薄暗い路地に停めているダークグリーンの
カローラ・スプリンター内カーステから、テンプテーションズ
『はかない想い』が流れている。

「来るのはサオリだけだよ。セイジのルミは先約があって来れねーから・・」
「そぉーよー。オマエらの先輩のカバちゃんとかいうヤツが迎えに来るんだと!」後部座席で寝そべって面白くなさそうに呟くセイジ。
「ほら、オレらの中学の5コ上のカバさんて・・知ってるだろ!?自衛隊入って・・」(金盗んで捕まっちゃったとかいうあの先輩か・・)
「すぐクビんなった、しょーもないひと・・、あの人がルミの一番のお得意さんなんだってよ」
「へーえ・・ン?じゃあ・・なによー地元の知り合いとか他にも来んのか?ハワイアンズに・・」
「来るなんてもんじゃねーよ。ウチの近所のオヤジもサオリの常連さんみてーだしな。・・この間はフジさんも来てたぜ!」
「フジョーちゃんもかよォ~。ああ!だからゴマっち、店内で知り合い居るかどうか時々辺り見回してたのかぁ」

 カーステの曲がC・C・Rの『サムデー・ネバ―・カムズ』に変わる。
ユキオ「あれ~!?これオレがあげたテープかぁ!?」
カローラの持ち主セイジが「んだ~んだ~!ユキオが会社辞める日にオレにくれた1本!これは『イッツ・トゥ・レイト(キャロル・キング)』とか『孤独の旅路(ニール・ヤング)』とか『うつろな愛(カーリー・サイモン)』とか、いい曲ばかりで特に気に入ってんだ!サンキューな!」

 ユキオが会社を去る日、LPからの8トラダビングテープ数本を、クルマも処分するからとセイジに貰ってもらい、そのうちの1本が71年、72年ユキオの気に入った洋楽ヒットシングルを詰めたもので、それが今カローラのカーステから流れている。
そしてセイジに渡そうとテープを抱えてクルマを降りた時、
『ふじ家』のコ、多笑子から手紙を貰ったのだった・・。

 「それでユキオ・・」セイジが後部座席から身体を起こし、
タバコに火をつけながら「ふじ家のコは、どうすんだ?」
「どうするって・・今んとこオレ、決まった休みもらえる訳じゃないし、暫くはこのまま、たまの電話と手紙・・かな・・」
ゴマっちはユキオを横目で見るとシートバックに背中を預け、
両手を頭の後ろで組んで「そうしとけ」とでも言いたそうな表情で「あのコよぉ・・店内とかで会うと、嬉しそうにユキオの話ししてくるけど・・
オトコいるぞ多分・・なぁセイジ」
「ストアー2階紳士服売り場のオトコな。オレもゴマっちも仲良く帰るとこ何回か見てんだよな・・」
(やっぱり・・か・・・)
「ふーん・・まぁ、いてもおかしくねーしなぁ・・」
さも当然のように応えるユキオ。
その気になればいくらでも会う約束は出来るはずだが、
電話と手紙のやり取りで・・オトコがいるかも・・とは感じていたので、
もう一つ積極的にはなれず、ユキオは気持ちが醒めかかっていた・・。

 「お!来た!」
ゴマっちがルームミラーを見ながらシートバックから身体を起こす。
真っ赤なミニスカートの私服に着替えたサオリが、気持ち良さそうに脚をふら付かせながら歩いて来る。
ユキオもルームミラーでそれを確認し、一旦外に出てシートを前に倒し後部へ移動する。
「お待たせ~サンキュー!」
シートを戻し助手席に滑り込むサオリ。
スカートは派手だが上は至ってシンプなロングスリーブのTシャツ、肌を小麦色に焼いているのでバランスセンスも良い。
(へぇ・・お洒落・・!店の中よりずっと若く見える・・もしかして大学生?・・・)店には学生も多く勤めていると聞いていたユキオはそう感じたのだったが・・・。
「焼肉食べた~い!」エンジンをかけるゴマっちの肩をポンと叩き、ラークに火を点けた。
「おっしゃ~!食ったら江の島の方へドライブするべーよ!」
「江の島もいいけど、その前にちょっと寄る所ありから店は近場にして
おいて」  「お・・おう」ゴマっちは若干怪訝な返事をしながらも、
5分ほど走り国道沿いの焼き肉屋駐車場にクルマを入れた。

 サオリが瓶ビールを対座しているセイジに注ぎ、隣のユキオにも
「あんたさぁ・・」とグラスを持つよう合図しながら
「ユキオくん・・て言ったっけ?あんたマリにベンツ買ってあげるって言ったんだって?」
(あ・・っと・・そうだったっけかな・・・)
「マリ、気に入っちゃった~って嬉しそうだったよ!」
(えええ~~・・・・・!?)
「ざけんなよ~ッ中古のファミリアプレスト売ったばっかでよォ~」
ゲラゲラ笑いながらゴマっちが七輪の網にトングを使ってタンを並べる。
セイジも「ハタチで修行中の身でそんな金ある訳ねーじゃんか~!も少し
気の利いた事言えよ~」顔をクシャクシャにして笑い、取り皿にサンチュを
分けている。
「バッカねぇ~!嘘でも見栄でも、そういう事をスパッと言える男に女は弱いのよ~!」
「そうなのか?・・・」コーラをゴクリとやりながらサオリを見る
ゴマっち。
「なるほど・・「よみうりランドに水中バレーショー観に行かない?」
じゃ・・ダメなのか・・・」タンをサンチュで包みながらセイジ。

「おお!うめぇ!」人生初の焼肉を口へ運びながら
「テキトーに口から出まかせ言ってみただけなんだけどな・・
すいませーん、ライスひとつ!」手を上げ店員のオバサンに注文する
ユキオ。

「ユキオおめェ・・マリのオトコってアレだぞ」
「ヤーサンね!」ド・ストレートにサラリと言ってしまうサオリ。
(・・・・・・ハハハ・・・・・)
「でもいいじゃん。いざとなったら殴り合ってでもマリ取っちゃえば!
あんた喧嘩強そうだし」
「おう!そーするよ!ついでにベンツもぶんどってやるぜ!」
初カルビのあまりの美味さに、満面の笑みでまたも大言壮語のユキオ。

「でね、二の腕に満開に咲いた牡丹・・彫って欲しいんだって。絵描きのあんたに!」
「へ・・!?」ユキオはキョトンとするが、ゴマっちとセイジは箸が止まる。
「ダンナがね、そういうワンポイント用タトゥキット売り捌くコトもやってるから簡単に手にはいるのよ。あと、アソコに真珠入れるキットも扱ってるって!真珠と言ってるけど実はプラスチックなんだけどね」
ゴマっち「・・・・・」セイジ「・・・・・」
カルビをパクつきながら口角は上がっているが若干引きつっても見える
ユキオ「・・・・・・・・・・・」
「あたしも太腿に桜吹雪なんか彫ってもらおうかなぁ~」
(カンベンしてくれよッ・・や・・やべェな・・こんなん女子大生なワケ
ねーな・・・)
瓶コーラの残りをゴマっちに注ぎながらサオリ「ちょっとゴマっちゃん、後でユキオくんの連絡先教えてね」

 ・・まあ・・2度と関わらなけりゃいいのか・・・・・

 「寄る所って何処だよ」 「あ・・、そこ左曲がって」
クルマは住宅街の方へ入って行く。
ユキオは後部席で一服しながらもゴマっちを凝視・・
焼肉の料金を払うゴマっちに半分金を出しながら「教えんなよ。連絡先・・」小声で呟きクギを刺しておいたのだ。

「ここで止めて!」

3階建てマンションの前に停止させ「ちょっと待っててね」
小走りに仲へ入って行くサオリ。

「おいおい、これって~・・・」苦笑いするセイジ・・
「マジかよッ!?」
ゴマっちはマンション玄関から出て来るサオリを見て
ハンドルに額をこすり付ける・・・。

・・ゲフッ・・赤ん坊抱いて来たぜ・・・
タバコに咽るユキオ・・・。

「ごめんね~・・行くんでしょ!?江の島」
あっけらかんのサオリ。

ゴマっちクルマを徐行させながら「こ・・子供いたんだ・・」
「うん。ごめんね~。でも亭主とは別れてるよ」
ユキオの方を向いて「マリも子持ちよ。2人の・・。あ、ルミはいないよ、子供。バツイチだけどね・・」

ゴマっち「・・・・・」セイジ「・・・・・」

ユキオ「ゴマっち・・今日は止めよう・・」
「・・だな。遅いし、もう帰るべェ・・寮まで送ってくよ・・・」

「・・そう・・」

寝ている赤ん坊の頭をなでながら正面を向いたサオリが、
今日初めて真面目顔で寂しそうな表情をしたのを後部席から垣間見た
ユキオだった・・。

   ——つぎは、チョーさんやらかす!・・・——
        EP15『小火騒動』へ
*本作は「昭和奇譚」から続くアプレンティス(徒弟)修行時代編です
一部フィクションを交えながら業界の裏側と時代の空気感を描いています。

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