「あぷれんてぃス」 ~昭和・アシスタント奮闘記~ EP8『カマタの裕次郎』 ——20歳で漫画界へ・・移り行く時代で得たもの、失ったもの・・——
——人気女優とも・・イケてたカマタの裕次郎——
「ナガハマッッ!」
石居の平手がナガハマチョーさんの左頬を打つ!
黒ぶちメガネが吹っ飛んだ。
週刊に月刊の締め切りが重なった週の石居プロは、なかなかの修羅場と化す。
午後一で原稿を取りに来ている『四角い晴天』の若い担当も、晩飯時間を回ったあたりで流石にソワソワしだし、終始眉間を寄せ、チェーンタバコでペンを握っていた石居もやっと手が離れ仕上げに自ら参戦・・。
6時間以上も編集を待たせているのでブレイクタイムも無し・・とにかく1分でも早く原稿UPに総力を挙げる———
ユキオらも必死でホワイトかけを急ぐ・・ユキオは師匠と同じ彩色筆の極小を使用——・・馴染んできたせいか、ホワイトかけはかなり手慣れてきてはいるのだが——・・・・
(一服する余裕もないぜ・・ッ・・ふぇぇ~・・編集さんの視線がザクザクオレの背中に刺さるぜェ~~~・・・!)
石居に続きネザキも手が離れ仕上げに・・、あと少しで終わりそうなユキオを確認すると中腰になり向いのナガハマチョーさんの作業を不安げに見て「あ・・チョーさん・・やるよ」と手を出すネザキ。
それを無視するように黒ぶちメガネに手をやりホワイト筆を動かしているナガハマ。隣部屋ダイニングテーブルの担当編集者も立ち上がってナガハマを見る——・・・
石居も「ナガハマ。変わってもらえ」イラついた様子で左斜め後ろに目をやる。怒っているような表情でそれも無視するナガハマ。
「チョーさん・・貸して!」
まだ無視するナガハマ——・・
「ナガハマッ貸せッ・・!」
原稿をネザキに渡そうとする石居、それを条件反射でか引っ張り返そうとするナガハマ—— 「ナガハマッッ!」
石居に平手打ちを食らい原稿をひったくられ——・・
すっ飛んだ黒ぶちメガネを黙って拾うナガハマチョーさん・・・。
師匠の平手打ちも、怖い形相も初めてのユキオは狼狽した。
それでも、ホワイトを終え、すぐに上がった原稿を揃えながらページの確認するユキオ・・。チラリチラリとナガハマを盗み見すると飛ばされた黒ぶちメガネを黙っていじっている・・
(数時間前に、何度が叱られた腹いせか・・屈辱からか・・!?)
意固地に原稿を離さなかったナガハマチョーさん・・。
『チョーさんは7つ年上・・、一番弟子・・先生の。知り合いのツテだって・・。もう10年くらい居るみたい・・石居プロに・・』
他にも、ネザキからいろいろ聞いた。
親戚だか知り合いだかを頼り九州から上京し、押しかけ弟子のかたちで近所に部屋を借り居ついてしまった。
ナガハマは16,7歳、石居は21、2歳の頃だ。仕事場は実家の一部屋。
ちょこちょこと手伝ってはもらったが、大学に席を置きつつアソビたい盛りの石居は弟子を取る気もなく、何度か田舎へ帰るよう説いたが聞き入れなかったナガハマチョーさん。
石居の実家部屋に居さいすれば食事に困る事は無く、漫画家にはなりたいが、特に努力もせずダラダラと過ごし・・なんとなく身内のような感じで10年が過ぎたという訳だ・・。
黒ぶちメガネは、フレームが少し壊れたらしい。
そこを黙ってセロテープで補修しているナガハマチョーさんは
泣いているようにも見え、ユキオは居たたまれない気持ちにった。
(ほんのちょっと・・ほんのちょっとだけどオレ・・さっきのナガハマさんの気持ち、解る気がする・・・・・)
担当編集者に原稿も渡し、晩飯も終え、次の『高等悪名伝』に黙々取り掛かっている石居、ネザキ、ユキオ、そしてナガハマチョーさん。
ラジオも付け忘れ重苦しい静寂が続く・・。
「ネザキ・・!」
突然の石居の声にビクッと顔をあげるアシ3人。
「11時か・・」かたわらに置いたセイコーの高級腕時計を見て
「銭湯。12時までだったよな」
「はい・・!」
と、即答したのはユキオだった。
「よし!みんな風呂行こう!」
「はいッ!」嬉しそうに真っ先に立ち上がるユキオ。
ネザキもホッとした様子でバスグッズを取りに出るユキオに続く。
ナガハマチョーさんは先生に呼び止められている。
下町感の残る仕事場周辺には、銭湯が幾つもあり黒湯温泉の町としても知られている。風呂無しアパートや、風呂無しの家も少なからずある地域で
10時から11時あたりまでが一番混雑する時間帯だ。
石居の実家も今の自宅も風呂は有り、めったに銭湯へ行く事は無いが、仕事が立て込んだ時などは気分転換を兼ねアシを誘って風呂入りに行くことは
たまにあったようだ。
ユキオらが行くと、まだ大勢・・風呂上りの客で脱衣場は混んでいて、
石居は初老の本屋の店主と服を脱ぎながら親しそうに話し込んでいた。
実家を離れていても地元民ではあるだけに、そこここから顔なじみに声をかけられている。ナガハマチョーさんはまだ来て居なかった。
ユキオは、石居が湯舟から上がってくるタイミングで「背中流します!」と後ろへ回りタオルを背中にあてた。
「おーサンキュー・・」顔を下げているが石居の頬が緩んでいるのが分かった。
(・・ああこれだよ~!へへッ・・なんか弟子入りしたって感じ~!・・)
石居いさむは、婚前まで遊び人でよくモテ、顔立ちが若い頃の石原裕次郎に似ていた事から、『カマタの裕次郎』(自称?他称?)と呼ばれていた。
漫画原作者の梶一気、槙久雄兄弟も近所に住んでいて幼馴染だったようだ。漫画家デビューは高校生。絵の他に機械いじりも得意だったため、都内の工業高校へ、日々、出来上がっていく東京タワーを眺めながら通い、漫画を描き続けたという。
”カミナリ族”としてバイクを乗り回したのもこの頃で、学校やグループの抗争にも柔道を習っていた事から駆り出されたりもしたが、仲間の事故死を目の当たりにしてバイクは降り、グループも離れた。
マンガ同人誌で知り合った、貝森ひろし、正司としを、とも交流を深め貝森が売れ出すと、正司とアシスタントなどをこなしながら自作も発表し続けた。
大学・・日大—・・へ進学するとアソビに拍車がかかり、受けた仕事をほっぽり出す事もしばしば・・、この頃に、ナガハマチョーさんが上京、石居の実家辺りをうろうろし・・やがて弟子入りしたようだ。
交友関係も広がり、紅塚フジオが参加しているスタジヲZEROにも出入りし、手塚治虫がピンチで、手の空いている若手、多数に召集がかかった際に石居は『フライング・ベン』の背景を手伝ったりした。
『石居は俺の弟子だった』とスタジヲZEROメンバーの某漫画家は吹聴していたらしいが、それを石居は否定している。
紅塚フジオとは兄弟のように親しくなり、——顔も似ている——
酒場では”兄弟”で通した事もあったという。
アソビ仲間のレーシング・ドライバー堺正司が、富士スピードウェイ第4回日本GPでポルシェカレラ6を駆り、優勝寸前・・魔の30度バンクで大クラッシュしたのを、石居は応援に行った現地で目撃している。
あの頃は、日本のレース界は華やかで、ユキオもそのシーンをテレビで観ていた。
石居は”逝った”と思ったそうだが、救急車で運ばれるも腕と足のケガで数か月後にその友人はレースに復帰している。
——71年度初代富士グランチャンピォン総合タイトルを獲得——。
新宿でナンパされ(本人談)交際していた女優のT——映画、テレビでそこそこ名は売れていた。後に俳優М・Tと結婚—・・を、何度か実家に連れて来たのをナガハマチョーさんは目撃している。
石居が大ファンだった、暖さんこと中島慎二と、ハチャメチャにアソビ歩いたこの頃には、週刊連載を持つまでに仕事も忙しくなり、現夫人との婚約を境に女優Tと別れ、『家族も出来るのだから、もう僕らとは別れ、週刊連載に集中しなさい』そう”尊敬”する暖さんにも諭され、ハチャメチャアソビからも退いたのだった。
『俺より絵が上手かった』と石居に言わしめた、あだつ充が、アシスタントとして通い出したのもこのあたりからのようだ。
翌日締め切りの『高等悪名伝』28ページ中・・夜食タイムの2時の時点で白いページがまだ15枚・・と石居の手は進まなくなっていた・・。
——石居は、ペンが進まないときは左肘をついて辛そうに紙に向かう。好調の時はチェーンスモークになり、アシと雑談したりもする——
夜食は、全員自販機のハンバーガーにした。
買い出しを指名されたナガハマチョーは、少しだけ嬉しそうに出て行き、
人数分を抱えて帰ってきた時は満面の笑みで、すっかり機嫌も直っている様だった。
(ナガハマチョーさんは今27歳。アシ歴の長いヤツはプロとしてやっていけない、というのが業界の定説・・。チョーさんは、この先どうする気なんだろう・・・。オレは、父親は大学進学したつもりで4年ガンバレ・・と言ってくれたが、できれば2年・・いや3年で独立したい・・・・・)
*本作は「昭和奇譚」から続くアプレンティス(徒弟)修行時代編です
一部フィクションを交えながら業界の裏側と時代の空気感を描いています。
——次は、仮眠を取る師匠の隣で寝れる弟子の幸せ感——
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