関西と東京の笑い 4 大阪から来た転校生の場合
お前、関西から来たの ふ~ん、じゃ何か面白い事を言えよ、大坂やろ
京阪神合わせても東京の人口の半分程度しか居ない関西人が、首都圏に引っ越しや赴任したりすると「求められる関西人像」に出くわして窮地に陥る事がある。 おまえさん、ワタクシを楽しませてごらん という訳である。
そんな風潮の背景には テレビでもネットでもYouTubeでも同じだが
画面の向こうでおもしろ芸をする人 対する 距離を取って鑑賞する私
と言う、意識はしていないが慣れ親しんだ構造がある。つまり主体・客体にはっきり分離して、見ている自分は評価する立場という安心感がある。
関西人のお笑いは共同作業
一方、大阪を中心とする関西のお笑いは ボケ・突っ込み でも分かる様に二人の共同作業でゴール(そんなアホな~ ちゃんちゃん(^^♪)に向かって作り出す会話の作法である。
先に1で言った「漫談」ウクレレ漫談の牧信二、変なお巡りさん小柳トム(いちいち言う事が古い)最近では綾小路きみまろとかを思い浮かべてほしいが)は、上方の演芸ではなく東京の芸風と言ったが
そんな舞台に立つ漫談家と客席の観客が鑑賞する役割の分離した構造と
関西圏の一体となってボケ・突っ込みで笑いを目指す共同作業するシステムを区別できていないと
「大阪から来た転校生」が味わう「もう、嫌や 帰りたい」になるのである
是非、東西のお笑いを生む風土の違いを意識した上で、それでなくても不安で心細い転校生に接して欲しいものである。
しかも、ボケ・突っ込みはその役割「賢い方、アホの方」が固定していないのが普通である。一方的にボケの方がやり込められるのではない、それでは只の「いぢめ」である。ボケ役の鮮やかな切り返しで突っ込みを絶句させる或いは、四次元なボケで突っ込み不可能なカオス状態に持ち込むと、主従が逆転する。
ここに至って観客は「実は、賢くなければ笑いを取れるアホはできない」事が了解される。
そんな関西お笑いを育む風土が、買い物ブギー (笠置 シヅ子 1950年) の流れる商店街で、八百屋や魚屋のおっさん軍団と 買いもんカゴにスズメの巣パーマネントおばはん達の間で日々繰り広げられる、ご町内デスマッチ買い物真剣勝負である
( … 嘘です、和やかにコミュニケーションしていらっしゃいます
怖い所じゃありません)

