生成AI時代、Mac前夜の歴史から紐解くデザイナーの価値
生成AIの登場によって、僕たちデザイナーはかつてAppleのMacがこの世に出現した時とよく似た、大きな転換点に立たされています。短時間でそれなりのものを作ってくれる一方で、たくさんのゴミも生み出してしまう生成AI。何がゴミで、何がゴミではないのか。どうすれば60点のものを80点に改善できるのか。そこから先を担うのは、他でもない人間である僕たちの仕事なんですよね。
生成AIは「腕の良い新人」である
言ってみれば、生成AIとは「腕の良い新人さん」のような存在です。新人が作るデザインを、上司であるアートディレクターが修正・改善するという作り方に、そのまま当てはまるんです。
一般的なデザイン会社でも、若手デザイナーがディレクターの指示でいろんなアイデアを出し、デザインをまとめ、最後にアートディレクターがチェックして修正を入れるというプロセスが当たり前に行われています。この若手デザイナーのポジションに生成AIが取って代わるということになるわけです。
そうなると、若手デザイナーの仕事がなくなってしまうのではないかという、非常に厳しい現実を突きつけられます。これは既に欧米でも起こり始めていますし、日本でもデザイン会社の倒産に関するニュースが流れるなど、SNSでも大きな話題になっていますよね。
Mac前夜の時代と、今の構造的な共通点
僕はAppleのMacが世の中に普及する前からデザイナーとして仕事をしています。だからこそ、Mac以前とMac以降で仕事の仕方がガラリと変わった激動の時代をリアルに経験しているんです。
Macが出てくる以前の仕事は、いわゆる「版下屋さん」という職業が存在していました。当時のデザイナーの仕事は、版下を作るための「設計図」を書くことも大切な仕事でした。書体を指示し、写真の位置を指示し、罫線の太さを指定する。指示書は文字だらけの非常に細かい設計図でした。
その指示を元に、版下屋さんが印刷の原本となる版下を作ってくれるのです。さらにデザイナーは、カッターナイフで印画紙に焼き付けられた文字と文字の間を0.5ミリほど切り込んで文字詰めを行ったりしていました。最後にはトレーシングペーパーを上からかけて「ここはイエロー30%、マゼンタ20%」といった細かい色指定の数字を書き込み、印刷屋さんに渡していたんですよね。
版下が上がって印刷が完成するまで、頭の中で仕上がりを想像するしかなかった時代です。それがMacの登場によって、すべての工程が短時間で、実際の仕上がりイメージを見ながらデザイナー自身で完結できるようになりました。
効率化の裏で増えたデザイナーの負担
良いことだとは思いつつも、デザイナーの負担が増えたことは間違いありません。版下屋さんや印刷屋さんが担っていた工程まで、すべてデザイナーがやらなければならない状況になってしまったのですから。
デザインの構想から入稿まで数週間かかっていた作業が、Mac上ですべて数日で完了するようになりました。もちろん、外部にお願いするよりも自分のイメージ通りに作れるほうが良いに決まっています。だからこそ、当時のデザイナーにとってPhotoshopやIllustratorをいかに駆使して自分のイメージを形にするかが、非常に重要なスキルだったわけです。
当時の主な仕事は、単に版下を作る作業ではなく、版下に指定する手前までの「デザインの方向性」や「ディレクション」に注力することでした。本来のデザイナーの仕事はまさにその上流工程にあり、手を動かして版下を仕上げることではなかったのです。
しかし、どうでしょう。デザインの学校や勉強する人たちは、PhotoshopやIllusrratorの使い方に注力してしまい、その道具を使ってどんな表現ができるかどんなテクニックを覚えるかばかり関心があるようです。SNSにもそんなテクニックのチップスが溢れています。それらはどう表現するかの版下作業の一環であり、そもそもその表現で良いのかどうか、デザインの方向性や成果を考えることが、本来のデザイナーの仕事のはずなのです。
ツールに振り回されないために必要な「審美眼」
そして今、生成AIの登場によって、Illustratorを使って版下を作るような作業すらもAIが代行してくれるようになりました。下手をすると、デザイナーがふわっとしたプロンプトを投げるだけで、それなりのデザインを勝手に考えてくれてしまう時代です。
「これって本当に自分のデザインと言えるのだろうか」という疑問を抱く人も少なくないでしょう。一番大切なのは、画面に出てきたデザインが良いのか悪いのか、どう改善すればいいのかという判断ができるかどうかです。それ以前にどんなデザインを作らせるかを的確に指示することです。その判断基準がないまま、AIが作ったデザインをそのまま採用することはとても危険なことなんじゃないかなと思います。

生成AIはものすごいスピードで動く効率の良い新人デザイナーですが、言われたことしかやらないし、大量のゴミも作ります。人間の心の機微もわからないやつだし、平気で嘘もつく、勝手な思い込みでヘンチョコなものも作ってくる。言うなれば優秀な能力を持っているけれどアホな新人と言えるでしょう。だからこそ、上に立つアートディレクターがちゃんとした審美眼や明確なデザインコンセプトを持って指示をしないと、完全に振り回されてしまうんですよね。
生成AIが普及した今の時代、IllustratorやPhotoshopの操作スキルそのものを覚える重要性は少しずつ低くなっています。代わりに、本当の意味でのデザイナーとしての審美眼や、ビジネスや経営に対する上流工程への意識が強く求められているのではないでしょうか。
生成AIや新しいツールが登場するたびに、僕たちの仕事のあり方は大きく変化してきました。Macの登場で作業のすべてを自分で行うようになったあの当時と、今回のAIの波は非常によく似ていると感じています。作業はAIがするので、デザイナーは本来のやるべきことにフォーカスするべきです。

作業効率がどれほど上がろうとも、最終的な品質を担保し、価値あるものへ昇華させるのは人間の審美眼とディレクション力にほかなりません。ツールに使われるのではなく、ツールを従えるアートディレクターとしての視点を持ち、上流工程から経営のためのデザインを支えていくことこそが、これからの時代を生き抜くデザイナーに求められていることなんだと思います。
