風まかせ文芸部 | 緋色の澱
iさんの企画に参加させて頂きます。
いつもありがとうございます😆よしなに…
「わぁ、おいしそう!」
部屋に入って来るなり無邪気な声を上げて、盛り付けたばかりのサーモンカルパッチョを、カズキは指でつまんで口に入れていた。
ネイルの一部にわずかにあしらわれた、深みをおびた赤がちらりと目の端をかすめる。
「手掴みやめろ、フォーク出すから。
ワインあるけど呑む? 白。高いやつじゃないけど」
「呑むぅ!」
すでに酔いが回っているような、とろんとした声で応えるカズキ。
「手ぐらい洗えよ、そのままあちこち触るなよ!」
「ん〜」
小ぶりのバッグがダイニングテーブルの上に置かれている。カズキが洗面所に消えて行くのを見計らって、ソファの端に移動させた。
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「うちのママにね、
カズキのこと話したらね、会ってみた〜いって!
和希の彼の一樹くんに会ってみたいわぁ〜ってテンション上がってた。
今度ドライブがてら、実家に行かない?」
和希とは、通い始めた料理教室で出会った。
『………カズキはねぇ…」
自分の名前が飛び出して、思わず振り向いたら、目が合った。"私"の代わりに自分の名前を使う和希だった。
名前のシンクロがおもしろくて、話をするようになった。
「もし結婚したら、同姓同名になっちゃうね、読みだけだけど…笑」
屈託なく笑う和希は、まだ若く充分に可愛らしかった。
腕を絡めて歩きたがる彼女の笑顔を見ていたくて、そのままにした。付き合ってくれ、と言った記憶はないけれど…と、今さらそんなことを言ったところで責任逃れでしかないか。
一度だけ行った旅行、ホテルの部屋に入るなり、二つ並んだベッドのひとつへ彼女はダイブした。
「やめろよ、子どもみたいだ」
「すっごい、ふかふかだよ! ふふふ」
そうなることが分かっていながら、誘われるままに旅行に行き、かすかな違和感を反芻することなく、身体を重ねた。
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「料理教室? 女探しでもするのか?」
同期の佐々木はそう言った。
「違うよ、ひとりで生き延びるための手段」
「はぁ? そっちかよ。
心配するな、おまえみたいなイケメンは黙ってても女がほっておかない。
日本の未来に貢献しろ、まだ35だ。」
和希と目が合った時、佐々木の言葉が一瞬よぎっただろうか。
「ここから車で一時間半くらいかなぁ〜、
カズキ、車…」
「…行かない」
「え、なんて?」
「行かない」
思う以上に硬い声音になっていた。
「えぇー、なんでっ??
気兼ねするような親じゃないよ?」
料理がんばるアピールできる?
来てる男は、自分で料理をしたいやつだろうから? からの料理教室? あまりにうがった見方か…
親に会わせて公認させて、それから…??
無造作にダイニングテーブルにバッグをほうる女。
清潔に整えられたベッドにダイブする女。
若くて無邪気な和希だから…思い込んでやり過ごそうとしていたのは…俺だ。
澱にとらわれ、急激に心が冷えてゆくことに驚く。楽しく過ごした日々が、間違いなく楽しかった日々のはずが…まるで錯覚だったかのように遠ざかってゆく。
煌めく緋色まじりの爪が、キレイだと思いたいのに汚らしいものに変わってゆく。
