【曲別読解編01】 屋島
能の曲の背景を読み解きます。過去にも色々と書いたものがありますが、今回の『屋島』は書き下ろしです。『屋島』は修羅物の名曲です。謡のお稽古の中では勝修羅三番の中の一つとして親しまれ、能としても源義経をシテに据えて、その勇姿を描き出す人気曲です。世阿弥作と考えられています。
あらすじを簡単にまとめてみます。
都の僧が西国行脚を思い立ち、讃岐国の屋島に至り、日暮れを迎える。海人の塩屋近くで主人の帰りを待つ。
老若二人の漁師が、日没を迎える屋島の浦の風光を愛でながら、のどかな春の浦風に吹かれて、塩屋に帰って来る。
僧は一夜の宿を請うが、主の老漁師は「見苦しいから駄目」と取り合ってくれない。しかし、旅人が都の人と知ると、宿を貸し、実は自分たちも元は同じと仄めかしつつ涙を流す。
僧が、いにしえの源平合戦の物語を求めるのに応えて、老人は「いでその頃は元暦元年三月十八日の事なりしに・・・」と語り始める。義経の出で立ちの見事さを語ると、若い漁師も加わって、悪七兵衛景清と三保の谷の四郎との錣(しころ)引きの有様を活き活きと語る。
僧が、あまり詳しい物語を不思議に思い、漁師の名前を尋ねると、「よし、常の浮世の夢」を覚まさずに待てと言って姿を消すので、言葉の通り待っていると、義経の幽霊が甲冑姿で現れる。
「過ぎたことは元には戻せないが、やはり妄執の怒りは消えなくて、死後も修羅の苦しみに苛まれている。何と深い業因なのだろう」と嘆き、僧の説法を受けて屋島の合戦の有様を描き出す。続いて、弓流しの次第と兼房の諫めに対する「名を惜しむ」心情を語り、最後に修羅道の戦いの有様を見せるうちに夜明けとなる。敵と見えていたのは群れ居る鴎となり、あとには屋島の断崖高く生える松を吹き抜ける浦風ばかりが響いていた。
これが『屋島』という曲で、勇壮な東国武者を描き出す名曲なのですが、この曲を義経の曲と見ると色々腑に落ちないことが多いのです。
修羅道に苦しむ義経の幽霊が何故、平泉ではなく、屋島に現れるのか。
何故若い漁師を伴っているのか。
義経の化身である前シテが何故老人なのか。
屋島の風光を愛でながら筑紫の海に心を通わせるのは何故か。
何故都を恋しがるのか。
義経の出で立ちを描写するのに、「大将軍の御出で立ちには・・・」と語り始めるけれど、大将軍は可笑しいのではないか。
勝ち戦の屋島の合戦を描くのに、景清の錣引きがメインになっているのは何故か。
後シテで登場して嘆く「業因」は義経らしくないように見える。
後段で語られる弓流しも言わば戦場での失敗談で、義経の軍功を讃えるには相応しくない。
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