「準備の人」古舘伊知郎さんに学ぶ。その肩に乗って、次世代を拓く
古舘伊知郎さんといえば、プロレスやF1の中継で、実況の途中に奇妙なワードを挟むイメージの人だった。ただプロレス実況については、私がプロレスを見始めた頃は、すでに古舘さんの実況以後の人なので、ああいうものがプロレス中継だと思っていた。
アドリブの権化みたいな人かと思っていたが、なんと古舘さんは「準備の人」だった。本人は、周りから「準備の人」だと言われるのは本意ではないらしいが、どうやら「準備の人」らしい。あのワードも「準備」の産物だった。
そんな古舘さんの「準備」の実践内容、考え方、その矜持について触れられた本が出ている。
もともと、準備をする人ではなかったらしい。
無口な少年が急に「喋りたい」「プロレス実況したい」と思うようになって、アナウンサーになった。なれてしまった。しかし、入社したら、声が低くて、スポーツ実況には向かないと言われ、周りにはアナウンスも、喋りもうまい人ばかり。そこから「準備する人」になったらしい。
準備について「得意じゃない」「あまり必要を感じない」という人は、ちょっと読んでみるといいかもしれない。
本には、スポーツ実況特有の準備の話が多いが、「自分の仕事だったら、どういうことだろう?」と考えて読めば、一つくらいは準備の必要性に気づくエピソードがあるはずだ。
特に、アドリブと思っていたあの古舘さんのワード(アンドレへの「人間山脈」、セナの「音速の貴公子」)は、選手の生い立ちまで、調べに調べた結果、妄想までしてたどり着いた表現らしい。
私も他の読者の方も、そんな表現を探すことなんて、普段の仕事ではないかもしれない。でも、案件の目的・狙いをチームに共有したり、会社に報告したりする時、いいメタファーを探したり、適切な概念図を描きたいと思ったり、4象限に分けるために、ちょうどいい分類や評価軸を考えたりすることはあるはずだ。
そう、古舘さんの話を読んで、確かに、誰かに説明する時の自分は、準備が足りなかったのかも…、と思えた。
他に、私が仕事で役立ちそうと思った古舘さんの話は、6章のヤマザキマリさんとの対談の準備について。
ヤマザキさんと対談するための準備に、「テルマエ・ロマエ」の話は有名すぎる。きっと「またその話か」と思われてしまう。しかし、彼女の守備範囲は広い。多才すぎて、幅を広げると、自分が自滅する。
そこで別の一作品に絞って、勉強モードで読みこんだそう。実際には、別の準備が活きたそうだが、自分特有の視点を必ず作っていくという話は、とても刺さった。
私も仕事で、自社の製品・サービスを売りこむための事例記事を作ることがあって、お客様にインタビューさせていただく機会がある。自分なりに、社史、お客様の業界のこと、業界に関する官公庁の動き、お客様のSNSのアカウントがあれば、フォローもして、話題や質問を探す。
自分なりの準備をするほうだと思ってたが、自分独自の視点まで獲得できていたかといえば… かなりあやしい。
今夏、某企業のお客様にインタビューした時、そのサービスが地域性と深く結びついていると感じて、そこに準備を集中した。しかし、お客様にしてみれば、ずっとその土地に住んでいて、サービスの特徴に地域性があると思われてなかった。何とか記事にはなったが、一点突破の視点一つを掘り下げる作戦は失敗に終わって、インタビュー中は冷や汗をかいた。
自分だけが提示できる独自的な視点を持っておくこと、そして無駄を恐れないことは、このエピソードで自分の経験と照らして理解できた。
もちろん、私の場合も、その場で捨ててしまう質問も含めて準備をするが、それも全体の3分の1ほどだろう。1時間半の時間であれば、20問程度の質問(カテゴリー)を準備して、数問は捨ててもいい、と思って臨む。
古舘さんの場合、質問の数というカウントはしてないかもしれないが、すごく情報収集にかけて、それについて妄想した時間も、捨てることを厭わない。
今の時代の人たちに向けて、コスパ・タイパに縛られてんじゃないよ! というメッセージは、本の各所に見られた。
一点、古舘さんの主張でうなずけないところは、ミーティングは対面がいいという話。
そりゃ、五感をフルに使って勝負できる、対面のほうがいいに決まっている。私は、そのための準備や、会うための往復の移動、その後、繰り広げられる懇親会みたいな時間を惜しんで言っているわけではない。
この時代、いろんな人とオンラインでミーティングできるようになった。介護で家から離れられない人もいたし、病気の子どもを看病中の人、体が不自由で移動が困難な人、地方を離れたくない人もいた。コロナ禍のおかげでそうした方とのコミュニケーションが促進された。私は、そんな人たちとも関係を築いて、新たな価値を見つけたい。これまでの対面の利点を失くしても、その人たちとの関係を失くしたくない。もちろんオンラインじゃ物足りないので、普段のチャットでは雑談が増える。だから、顔合わせした時に、いきなり深い話から入れるようになった。それは時代に合わせた工夫の結果だと思う。
古舘さんという「準備」の巨人の肩の上に乗った後、工夫をするならば制約のあるコミュニケーションでの準備かもしれない。対面以外で、どれだけ新たなものを生みだせるか、強力なチームワークを作れるか、を新たな「準備」のテーマとしたい。
将来、「古舘さんはこんなこと言ってたけどね、俺は、そこに疑問を持って、新たな準備学を書こうと思ったんだよ」と、偉そうにインタビューに答える未来の自分を信じて。もちろん、普段の大量の「準備」を見習った後の話として。
本には、「準備」が苦しくなっても、それを乗り越える考え方や工夫も多く書いてある。どれかにはハマる話もあるだろう。準備について「得意じゃない」「あまり必要を感じない」という人は、ちょっと読んでみてほしい。
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