クズの子のあゆみ

「よい子のあゆみ」

そう口にした瞬間、息子がすぐに言った。

「クズの子のあゆみ」

この言葉に、息子はどこで反応したんだろう。

いわゆる中二病的なやつか。
そして、それに母が反応するという、いつものパターン。

彼がどこまで考えて言ったのかは、
正直わからない。


通知表は、「よい子」を基準にできている。

先生の話をよく聞く
みんなと仲良くする
落ち着いて行動するルールを守る


では、それができなかった子は?

“よくない子”
“困った子”

いろんな言い方はあるけれど、
結局は「よい子ではない側」に分けられる。

そのとき、息子の言った「クズ」という言葉が、
やけに本質を突いている気がした。

基準から外れた瞬間に、人は雑に分類される。

話を聞かない子
協調性のない子落ち着きのない子
ルールを守れない子

でもそれは、

興味のあることだけに集中しているのかもしれないし
納得できないことに従わないだけかもしれないし
頭の中が動き続けている状態かもしれないし
ルールの意味を考えている途中なのかもしれない

それでも、評価はつく。

「よい子」か、そうでないか。

その分け方は、本当にその子を見ているんだろうか。

それとも、見やすくするために切り分けているだけなんだろうか。

息子は、たぶんそこに引っかかった。

自分がどちらに入るか、ではなくて、
その分け方そのものに。


「クズの子のあゆみ」

乱暴な言葉だけれど、
その雑さごと、
この世界の見方を表している気がした。

じゃあ、本当に見たいのは、どっちだろう。

“よい子”のあゆみか。それとも、

まだ言葉になっていない、
その子そのもののあゆみか。


私は「通知表」を、
見たいというより、

評価されていることに対して褒めてあげなきゃ、
で見てしまう。


できることなら

ああいう通知表なら、見たいと思う。

あの、カルエゴ先生がつけるみたいなやつ。

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