夜の森、異国、女子中学生が迷子になって、なんとかなった。
お嬢様学校
私は中学・高校と、いわゆる「お嬢様学校」に通っていた。
学校名を言うと必ずと言って良いほど「お嬢様学校じゃん!」と言われるのだが、在学中は心の底から「全然そんなことないよ!?」と返していた。
私の家は貧乏だったわけではないが、入学して早々、父が会社を辞めてきたりと、特別裕福な家ではなかった。
周りの友達と金銭感覚がズレていると感じたことはないし、私の学校のあいさつは「ごきげんよう」ではなく「おはざ〜す」だった。
だから、自分が当たり前に通っている場所を「お嬢様学校」だなんて感じることはなかった。
しかし、二十歳を過ぎ、幅広い境遇の人と関わることが増える中、自分の「当たり前」が当たり前ではないと気づくようになった。
例えば、高一の時、一番仲が良かった子の幼馴染は、有名タレントの息子で、家族ぐるみで付き合いがあった。
高二の時、隣の席に座っていたのは、有名企業の令嬢だった。
体育祭は、ジャニーズやEXILE、BTSなどの韓国アイドルがコンサートをするような会場で行った。
年に数回、始業式や授業に芸能人がサプライズ登場した。
校長はワイドショーにコメンテーターとして出たり、密着番組を組まれたりしていた。
今思えば、こんな場違いなところに、6年間、週6日通っていたことを不思議に思う。
今回は、この学校の「修学旅行」で起きたエピソードについて話して行こうと思う。
余った2人、ニュージーランドで3週間共同生活
私の学校は高校の修学旅行がない代わりに、中学三年生の年度末に長い修学旅行があり、これが「ニュージーランドに3週間ホームステイする」という一大イベントだった。
中三の時、私はどうもクラスに馴染めなかった。
他のクラスには仲の良い友達がいて、昼休みにはお弁当を一緒に食べるために会いに行ったりもしていたが、クラスでは孤立していた。
「いじめられていた」とか、「仲間はずれにされていた」とかいうわけではなく、特別仲の良い友達が1人もできなかったのだ。
実はこの修学旅行、同じ家にホームステイする2人組(=バディ)は自分たちで組むのだと、かなり前から言われていた。
焦った私は過去にちょっとケンカした子と無理やり仲良くしようとしたりしたが、案の定うまくいかなかった。
「まあなんとかなるだろう」と思いつつ、昼休みは他のクラスでお弁当を食べて過ごした。
なんとかならないまま、「その日」はやってきてしまった。
「それではバディになる2人組を組んで座ってください」
全員が、迷わず誰かのもとへ歩き出した。
私と、もう1人以外の全員が。
気づけば、立ち上がっているのは、私と、私がクラスで唯一喋ったことのない子だけになっていた。座っているクラスメイトたちの視線が、皆こちらを向いている。屈辱的だ。
彼女は、私のブレザーの裾を掴んでいた。
私たちは初めての会話を交わし、3週間、ひとつ屋根の下で過ごすことが決定した。
ホームステイ先での生活
私たちがホームステイする家は、ホストマザー、私たちと同じ年の双子の姉妹、その弟の4人家族で、ホストマザーの彼氏も頻繁に出入りしていた。
この3人の子ども達はすごく美人で、イケてるティーンの雰囲気を放っていたが、私たちの事が見えていないのか、真横にいてもほとんど会話してくれなかった。
あと猫が30匹いた。
私は猫が好きなので基本的には幸せだったが、払っても払っても布団から砂のようなものが湧き出てくるのと、日本に帰る前日にパッキングしていたらスーツケースにガッツリおしっこされたのは、喜ばしいことではなかった。
ちなみにバディは、すべての猫の名前に「さん」をつけて呼んでいた。
1人で家庭を支えるホストマザーは仕事で忙しく、たいてい家を空けていた。そのため、土日は近所に二つあるショッピングモールのどちらかに朝から夜まで放置された。
この二つのショッピングモールはどちらも広くはなく、3〜4時間もあれば隅々まで見られるようなところだった。初日でさえ、約6時間の空き時間ができるほどだ。
バディはとても優しい子だったが、溢れ者2人のフードコートでの会話は正直盛り上がったとは言えず、へんな匂いのする、いらない香水を買ったりもした。
ショッピングモールが閉店した後も迎えが来ず、駐車場で1時間座り込んだ日もあった。
自由なスクールバス
ニュージーランドにいる期間、平日は現地の中学校に通う。
生徒はアレルギーなどの事情に応じてホームステイ先が割り振られ、その地域の現地校に通うことになるため、いくつかに分かれることになる。

まだ日本にいる時にホームステイ先の情報が書かれた紙が渡されて、どこの現地校に通うか、家族構成はどんな感じか、ペットは何がいるか、初めて知る。かなりワクワクする瞬間だ。
この紙は日本の留学代理店が、ホームステイ先からもらった情報をもとに用意している。
以上を踏まえて、これからの話を聞いてほしい。
私たちは、現地校での登下校にスクールバスを利用していた。
日本から一緒に来た他の生徒たちは、徒歩、または、ホストファミリーに車で送り迎えしてもらっている場合が多かったのだが、私たちのホームステイ先は遠い上、ホストマザーが忙しく送り迎えができなかったというわけだ。
スクールバスの時刻表はかなり適当で、朝の登校時は、乗りたいバスが来る時間に家を出て、10分歩いて最寄りのバス停まで向かい、それでも5分遅れてバスが到着するというルーズさであった。
ある日、現地校での授業が終わり、ダッシュで学校敷地内のバス停まで向かう。バス停に到着。セーフ、まだ発車時刻ではない。
しかし、その後、待てども待てどもバスは来なかった。並んでいる生徒もほとんどいないし、不安になってきた。
痺れを切らしてインフォメーションに聞きに行ったところ、ブロンドヘアの若い女性の返事はひとこと、
「……行ったが。」
自由すぎるだろ、遅れてきたり早く行っちゃったり。そんで「何言ってんだ?」みたいな顔でこっちみるのやめてくれ。
さてどうする?
そういえば、ホームステイ先の情報が書かれた紙に、住所も書いてあった。

また、現地校周辺エリアの地図も一緒に渡されていた。
徒歩で1時間くらいだということは別日に確認済みだったので、歩いて帰ってみることにした。
その後、徒歩で下校することは二度となかったのだが……。
夜の森で迷子
途中までは車で通る風景なので、地図を見ずともスイスイ進める。
しかし、だんだん見慣れない場所に入ってしまう。
車と徒歩ではルートも違うため、仕方のない事である。
本当にこの道であっているのかと不安になったので、途中通りかかった商店で住所と地図を見せ、「ここに行きたい」と伝える。
額にビンディをつけた若い女性店員が、延々、地図をくるくると回している。
わからないならわからないと言ってくれて良いのだよ。
特に収穫がないまま、目的地の場所だけを頼りにその道を進み続けた。
そして、1時間以上歩き続け、紙に書かれた住所の場所に到着。
しかし、そこはホームステイ先の家とは別の家だった。
近所の住宅街らしき風景もない。
おかしい、確かに今、住所の場所にいる。
何が間違っているのかもわからない。空は次第に暗くなっていく。
しかも、結構ガッツリ森だ。緑の香りがすごい。これほどの香りは、小2の時に泊まった千葉のペンション以来だ。
私はパニックになっていたが、バディはガラケーで楽しそうに何かを打ち込んでいた。
そのままあたりを1時間以上ぐるぐる歩き続けると、後ろから白の、かなり年季の入った軽トラックが猛スピードで走ってきた。
白い軽トラは私たちの少し先に止まると、中からグレーのロン毛をボサボサにしたおじさんが出てきた。
おじさんは返り血を浴びたかの如く顔が真っ赤で、何やら歌を歌っているが呂律が回っていない。大胆な飲酒運転だ。
あとデカい瓶持ってる。そして瓶を直でイッてる。
荷台をミシミシとさせながら何か詰めている。
映画だったらこの後私たちは絶対に殺されている。
いや、映画じゃなくても殺される。
おじさんに道を聞かずに彷徨い続けて、クマとかイノシシとかに殺られるか?
それとも、捜索願とか出されて騒ぎになって、来年から後輩が修学旅行行けなくなっちゃったりする?もうヤダ、私は最初から京都とか沖縄とかがよかったし。ニュージーランド行きたいなんて一回も言ってないし。
おじさんに道聞いた。
おじさんはかなりアルコール臭かったが、殺されなかった。
しかし、5分以上地図を返してくれなかった。
その時、女神が現れた。
前方から、私たちが通っている現地校の制服を着た女学生が歩いてくるではないか。
おじさんに別れを告げ、女神のもとへ駆け寄る。
住所と地図を見せたところ、やはり初めに到着した家に連れて行かれた。
「この家ではない」と伝えると、女神はその家のチャイムを鳴らし、家主に事情を話してくれた。
ホームステイ先の情報が書かれた紙を見た家主は、「これはうちの住所ね……。」と言った。この紙に書いてある住所は、やはりこの場所で間違いなかったようだ。
女神が紙の電話番号に電話し、すでに仕事を終え帰宅していたホストマザーが携帯を取った。
私たちがスクールバスを逃し、住所と地図を頼りに歩いて帰ろうとして迷子になったことを伝えた後、本当の住所を聞いて、女神のお母様の車でホームステイ先まで送ってくれた。
今度は間違いなく、本当の家だ。
車に乗っている間に電子辞書で調べた英語で、「感謝してもしきれません」と伝えて別れた。
ホストマザーは窒息するくらいの強さで私たちを抱きしめてくれて、私は恐怖から解放された安心感と、人の優しさに触れた感動で、中学生活で一番泣いた。
ゆるさねぇ
なぜ紙の住所が間違っていたか確認したところ、
ホストマザー→現地校→留学エージェント
と経由していく中で現地校の担当者が、候補で出てきた過去の履歴をそのまま打ち込んでしまったとのことでした。
特に謝られたりはしませんでしたが、もし大人になったら今だったら笑い話にはしなかったかもしれません。
ちゃんとしてくれ、命に関わるんだから。
ちなみに、迷子になっている間バディがガラケーで楽しそうに打ち込んでいたのは、
私を主人公として当時の出来事をリアルタイムで反映したノンフィクション小説だったとのことです。
脳乃あメ

