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#22 もうひとりのわたし



夢の底で、淡い光が揺れていた。


昼でも、夜でもない。
百昼夜のような、曖昧な色。


その真ん中に、ひとりの人影が見えた。


温かい空気に包まれた世界で

わたしの方を、
静かに見つめていた。



目が合った瞬間、

胸の奥が、ふっとゆるんだ。


知らないはずなのに━━

どこか懐かしい、そんな匂いがした。



その人の微笑みは

触れたら溶けてしまいそうなほど


柔らかく、あたたかかった。


どこかに、淡い金色の気配があった。

光ではなく、匂いでもなく、

ただ、”安心”の形をした、金の温度。



気づけばふたりのあいだには
やさしい苦みを帯びた香りが満ちていた。



夢の中のコーヒーは
なぜだかとても静かで、

その香りを分け合うだけで
会話が自然に弾んでいくようだった。



ふたりの距離は、やけに近かった。

見つめれば手が触れそうで
恋人と呼ぶにはどこか違う。


でも、離れようとすると
なぜか胸の奥が、そっと痛むような気がした。


初めて会うはずなのに

この距離だけは、ずっと昔から知っていたようだ。



その人の声は
驚くほどに穏やかで、やさしかった。


音というより
心の奥に静かに染みていく
”あたたかい気配”のようで

ひとこと聴くだけで、
胸が深く息をついた。


言葉の運び方が、

どうしようもなく心地よかった。

まるで、私の呼吸とリズムで
世界を語っているようだった。


ふと、手元に視線を落とすと

グラスを持つ角度も、
指の添え方も、
飲む前に一瞬だけ香りを確かめる仕草も━━

すべてが、私とまったく同じだった。


話す内容も
心が揺れるポイントも
小さな沈黙の使い方まで重なっていて、

その重なりに気づいたとき

胸の奥で、静かに

”吸い込まれるような感覚”が広がった。


似ている、ではない。


「同じ」なのだと気づいた瞬間、

胸の奥が、かすかに音を立てた。


話す言葉の選び方。

沈黙の置き方。

目が伏せられる角度。


私の中にある”癖”と
どれもくい違わなかった。


初めて会ったはずなのに
その声の響きが、

遠い未来のどこかから
私に語りかけていた気配がした。



安心の理由が
ほんの少しだけ、輪郭を持ちはじめる。


━━このひとは
   未来の”わたし”なのではないか。


そう思った瞬間
なぜだか、
胸があたたかく満たされていくのを感じた。


こわさよりも
ずっと深いところで安堵がひらいた。



言葉を交わしていたはずなのに
ふいに、ふたりの世界が静まりはじめた。

カップの縁に触れる音が遠のいて

店内のざわめきも
すこしずつ透明になっていく。



気づけば━━

彼と私を隔てていた空気だけが、

やわらかく、金色に揺れていた。


光はゆっくりと
背景の輪郭を溶かしていく。


テーブルも
周りにいた人たちも、
窓の外の景色さえも、

薄い夢の膜のように、透けていった。


残ったのは

彼の微笑みと
私の胸の奥に広がる、静かな安堵だけ。


世界が狭まっていくのに
息苦しさはなかった。


むしろ━━


未来の匂いにそっと触れられたような
あの、”金の震え”に近い温度があった。



ほんの少しの怖さと
それ以上に満ちる、やわらかな安心。


まるで夢が

「ここからが本当だよ」

と、囁いているようだった。




世界の輪郭が薄れていくほどに
金色の粒が、
静かに空気へ滲みだしていった。


最初は光の埃みたいに微かだったのに

漂うたび、ひとつひとつが
あたたかい脈を持ちはじめる。


気づけば
彼と私のまわりだけが
まるで別の季節みたいに輝いていた。


音がないのに、
私たちの間に”かすかな震え”があった。


懐かしいのに、知らない。

やさしいのに、どこか遠い。


それでも、胸の奥に
そっと触れてくる金色だった。


彼はその光の中で
微笑んだまま、ふわりと姿を滲ませていく。


まるで、
風がひとりの人の姿を借りて
私の夢に訪れていたように。



指を伸ばせば触れられそうなのに
触れた瞬間、

光になって散ってしまいそうで…


私はただ、呼吸だけをそっと重ねた。



その金色は
確かに、”これから訪れる夜の片鱗”だった。


そして彼は
その世界へ戻るように
静かに、静かに━━


風に溶けていった。



残されたのは
胸の奥に寄り添う、
あたたかい金色の匂い。




━ 未来の気配**


彼が風に溶けていったあの瞬間、

夢の輪郭はそっと、ほどけはじめた。


けれど、消えていく金の粒だけは
私の胸の奥に静かに、集まっていく。


まるで、

「ここだよ」

と、示すように。


夜の奥で揺れる金色の光は
ただの夢の名残ではなかった。


あれは━━

未来の私の呼吸だった。



夢の中で目が合った彼の眼差し。

どこか懐かしく、やさしく。
それでいて、確かに”知っていた”感覚。


話した言葉も、声の温度も、

コーヒーに溶けた香りの選び方も、

手元に落ちた影の揺れ方さえも


すべてが”わたし”に似すぎていた。



まるで、向こう側の光が
ひとりの形を借りて

夢の中に立っていたみたいだった。


金色が揺れるたび
胸の中心がかすかに震えた。


その震えが示していたのは
「いつか辿り着く私」の気配。


まだ触れられないのに
たしかに”そこにいる”とわかる気配。


あの微笑みは、
誰かに向けられた優しさじゃない。


未来の私が

今の私をそっと抱きしめるみたいに
静かに微笑んでいたのだと

胸の奥で、ふっと理解した。



ふたりで話したあの時間は
夢でも恋でもなくて、
”未来からのささやき”だったのかもしれない。


あの金色の世界は
ただの幻想じゃない。

あれは、
未来の私が立つはずの場所。


だから彼は
風に溶けて消えたのではなく


”戻っていった”のだ。


私がいつか、追いつく未来へ。


残された金色の粒が
胸の奥にひっそりと灯り、

夢は静かな夜の底へ、沈んでいった。


目が覚めるころには
あの金色はもう光ではなく、
”方向”になっていた。


どこへ行けばいいのか。

何を信じればいいのか。


その夢は、そっと示していた。


━━わたしは未来へ向かえばいい。
  そのために、夜は私を夢へ送り出した。



あの微笑みは
”未来の私”からの、合図だった。



夢だけが去って
光の方向だけが、胸にそっと残っていた。






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