12月8日。開戦の日に、1万年前の「たき火」を囲む。
私たちが歴史から学び、未来へつなぐ5分間の思索
12月8日。毎年この日が来ると、テレビもネットも「あの戦争」の話題。
真珠湾、開戦の詔勅、当時の熱狂と、その後に訪れた悲劇。
議論されるのは、決まって「なぜ負ける戦争をしたのか」という戦略論や、「どれだけ無謀だったか」という経済的・軍事的な分析です。
もちろん、それも大切なことです。同じ過ちを繰り返さないために。
けれど、私は思うのです。
私たち日本人が今日、本当に思い出すべきなのは、「勝ったか負けたか」という結果論だけではないのではないか、と。
もっと深い場所――この列島に一万年以上続いてきた、縄文以来の「争わず、共に生きる感性」について、思いを馳せるべき日なのではないでしょうか。
そして、その感性を、いま再びアジアの仲間たちと手を取り合いながら、現代の「地球を豊かにする思想」へとアップデートしていく。
それこそが、現代を生きる私たちの仕事だと思うのです。
「必敗」を知りながら、なぜ挑んだのか
歴史を少し、さかのぼってみます。
昭和16年の夏。日本政府のシンクタンク「総力戦研究所」は、エリートたちを集めてシミュレーションを行い、すでに「日米戦必敗」という結論を出していました。
連合艦隊司令長官の山本五十六もまた、「半年か一年は暴れて見せるが、その後は分からぬ」と語っていたことは有名です。
冷徹に計算すれば、物理的に勝ち目はありません。
それでもなお、国があの火の中へ飛び込んでいったのはなぜか。
それは、あの戦争が、単なる資源や領土の奪い合いという「経済・軍事」の次元を超えた、もう一つ上の層での闘いだったからではないでしょうか。
それは、「人は本来みな兄弟姉妹である」という、日本古来の文明的・宗教的なメッセージと、当時の世界を覆っていた「人種によって優劣の線を引く」という西欧近代のシステムとの、精神的な激突でした。
拒絶された「当たり前」の願い
時計の針を、第一次世界大戦後に戻します。
パリ講和会議のテーブルで、日本は世界に向かってある提案をしました。
「人種差別撤廃」です。
「肌の色が違うからといって、差別されることがあってはならない」
今なら誰もが頷くこの当たり前の正義を、国際連盟の規約に入れようとしたのです。
しかし、米英を中心とした列強は、これを拒絶しました。
「同じテーブルについたはずなのに、肌の色だけで線を引かれる」
このとき、日本人が味わった絶望と憤懣は、計り知れないものだったでしょう。
昭和天皇が後年、「人種平等案が退けられたことが、国民的憤懣となって戦争の遠因になった」と語られたように、そこには「話し合いでルールを変えられないなら、どうすればいいのか」という、近代日本の悲痛な叫びがありました。
「このまま、人種差別が『正義』であり続ける世界を、黙って受け入れていいのか」
物理的には負けると分かっていても、魂の領域で負けるわけにはいかない。
あの戦争の深層には、そんな「形而上」の問いがあったように思えてなりません。
焼け野原に残った「種」
結果として、日本は物理的に徹底的に破壊されました。
230万を超える軍人軍属、100万人以上の民間人の方々が命を落とし、戦場となったアジアの人々にも多大な犠牲を強いました。空襲、飢餓、原爆、沖縄……。
それぞれの土地に刻まれた痛みを無視して、歴史を美化することは決してできません。
けれど、戦後の世界地図を静かに見直すとき、一つの事実に気づきます。
かつて地図を埋め尽くしていた「植民地」という色が、20世紀後半にかけて次々と消えていったことです。
インド、インドネシア、ベトナム、マレーシア、フィリピン。
日本の敗戦後、再び支配しようと戻ってきた宗主国に対し、アジアの人々はもう、昔のような「従順な被支配者」ではありませんでした。
彼らは立ち上がりました。
「我々は同じ人間だ。もう家畜のようには扱わせない」
日本が掲げた「人種平等」というスローガンは、日本という国が滅びかけた後も、アジアの人々の心の中で発火し続けました。そして、彼ら自身の手で独立を勝ち取っていったのです。
やがて国連憲章には、「人種、性、言語、宗教による差別をなくす」という言葉が刻まれました。
日本は国としては敗れましたが、日本が命がけで世界に問うた「教義」は、世界の新しいルールになったのです。
たき火の輪を、円卓へ
この「人はみな等しい」という感覚。
そのルーツをたどれば、遥か一万年前、縄文の時代に行き着きます。
縄文時代は、強大な権力による支配や、大規模な戦争がなかった時代だと言われています。
集落の人々は、たき火を囲み、土器を交換し、森や海の恵みを分かち合って生きていました。そこには、「誰かが誰かを一方的に支配する」という発想よりも、「自然も人も、すべてがつながっている」という感覚があったはずです。
神話にある「八紘為宇(はっこういう)」――世界を一つの屋根の下の家族とする――という思想もまた、この縄文のたき火の輪が、スケールアップしたものと言えるかもしれません。
「人類皆兄弟姉妹」。
この古くて新しい思想を、21世紀のいま、私たちはどう引き継ぐべきでしょうか。
もはや、銃や爆弾で何かを変える時代ではありません。
私たちがいま選ぶべきなのは、
「戦う覚悟」ではなく、「つながりを編み直す覚悟」です。
インドの哲学、中国の古典、東南アジアの多様な信仰。
アジアには、日本と同じように「違いを抱えたまま共に生きる」知恵がたくさん眠っています。
かつて武器を持って向かい合った国々と、今度は経済や文化、技術を通じて、「同じ地球の家族」として手を取り合う。
縄文の人々がたき火を囲んだように、私たちはアジアという大きな**円卓(ラウンドテーブル)**を囲むことができます。
そこで語られるのは、領土の奪い合いではありません。
どうすれば地球環境を守れるか、どうすれば貧困をなくせるか。
そんな「家族の会話」であるべきです。

誇りを胸に、未来を選ぶ
開戦記念日の今日。
私たちは、過去の悲劇をただ悼むだけでなく、「あのとき果たせなかった願い」を、平和的なかたちで実現していくスタートラインに立っています。
火と鉄で世界を変えようとした時代は終わりました。
これからは、一人ひとりの仕事と言葉と暮らしの中で、「人類皆兄弟姉妹」という静かな教義を、もう一度編み直していく時代です。
一万年前から続く**「争わず、共に生きる」**というDNAを、誇りに思ってください。
その誇りが、アジアと、そして世界と調和していくための、一番の羅針盤になるはずですから。
いいなと思ったら応援しよう!
この記事が「役に立った」「面白かった」「応援したい」と感じていただけたら、チップでサポートしていただけるととても励みになります。
実用的で価値ある情報を発信していきますので、どうぞよろしくお願いいたします!