“天才”ライターの軌跡5 小林信也 天才トレーナー白石宏との出会い1
大学を卒業してすぐ、後に「天才トレーナー」と呼ばれる白石宏と出会った
白石宏トレーナーと会ったのは、大学を卒業してまもない22歳の春だった。いや、5月の誕生日を迎えた後だったかもしれない。東銀座に開校した《日本カイロプラクティック・カレッジ》に入学すると、わずか7、8人の同期生の中に白石がいた。
僕は、アメリカに留学して《スポーツ科学》を学びながら、カリフォルニアでのキャンパスライフを過ごす夢を見た。ところが、アメリカの体育大学に編入するには単位が足りないとわかった。物理、化学、生物学などの単位が必要。僕は文系出身だから、せいぜい生物くらいしか持っていなかった。
「学者を目指すわけじゃなくて、スポーツライターとしてきちんと人間の身体を知った上で文章を書きたい」と考えていた僕は、留学をあきらめた。そんな折り、「新しくカイロの学校ができる。そこで生理学や解剖学も勉強できるけど、どうだ」と、高校時代お世話になった整骨院の先生に勧められた。カイロプラクターになる気もなかったけれど、「勉強はしたい」と思って勧めに従った。
そこに同い年で、日本体育大学を卒業したばかりの白石がいた。
白石は自己紹介で、「日体大にスチューデント・トレーナー制度を作りました。日本ではトレーナーのことがまだよく知られていなくて、せいぜいマッサージをする人くらいの認識ですが、アメリカは違います。アメフトやバスケットの選手たちに、試合前にはテーピングをする、試合中ケガがあれば応急処置をする。ドクターと選手の間をつなぐ、とても重要な役割なんです。自分は、このトレーナー制度を日本に普及します。先日も、日本代表の陸上チームに帯同して、国際大会に行ってきました」
少しおずおずしながらも、誇らしげに自分の立場を(実際には広島弁で)話す白石に僕はもちろん目を見張った。
(へー、面白い人がいるんだな)
新橋駅前の安いカレースタンドで熱く夢を語り合った
カイロの学校は、先生も生徒もみんな仕事を終えて東銀座に集まる夜学。確か午後7時から9時、毎回2教科ずつのプログラムだった。よそよそしいというか、みんな緊張した雰囲気で、それほどざっくばらんに会話する空気ではなかった。だから、白石の存在が気になりながらも、個人的に会話したのは数日経ってからだ。
「帰りに軽く食事でもどう?」
たぶん僕が誘ったのだけれど、ある晩、新橋の駅まで一緒に歩いた。思えば、お互いお金がなかった。それを互いに言うまでもない、22、23歳なら余裕がなくて当たり前、そんな時代だったのかもしれない。新橋の駅に着くと、周りを見渡して、白石が「あそこはどうじゃろ」と、広島弁で言った。「いいよ」と僕は答え、店のドアを開けた。そこは、狭いカウンターだけの安いカレースタンドだった。ゆっくり話すにはおよそ適していない店だが、構わず僕らはその店で熱い会話を交わした。
2年前の早春、二人は同じロスの空の下でそれぞれ孤独を抱えていた……
僕はフリーランスでスポーツの話を書いていると自己紹介し、白石は日本の草分け的にトレーナー活動をしている先輩の経営する小さな会社で働きながら修行をしていると言った。そして、大学3年になる春休み、どうしてもUCLAの有名トレーナーに弟子入りしたくてロサンゼルスに渡り、来る日も来る日もトレーナールームの前で懇願するが門前祓いを食い続けた。3週間くらい経ったある日、突然トレーナールームへの入室を許され、それからそのダッキー・ドレイクが自分の師匠だと教えてくれた。ロスの安いモーテルで、いちばん安い缶詰を買って食べていた。それがキャットフードだとは、ホテルの住人に笑われるまで気付かなった。ロスの空の下で、ずっと孤独を味わったという白石の話は、僕の胸に突き刺さった。まったく同じ時期、僕もロサンゼルスの夜空の下で、大勢のフリスビー仲間に囲まれ、オイオイと声を上げて泣いた、あの夜を思い出したからだ。アメリカのフリスビー・プレーヤーはみんな親切だった。世界レベルの選手に追い付けない自分をつかまえて「一緒にやろう」と誘ってくれる。けれど、僕の投げるフリスビーは回転が足りないために、チャンピオンたちは思ったようにプレーできない。申し訳ない……。ところが、アメリカ以外の国から初めてフリスビーを学びに本場にやってきた異邦人に彼らは途方もなくやさしかった。そのやさしさが申し訳なくて、しかも自分の気持ちを伝える英語が喋れなくて、僕は嗚咽に襲われた。楽しいはずの夜(ナイターでのプレー)なのに、なぜノブヤは泣いているのか理解できない、困った顔でハグしてくれた国際フリスビー協会会長のダン・ロディックの胸にしがみついて、僕は子どものように声を上げて泣くしかなかった。
あの夜、白石も同じロスの空の下でひとり心細さと戦っていた……。
それを知った途端、理屈抜きの共感が湧き上がった。同志。そう、道は違うが、夢を求める同い年の戦友のような。その日から僕らは寄り添って、それぞれの夢を追い始めた。(続く)
《招待状のない夢 トレーナー白石ひろしの冒険》 小林信也著 双葉社刊
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