ほころびタンシチュー #毎週ショートショートnote
女の趣味は、人の「ほころび」を蒐集することだった。
弱み。嘘。秘めた過去……。
誰もが日々の暮らしに縫い込んでいる小さな緩み、心の裂け目。
それを女は、声、匂い、噂、ときには夢の断片として密かに拾い集める。
女は、夜な夜な一人、肉を煮る。
使うのは、切り落とされた舌。
作るのは、タンシチュー。
女は言う。
「これはね、噂の味がするのよ」
たとえば——
女中が語った隣人の不倫話。
近所の医師が隠していた医療ミス。
老婦人の忘れた振りをしている過去の中絶。
女は、その「ほころび」を調味料として使う。
調味料は、舌の繊維にじわじわと染み込んでいく。
弱み、嘘、秘めた過去……。
「おしゃべりな人ほど、味が濃いのよ」
女は微笑んだ。
コンロの火が、鍋底から舌を煮込む。
まもなく、「タンシチュー」の完成だ。
インターホンが鳴った。
「お届けものでーす!」
女は満面の笑みを浮かべて玄関に向かった。
今日の配達員はよくしゃべる、若い男だった。
——鍋には、まだ空きがある。
(410字)
たはらかにさんの企画「#毎週ショートショートnote」に参加させていただきました。
いいなと思ったら応援しよう!
読んでくださってありがとうございます! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます。