還暦の新人、骨董商になる。この一年で胸に残った三つの言葉 ―― 第3位。
還暦の新人
25歳のとき、私はアメリカ・アトランタで大工の手伝いをしていました。
まだ何者でもなく、とにかく目の前の仕事を覚えるのに必死で、
言葉も文化も違う土地で、身体を使いながら働く毎日。
自分が将来どうなるのかも分からず、
とにかく今日一日をやり切ることだけを考えていたあの頃の感覚は、
60歳になった今でも、時折ふっと蘇ってきます。
それから帰国して25年間、学習塾に携わってきました。
教育というサービス業の世界で、生徒や保護者と向き合いながら、「人」に関わる仕事を続けてきたわけです。子供達の気持ちを想像し、子供達の成長を信じ、目の前の一人ひとりに寄り添うことが、私の仕事の中心にありました。
そんな私が、60歳、還暦を迎えた年に、
一点物を扱う骨董の物販の世界へ飛び込んだのですから、
振り返ってみると、それは単なる転職ではなく、
人生の地盤を丸ごと入れ替えるような
出来事だったのではないかと思います。
サービス業から物販へ。

それも、量販ではなく一点物。
しかも、古いものを扱う世界。
経験は活きるのか、それとも通用しないのか。
正直、不安の方が大きかったのを覚えています。
市場に通い、業者オークションに参加し、なんとか“古物の世界の一員”として認めてもらおうと、とにかく顔を出し続けた一年。
先日、日本のリユース市場は拡大局面に入っているというニュースを目にしました。
環境省の資料では、2024年の一般消費者の最終需要ベースで約3.5兆円、そして2030年には4.6兆円規模を目指すという目標が示されています。
数字だけを見れば、希望がある。
しかし同時に、本人確認や記録義務などの規制も強化されるという。
市場は広がるが、ルールも厳しくなる。
拡大と統制。
チャンスと責任。
そんな業界に、還暦の新人が飛び込んだのです。
最初の一年は「挑戦」というよりも「洗礼」

正直に言えば、最初の一年は「挑戦」というよりも「洗礼」だったように思います。
どこの誰だかわからない還暦の新人が、いきなり市場に立つ。
当然、信用はゼロです。
居場所もない。
だから私は、売ることよりも先に、「ここに居ること」を積み重ねるしかありませんでした。
顔を出す。
挨拶をする。
手伝う。
何度も通う。
「この人は毎回来るね」
そう言われるまでに、思っていたより時間がかかりました。
しかも古物市場というのは、その世界そのものが、ほとんど情報を発信していません。
インターネットで検索しても、具体的な様子はほとんどわからない。
会場の空気。
競りの流れ。
ボテや宿といった専門用語。
そこには、言葉にされない「暗黙のルール」がいくつもあります。
けれど、それをまとめたルールブックはどこにもない。
知らずに動けば、ルール違反になる。
叱られる。
何が悪かったのかも、最初はわからない。
正直、まるで知らない村社会に足を踏み入れ、その村の掟を体で覚えていくような感覚でした。
失敗する。
戸惑う。
聞く。
教えてもらう。
その繰り返しの中でしか、前に進めない。
今振り返れば、あの時間は「商売の勉強」というよりも、
「この世界の住人になるための修行」だったのかもしれません。
三人の先輩、三つの言葉
その一年の中で、三人の先輩から、それぞれに強烈な言葉をかけてもらいました。
ここでいう「先輩」とは、単に年長者という意味ではありません。
市場の空気を知り、目利きの歴史を背負い、軽々しい言葉を吐かない人たちです。
だからこそ、その一言が重い。
どれも胸に刺さる言葉でした。
正直、悔しくて眠れない夜もありました。
けれど今振り返ると、その三人の先輩から受け取った三つの言葉こそが、この一年の原動力だったのだと思います。
今日はそのうちの一つ、
第3位の言葉を紹介したいと思います。
「良いものは売れる」という幻想

私はどこかで、「良いものは売れる」と信じていました。
文献を読み、品物を見て、自分なりに確信を持った品を市に出せば、評価されるはずだと思っていたのです。
この茶碗は素晴らしい。
この染付は名工の仕事だ。
状態もいい。時代も間違いない。
けれど、値が伸びない。
誰も手を挙げない。
会場が静まり返る。
あの空気の重さは、今でも忘れられません。
自分だけが、取り残される。
そのとき、ある先輩が静かに言いました。
「商いないは、相手の顔を思い浮かべる力だ」
自分は良いと思っている。
知識もある。
間違っていない。
それなのに、なぜ売れないのか。
けれど、少しずつ理解していきました。
例えば、イゲ皿や志田焼の染付大皿。
確かに名品で、美しい。
しかし現代の住宅事情を考えれば、飾る壁も、収納する場所も限られている。いくら良いものでも、生活に接続していなければ動かない。
一方で、鉄瓶や煎茶碗などの小ぶりで扱いやすい器は動く。
市場は冷静です。
需要がなければ、値段はつかない。
自分の思い入れは、そのまま価格にはならない。
プロダクトアウトとマーケットイン

ここで初めて、私はビジネス用語でいう「プロダクトアウト」と「マーケットイン」の違いを、自分の体験として理解しました。
自分が良いと思うものから出発するのがプロダクトアウト。
顧客が求めているものから出発するのがマーケットイン。
教育の世界では、私は常に後者でした。
生徒が何を求めているかを考えることが出発点だった。
けれど骨董の世界では、自分の審美に酔いやすい。
一点物の世界は、ロマンではなく資本の回転で動いている。
還暦にして、その当たり前を叩き込まれたのです。
教育の世界では、私は常に相手から出発していました。
生徒が何を求めているかを考えることが出発点だった。
けれど骨董の世界では、自分の審美に酔いやすい。
「これはいい」という自分の確信を、そのまま市場に持ち込んでしまう。
一点物の世界は、ロマンではなく資本の回転で動いている。
還暦にして、その当たり前を叩き込まれたのです。
商いの本質

一年間で胸に刻まれた三つの言葉。
その第3位が、
「飽きないは、相手の顔を思い浮かべる力だ」
という言葉でした。
骨董商は過去を扱う仕事です。
しかし本質は、“今”を読む仕事なのだと思います。
この人はどんな空間に置くのか。
どんな気持ちで手に取るのか。
今の時代は何を求めているのか。
審美は主観。
商いは他者。
その違いを理解したとき、私はようやく骨董商の入口に立てた気がしました。
還暦からの挑戦は、決して甘くありません。
けれど、この三つの言葉があるからこそ、私は次の一年も歩いていけるのだと思っています。
今日は、第3位の言葉を紹介しました。
次回は、第2位について書きます。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
ではまた。

