活字で空を映す人
心が疲れてても、読んだあとには
ちょっと深呼吸したくなる。
押しつけじゃない。
でも、灯してくれる。
そんな人が
画面の向こうにいる。
ぜひ、その存在を紹介させてください🕊️
🧑🏫えりた先生👩🏫
水たまりに映る天守閣「さかさ天守」。
説明には
こう書かれていた。
雨上がりだからこそ撮れる
水たまりに映る「さかさ天守」。
雨は苦手で、あまり好きでもないのですが、それでも雨だからこそ得られる楽しみもあって。
その言葉に、
ふっと心が緩んだ。
まるで
発信する私たちの姿
そのもののようだった。
傷つくこともある。
思うように届かない日もある。
でも「雨上がり」にしか見えない景色が、
確かにある。
その言葉が
静かに胸に降りてきた。
えりた先生は、
活字とともに生きる国語講師として
毎日noteを更新し続けてきた。
その日数
なんと1000日以上。
これだけで
どれだけの人が
もう「すごい」と思うかもしれない。
でも
えりた先生のすごさは
続けていることだけじゃない。
発信の一つひとつが、
ちゃんと「日々に灯す言葉」として
息づいている。
推し活も
本の紹介も
学び直しの国語も
どれもが
えりた先生の目で綴られていて、
読者はその言葉の中で
安心して深呼吸ができる。
誰かの背中を押すような
優しい文章。
少し先を照らすような
あたたかいエッセイ。
だけど決して説教じゃなく、
寄り添ってくれるような語り口。
そんな発信を
私はこっそり
いつも楽しみにしていた。
実を言うと
直接のやりとりは
数えるほどだ?
「いいね」や「コメント」も
毎日はしていない。
それでも、
不思議と親しみを感じてしまうのは、
えりた先生が、
画面の向こうで
「読む人」をちゃんと想って
届けてくれてるからだと思う。
「こんな書き方もあるよ」
「この本、読んでみてほしい」
「こんなマガジンにまとめたよ」
そんな静かな眼差しが、
いつもそこにある。
だからこそ、
有料noteで
さらに深く繋がる読者が多いのも納得だ。
私は
書くことに向き合っている人が好きだ。
でも
誰かの心に届く言葉を選べる人は、
もっと好きだし、尊敬しかない。
えりた先生はそのどちらでもあって、
しかも
気負わずにそれをやってのける。
毎日の中で
小さな違和感を拾い
丁寧に言葉にする。
それが、どれだけ素敵なことか。
1000日以上
変わらず灯してくれていることが
何よりの証だと思う。
まだ交流がなくても、
お名前を初めて知ったとしても、
えりた先生の発信に触れたなら、
きっとあなたの中にも
あたたかな灯がともる。
読むことが好きな人も
書くことが好きな人も
ちょっとだけ元気が欲しい人も。
えりた先生の言葉に触れてみてください。
きっと
雨上がりの「さかさ天守」のように
あなたにしか見えない風景が
見えてくるはず。
出会ってくれて
ありがとう。
