「比較しない方がいい」は正しいか ― 同期・SNSとの比較との付き合い方
「他人と比較しない方がいい」
そんなアドバイスを、一度は聞いたことがあると思います。
同期の昇進、SNSで見る同世代の活躍。
比較して落ち込むくらいなら、いっそ見ないほうがいい、というわけです。
でも、これは半分正しくて、半分間違っています。
今日はその理由を、心理学の研究から見ていきます。
「比較するな」がそもそも無理な理由
心理学者フェスティンガーが1954年に提唱した社会的比較理論によれば、人には、自分の意見や能力が正しいかどうかを確かめたいという根源的な欲求があります。
そして、それを測る明確な物差しがないとき、人は無意識に他者を基準にして自分を測ろうとします。
つまり、「比較するな」というのは、「人間をやめろ」と言っているのに近い、実行不可能なアドバイスなのです。
問題は「比較するかどうか」ではありません。
「どう比較するか」です。
落ち込む原因は、比較そのものではない
心理学者ロックウッドとクンダの1997年の実験は、この点を鮮やかに示しています。
彼らは、自分より優れた「スター」的な人物の存在が、人の自己評価をどう左右するかを調べました。
結果、同じくらい優秀なスターを見ても、反応は正反対に分かれました。
「これから頑張ればまだ自分にも手が届く」と感じられた人は、自己評価が上がり、意欲が高まりました。
一方、「もう自分には手が届かない、機会を逃した」と感じた人は、自己評価が下がり、落ち込んでしまったのです。
つまり、比較して落ち込むかどうかを分けているのは、相手が優れているかどうかではなく、「その差が、自分の努力でまだ埋められると感じられるかどうか」だということです。
SNSでの比較は、"何を見るか"で分かれる
この構造は、SNSでの比較にも当てはまります。
SNS研究の代表的な論文の一つでは、他人の「能力」(成果、実績、ステータスなど)を比較の軸にすると、心の健康が損なわれやすい一方、他人の「意見」や「考え方」を比較の軸にすると、そうした悪影響が出にくいことが示されています。
さらに関連する研究では、「妬み」という感情自体にも2種類あるとされています。
相手の成功が正当な努力によるもので、自分にも届きそうだと感じられるときに生まれる「良性の妬み」は、自分を引き上げようとする力になります。
一方、相手の成功が理不尽に思えたり、もう自分には届かないと感じたりするときに生まれる「悪性の妬み」は、相手を引きずり下ろしたいという、破壊的な感情につながりやすいとされています。
実際、社会人を対象にした調査では、SNS利用者の6割以上がSNS依存を自覚し、8割以上がSNS利用にリスクやストレスを感じているというデータもあります。
他人の"成果"が絶えず流れてくる環境は、比較を「悪性の妬み」の方向に傾けやすい構造を持っていると言えそうです。
「はるか雲の上」だから、落ち込まなかった
僕自身、社会人1〜3年目の頃、幸いにも同期や後輩がいない環境で働いていました。
だから、常に自分がチームの中で"最下位"で、比較する相手といえば、コピーライターの賞レース(TCC新人賞、宣伝会議賞、OCC賞など)に出てくる、はるか雲の上のような人たちばかりでした。
普通なら、そんな人たちと比較すれば落ち込みそうなものですが、僕はまったく落ち込みませんでした。
むしろ「妬むより、目指したほうが正しい」という感覚でいられましたし、そうした場でちょっとした受賞をすることがあれば、それは自分にとって強烈な燃料になりました。
今振り返ると、これはロックウッドとクンダの理論と重なります。
僕の場合、日常的に比較する"同じ立場の同期"がいなかった代わりに、比較対象は常に「今はまだ届かないが、これから何年もチャレンジし続けられる」相手でした。
差は大きくても、時間の猶予がある限り、それは「悪性の妬み」ではなく「目指すべき目標」として機能していたのだと思います。
ただ、正直に言うと、これは環境に恵まれていた側面も大きく、同期や身近な人との比較で落ち込んでいる人に、この経験から直接アドバイスできることは、あまり多くありません。
だからこそ、次に紹介する研究的な視点が役に立つかもしれません。
比較を、悪性から良性に変える3つの視点
比較そのものをやめるのではなく、比較の"パラメータ"を変えてみてください。
比較対象を変える……はるか遠くのスターやインフルエンサーではなく、少し先を行く身近な先輩や、「1年前の自分」を比較対象にする。時間の猶予がある比較は、悪性の妬みではなく、良性の妬みを生みやすくなります
比較の軸を変える……相手の"成果"(役職、年収、フォロワー数)ではなく、相手の"考え方"や"工夫"に注目する。それは優劣の判定ではなく、学びの参照点になります
比較の相手を変える……他人ではなく、過去の自分と比較する。横の比較(他人)から、縦の比較(過去の自分)へ軸を変えることで、落ち込む比較を、成長を実感できる比較に変えられます
「比較しない」のではなく、「比較の仕方を選ぶ」こと。
それが、比較という、逃れられない人間の性質と、うまく付き合っていく方法なのだと思います。
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