妻たちは今日も共犯者。
第四幕 夫防衛同盟、初陣!
「まずは情報収集だ。」
金曜日の夜。
会社帰りの居酒屋で、一馬が真剣な表情を浮かべる。
「敵を知らずして勝利なし。」
「いや、敵って自分の嫁だぞ。」
優吾が苦笑する。
「だからこそだ。」
一馬はメモ帳を取り出した。
「最近、茉莉の行動を振り返ってみた。」
「……本気だな。」
「まず、連絡すると機嫌がいい。」
「うん。」
「家事を手伝うと笑顔になる。」
「うん。」
「『ありがとう』を言うと喜ぶ。」
「うん。」
優吾は腕を組んだ。
「……普通にいい嫁じゃね?」
「そうなんだよ。」
「何が問題なんだ?」
「そこなんだ!」
一馬は机を叩く。
「優しすぎる!」
「だから何なんだよ!」
「絶対、裏がある!」
優吾は笑いをこらえきれず、ジョッキを口元に運んだ。
「じゃあ、どうする?」
「尾行する。」
「……は?」
「茉莉を。」
「犯罪になるぞ。」
「じゃあ偶然を装う。」
「もっとタチが悪い。」
二人はしばらく黙り込んだ。
そして――。
「……やめよう。」
「そうだな。」
開始五分で作戦は頓挫した。
翌日の午後。
茉莉はスマホを見ていた。
『今日は友達とカフェ行ってくるね。』
「送信。」
数秒後。
『了解! 楽しんできて!』
一馬からすぐに返信が届く。
「ふふっ。」
茉莉は微笑む。
その頃、一馬はというと――。
「返信したぞ。」
「よし。」
優吾がサングラスを掛ける。
「行くか。」
「うん。」
「夫防衛同盟、初任務!」
「おー!」
……とは言ったものの。
二人は映画のスパイのように電柱へ隠れようとして、
「見えてる見えてる。」
通行人に笑われた。
「尾行って難しいな。」
「ドラマみたいにはいかねぇ。」
一方、カフェ。
「何か視線感じない?」
里香が窓の外を見る。
「あ。」
茉莉も気付いた。
電柱の陰から、一馬の頭が見えている。
しかも隣には優吾。
「……。」
「……。」
二人は顔を見合わせる。
「バレてるわね。」
「百パーセント。」
茉莉はいたずらっぽく笑った。
「ねぇ。」
「うん?」
「少し遊んでみる?」
里香の口元も緩む。
「賛成。」
「動いた!」
一馬が小声で叫ぶ。
「尾行開始!」
しかし。
茉莉たちは急に雑貨店へ入る。
慌てて追い掛ける二人。
店内は、アロマや食器が並ぶおしゃれな空間。
「似合わねぇ……。」
優吾が小声で言う。
「静かに。」
その時だった。
「一馬?」
「えっ!」
茉莉が振り返っていた。
「偶然!」
「そ、そう!」
「優吾さんも?」
「いやぁ、買い物!」
「男二人で?」
「……。」
「……。」
沈黙。
「仲いいね。」
茉莉はにこりと笑う。
「じゃあ、私たち向こう見てくるね。」
「あ、うん。」
妻たちが離れていく。
「……。」
「……。」
「バレたな。」
「完全に。」
その夜。
「失敗した。」
居酒屋で項垂れる二人。
「開始十分で終了。」
「尾行向いてねぇ。」
一馬は大きくため息をついた。
「でも収穫はあった。」
「何?」
「茉莉と里香さん、かなり仲いい。」
「ああ。」
「偶然じゃない。」
「ないな。」
「やっぱり裏で何かある。」
優吾も真剣に頷く。
「ただ……。」
「ん?」
「何か悪いことしてる感じじゃない。」
「確かに。」
「むしろ楽しそうだった。」
一馬は少し考え込む。
「俺たち。」
「うん。」
「何かされてるのかな。」
「されてる。」
「でも。」
優吾は笑った。
「最近、前より家の雰囲気良くなってない?」
「……。」
一馬も思い返す。
以前より笑顔が増えた。
会話も増えた。
一緒に夕飯を食べる日も増えた。
「そうなんだよな。」
「不思議だ。」
翌週。
茉莉は会社帰りにスーパーへ寄る。
重たい買い物袋を持って歩いていると、
「茉莉!」
聞き慣れた声がした。
振り返ると、一馬が立っていた。
「仕事終わったの?」
「うん。」
「荷物、持つよ。」
「え?」
自然に買い物袋を受け取る一馬。
「重かったでしょ。」
「……ありがとう。」
「それと。」
一馬は少し照れくさそうに笑う。
「いつも家のこと任せっきりで、ごめん。」
茉莉は驚いて立ち止まる。
「急にどうしたの?」
「いや。」
一馬は頭をかいた。
「最近思ったんだ。」
「俺、茉莉に甘えすぎてたなって。」
茉莉の胸が少し熱くなる。
この言葉は、「妻同盟」の作戦では引き出せなかった。
一馬自身の気持ちだった。
「……嬉しい。」
その一言だけで十分だった。
二人は並んで夕暮れの道を歩く。
少しだけ距離が近くなった気がした。
その頃。
カフェでは里香が報告を聞いていた。
「一馬さん、変わってきたね。」
「うん。」
茉莉は嬉しそうに笑う。
「少しずつだけど。」
「教育成功?」
「違う。」
茉莉は首を横に振った。
「自分で気付いてくれた。」
「それが一番ね。」
里香も優しく微笑む。
しかし、その直後。
優吾から届いた一通のメッセージを見て、里香は吹き出した。
『今日、風呂掃除しといた! 褒めて😊』
「まだまだ子どもね。」
「でも。」
茉莉も笑う。
「その一言が言えるようになっただけ、大進歩。」
二人はコーヒーカップを合わせた。
そして茉莉は、手帳の最後のページを開く。
そこに書かれていた次の文字。
『最終ミッション――夫婦は"勝ち負け"ではなく、"チーム"だと気付かせること。』
いよいよ、「妻同盟」最大の作戦が幕を開けようとしていた。
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