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妻たちは今日も共犯者。

第五幕 結婚記念日

「来月の十五日って空いてる?」

昼休み。

優吾がスマートフォンを見ながら尋ねた。

「十五日?」

一馬はスケジュール帳を開く。

「……あ。」

その日には、大きく赤丸が付けられていた。

結婚記念日。

「うちは結婚記念日なんだ。」

「お、奇遇だな。」

優吾が笑う。

「うちも。」

「マジか。」

「だから今年は早く帰れって、何回も言われてる。」

「茉莉もだ。」

二人は顔を見合わせる。

「今年は失敗できないな。」

「絶対にな。」

そう誓い合い、それぞれ仕事へ戻っていった。


数日後。

営業部に一本の電話が入る。

「急で悪い!」

部長が慌ただしくフロアへ飛び込んできた。

「大型案件のプレゼンが前倒しになった!」

社内がざわつく。

「日程は?」

「十五日の夜。」

その瞬間。

一馬の表情が固まる。

(嘘だろ……。)

結婚記念日。

茉莉と予約していたレストラン。

頭の中で予定がぐるぐる回る。

部長が申し訳なさそうに言った。

「今回だけ頼む。」

「……分かりました。」

営業として、この仕事は断れない。

一馬は静かに頭を下げた。


一方、優吾の会社でも。

「優吾。」

課長に呼び止められる。

「十五日、出張お願いできるか?」

「え?」

「先方がどうしてもその日しか都合がつかない。」

優吾もまた、

結婚記念日だった。

「……はい。」

断れなかった。


その夜。

二人は居酒屋で肩を落としていた。

「終わった。」

一馬がジョッキを見つめる。

「俺も。」

優吾も同じだった。

「断れなかった。」

「俺も。」

「どうする?」

「正直に話すしかない。」

「だよな。」

二人は苦笑する。

「今回は怒られても仕方ない。」

「そうだな。」


その頃。

カフェ。

茉莉と里香も、それぞれ夫から連絡を受けていた。

『本当にごめん。
仕事が入った。』

スマホを見つめる茉莉。

里香も小さく息を吐いた。

「仕事かぁ。」

「しょうがないよね。」

茉莉は笑おうとした。

でも、

少しだけ寂しかった。

「怒ってる?」

里香が聞く。

「ううん。」

「本当?」

「……少しだけ。」

茉莉は正直に答えた。

「仕事が大事なのは分かってる。」

「うん。」

「でもね。」

窓の外を見ながら微笑む。

「一年に一回くらいは、一番でいたかった。」

その言葉に、里香も静かに頷いた。

「私も。」


結婚記念日当日。

プレゼンは大成功だった。

取引先との契約も決まった。

「お疲れ!」

「祝杯だ!」

部長が声を上げる。

周囲も盛り上がる。

しかし。

「すみません。」

一馬が立ち上がった。

「今日は帰ります。」

「え?」

「今日は、妻との約束があるので。」

営業部が静まり返る。

部長は一瞬驚いたあと、

笑った。

「行け。」

「部長……。」

「契約は取った。」

「はい。」

「だったら今日は、旦那の仕事しろ。」

一馬は深く頭を下げた。

「ありがとうございます!」


優吾も出張先から、駅へ向かって全力疾走していた。

「間に合え!」

ネクタイを緩めながら改札を駆け抜ける。

「頼む……!」


午後九時。

レストランは閉店していた。

一馬は肩を落とす。

「遅かったか……。」

その時。

「一馬。」

聞き慣れた声。

振り返ると、

茉莉が立っていた。

「待ってた。」

「え?」

「ここじゃないよ。」

茉莉は少し笑う。

「家で。」

一馬は胸が締め付けられる。

「ごめん。」

「うん。」

「本当にごめん。」

「うん。」

「仕事だから仕方ないって分かってる。」

「……。」

「でも。」

一馬は茉莉の手をそっと握った。

「仕事を理由に、茉莉を後回しにしたくない。」

茉莉は驚いたように目を見開く。

「今日、途中で気付いた。」

「何に?」

「仕事と茉莉、どっちが大事かじゃなかった。」

茉莉は静かに聞いている。

「どっちも大事なんだ。」

「……。」

「だから。」

一馬は照れくさそうに笑った。

「これからは、大事なものをちゃんと大事にする。」

茉莉の目に涙が浮かぶ。

「それ、反則。」

「え?」

「そんなこと言われたら。」

涙を拭いながら笑う。

「怒れないじゃない。」

二人は見つめ合い、

自然と笑顔になった。


その頃。

優吾の家。

玄関のドアを開けると、

里香がソファでうたた寝をしていた。

テーブルには、

小さなケーキが二つ。

優吾は静かに毛布を掛ける。

その気配で里香が目を覚ました。

「……帰ってきた。」

「ただいま。」

「仕事、お疲れさま。」

「待たせてごめん。」

優吾は小さな箱を差し出した。

「帰りに買った。」

中には、シンプルなペアのキーホルダー。

「高い物じゃない。」

照れくさそうに笑う。

「でも。」

「うん?」

「来年も、その先も。」

「一緒に鍵を開けて帰る家がありますように。」

里香は思わず吹き出した。

「何そのプロポーズみたいなの。」

「違う?」

「ちょっと違う。」

二人は笑い合う。

そして、そっと手をつないだ。


翌週。

いつものカフェ。

茉莉と里香はコーヒーを飲んでいた。

「終わったね。」

「うん。」

「夫矯正計画。」

茉莉は微笑んで首を振る。

「違う。」

「え?」

「最初から矯正なんてしてなかったのかも。」

「じゃあ?」

茉莉は窓の外を歩く一馬を見つめる。

以前より少しだけ頼もしく見える背中。

「夫婦って、お互いに育て合うものなんだね。」

里香も優しく笑った。

「そうかもしれない。」

二人は静かにカップを合わせる。

その音は、作戦成功の祝杯ではなく――

二組の夫婦が、新しい一歩を踏み出したことを祝福する乾杯の音だった。

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