妻たちは今日も共犯者。
エピローグ 妻たちは今日も共犯者。
――それから、半年後。
「じゃあ、お先です!」
午後六時。
営業部のフロアに、一馬の声が響く。
「おっ、一馬。」
部長が時計を見る。
「今日は早いな。」
「はい。」
一馬は照れくさそうに笑った。
「今日は茉莉と映画を観に行く約束なんです。」
「いい旦那になったなぁ。」
同僚がからかうと、一馬は肩をすくめた。
「まだまだですよ。」
「でも。」
鞄を肩に掛けながら笑う。
「約束は守らないと。」
その姿を見送る部長が、小さくつぶやく。
「人って変わるもんだな。」
同じ頃。
優吾も会社を出ようとしていた。
「優吾!」
後輩の健太が駆け寄る。
「一杯どうですか?」
「悪い。」
優吾はスマートフォンを見せる。
画面には里香から届いたメッセージ。
『今日はハンバーグだよ😊』
「帰る。」
「即答ですか。」
「ハンバーグには勝てない。」
健太は吹き出した。
「奥さん好きっすねぇ。」
「好きだから帰るんだろ。」
さらりと言って会社を後にする優吾。
その後ろ姿を見送りながら、健太はぽつり。
「昔なら絶対飲みに行ってたのになぁ。」
その夜。
一馬の家。
「ただいま。」
「おかえり。」
茉莉が笑顔で迎える。
「今日ね。」
一馬は紙袋を差し出した。
「駅前でプリン買ってきた。」
「えっ!」
茉莉の顔がぱっと明るくなる。
「覚えてたの?」
「もちろん。」
「この前、おいしいって言ってただろ?」
「うれしい!」
「そんなに?」
「そんなに。」
茉莉は嬉しそうにプリンを抱きしめた。
高価なプレゼントではない。
でも、自分の言葉を覚えていてくれた。
そのことが何より嬉しかった。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
一馬は照れ笑いを浮かべる。
優吾の家では。
「見て見て。」
里香がソファから声を掛ける。
「この棚、一人で組み立てた。」
「すげぇ!」
「でしょ?」
「俺の出番なくなったな。」
「たまには負けてもいいの。」
里香が笑う。
優吾も笑い返す。
「じゃあ俺は晩ご飯担当。」
「お願い。」
二人は自然にキッチンへ並んで立った。
「ねぇ。」
里香が野菜を切りながら言う。
「最近、楽しい。」
「俺も。」
「前より会話増えたね。」
「そうだな。」
特別なことは何もない。
でも、そんな毎日が心地よかった。
翌週。
駅前のカフェ。
「久しぶり。」
茉莉と里香は、いつもの席で向かい合っていた。
「最近どう?」
「平和。」
「うちも。」
二人は笑い合う。
「『妻同盟』も完全に解散ね。」
「そうね。」
その時だった。
「茉莉!」
店の入口から女性が駆け寄ってきた。
「彩香!」
大学時代の友人だった。
「偶然!」
「久しぶり!」
三人で席に着く。
少し世間話をしたあと、彩香が困ったように笑う。
「実はね……。」
「どうしたの?」
「うちの夫がさ。」
茉莉と里香は顔を見合わせる。
「また帰りが遅くて。」
「連絡もなくて。」
「家事も全然手伝わなくて。」
「『ありがとう』も言わなくて。」
彩香は大きなため息をつく。
「どうしたらいいと思う?」
沈黙。
茉莉と里香はゆっくり視線を交わした。
その目は、半年前と同じだった。
里香が静かにコーヒーを口へ運ぶ。
茉莉は優しく微笑んだ。
「怒るより。」
「ええ。」
里香が続ける。
「ちょっとだけ、作戦を立ててみない?」
「作戦?」
彩香が首をかしげる。
茉莉は悪戯っぽく笑う。
「大丈夫。」
「ちゃんと効くから。」
「本当に?」
「もちろん。」
二人は同時にカップを持ち上げる。
カチン。
懐かしい音が響いた。
その音を聞きながら、彩香はまだ知らない。
目の前の二人が、かつて数々の"ダメ夫"……いや、愛すべき夫たちを、更生へ導いてきたことを。
店の外では、一馬と優吾が偶然ばったり出会っていた。
「おっ、優吾。」
「一馬!」
「今日は?」
「里香を迎えに来た。」
「俺も茉莉。」
二人は笑い合う。
店内の窓際では、楽しそうに話す三人の女性。
「また女子会か。」
「仲いいよな。」
「ありがたいことだ。」
何も知らない二人は、笑いながら店へ入っていく。
その後ろ姿を見つめ、茉莉が小さくつぶやく。
「来た来た。」
里香も口元を押さえて笑う。
「相変わらず、タイミングがいい。」
四人の笑い声がカフェいっぱいに広がる。
夫婦は、勝ち負けではない。
支配する者と、される者でもない。
少しだけ相手を思いやり、
少しだけ素直になる。
たったそれだけで、毎日は驚くほど温かくなる。
これは、ダメ夫を矯正した可愛い妻たちの物語。
そして――
愛すべき夫婦が、お互いを少しずつ育て合った物語である。
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