妻たちは今日も共犯者。
第三幕 夫防衛同盟、始動?
「なぁ……。」
昼休み。
会社近くの喫煙所で、一馬が神妙な顔をしていた。
「最近さ。」
「ん?」
優吾が缶コーヒーを開ける。
「茉莉、優しすぎる。」
「は?」
「怖いくらい。」
「何だよ、それ。」
「怒らないんだ。」
「いいことじゃん。」
「違う。」
一馬は首を横に振った。
「連絡したら『ありがとう』って言われた。」
「うん。」
「洗濯物を畳んだら『助かる』って。」
「うん。」
「ゴミを捨てたら『頼りになるね』って。」
「……それの何が怖い?」
「全部。」
優吾は吹き出した。
「お前、完全に怒られ慣れてるじゃねぇか。」
「そうなのかな。」
「そうだよ。」
しかし、一馬は納得できない。
「茉莉がこんなに優しいなんて……絶対裏がある。」
「考えすぎだ。」
そう言った優吾だったが、
「あ。」
スマホが震えた。
画面には里香からのメッセージ。
『今日もお仕事お疲れさま♡
無理しないでね😊』
優吾は固まった。
「……どうした?」
「いや。」
「何?」
「里香が優しい。」
「お前もじゃねぇか!」
二人は顔を見合わせた。
「……怪しい。」
「怪しい。」
声がぴったり重なる。
その日の夜。
一馬の家。
夕食を終えたあと。
「ごちそうさま。」
「はい、お粗末さまでした。」
茉莉は食器を片付け始める。
一馬は立ち上がった。
「俺、洗うよ。」
「え?」
「いつも任せっぱなしだし。」
茉莉は少し驚いたあと、にっこり笑った。
「ありがとう。」
「……。」
その笑顔を見た一馬は、少し照れくさそうに台所へ向かった。
(あれ……。)
不思議だった。
褒められると、
もう一回やろうと思ってしまう。
同じ頃。
優吾も食後にソファへ寝転ぼうとした。
「優吾。」
「ん?」
「お皿。」
「あ。」
珍しく自分から立ち上がる。
「洗っとく。」
「助かる。」
里香は自然に笑った。
その笑顔を見ると、
不思議と嫌な気はしなかった。
翌日。
「なぁ。」
「何だ?」
一馬が真剣な顔で言う。
「俺たち。」
「うん。」
「操られてないか?」
優吾は静かにコーヒーを置いた。
「実は俺も思ってた。」
「やっぱり!」
「最近、嫁の機嫌が良すぎる。」
「そう!」
「俺たちが少し何かすると、すぐ褒める。」
「そう!」
「……これは。」
二人は顔を近づける。
「教育されてる。」
沈黙。
「……。」
「……。」
「いやいやいや!」
二人は同時に笑った。
「犬じゃあるまいし。」
「考えすぎだ。」
「だよな。」
笑いながらも、
心のどこかに引っ掛かるものが残った。
その週末。
ショッピングモール。
一馬は茉莉と買い物に来ていた。
「ちょっと本屋さん寄ってくるね。」
「うん。」
茉莉が歩いて行く。
一馬は何気なく後ろ姿を見送った。
すると。
「あれ?」
向こうから歩いてきたのは里香だった。
「里香さん?」
里香は一馬に気付くと、
「あら、一馬さん。」
と笑顔で会釈した。
「優吾は?」
「今日はゴルフ。」
「そうなんですね。」
二人が話していると、
茉莉が戻ってきた。
「あ、里香!」
「茉莉!」
二人は驚くほど自然に笑い合う。
「偶然だね!」
「ほんと!」
楽しそうに話し始める二人。
その様子を見た一馬は、
(……仲良かったっけ?)
と首をかしげた。
翌週。
「昨日さ。」
一馬が言う。
「茉莉と里香さん、ショッピングモールで会った。」
「え?」
優吾も驚く。
「偶然じゃね?」
「そうかな。」
「でも。」
優吾は思い出したように言う。
「この前も名前が出てた。」
「え?」
「『里香がね』って。」
「茉莉も。」
二人はゆっくり顔を見合わせる。
「……。」
「……。」
「もしかして。」
「知り合い?」
「いや。」
一馬は小さく笑う。
「気のせいだろ。」
「だな。」
その会話を、少し離れた席で聞いていた人物がいた。
営業部の後輩・健太である。
(あの二人……。)
健太はニヤリと笑う。
(面白そうな匂いがする。)
その日の夕方。
駅前のカフェ。
「危なかったわね。」
茉莉が苦笑する。
「一馬さん、勘がいい。」
「優吾も。」
「そろそろ気付くかも。」
里香は少し考え込んだ。
「でも。」
茉莉は悪戯っぽく笑う。
「気付いてもいいんじゃない?」
「え?」
「作戦がバレても。」
「もう効果は出始めてる。」
「確かに。」
「それに。」
茉莉はコーヒーを飲みながら微笑む。
「今度は向こうが動く番かもしれない。」
その頃。
居酒屋では――。
「決めた。」
一馬がジョッキを握る。
「俺たちも調べよう。」
優吾も真剣な表情になる。
「ああ。」
「嫁たちが何を企んでるのか。」
「突き止める。」
二人は勢いよくジョッキをぶつけた。
「夫防衛同盟、結成!!」
……その瞬間。
店員が注文を取りに来た。
「ご注文は?」
「生、中ジョッキ二つ!」
「ありがとうございます。」
二人は真顔を崩し、思わず吹き出す。
秘密組織の結成にしては、あまりにも締まらない幕開けだった。
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