黒潮を越えて、土佐の港へ
紀州の港を離れた朱印船は、大きく帆を広げ、黒潮に乗って南へ進みました。
青く澄んだ海は、まるで船を優しく運ぶ道のようでございます。
風を受けた帆が大きくふくらみ、船は驚くほど静かに波を切って進んでゆきました。
夜明け前。
甲板には、いつものようにサンティアゴの姿がありました。
東の空へ向かい、胸の前で静かに十字を切ります。
「天の父よ。
今日も風を与え、
この船を正しい道へ導いてください。」
その祈りが終わるころ、お万と重蔵も甲板へ上がってまいりました。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
サンティアゴは笑顔で迎えます。
「今日は、お二人に海の道をお教えしましょう。」
そう言うと、空を見上げました。
「昼は太陽。
夜は星。
そして海の色。」
お万は首をかしげます。
「海にも色があるのですか。」
「ございます。」
サンティアゴは海面を指差しました。
「黒潮は深い藍色。
浅瀬は明るい青。
色を見るだけでも、水の深さがわかります。」
重蔵は驚いたように海を見つめました。
「同じ海に見えていました。」
サンティアゴは微笑みます。
「海は毎日、違う顔を見せてくれます。」
やがて、一羽の白い海鳥が船の上を大きく旋回しました。
サンティアゴは空を見上げます。
「あの鳥は港へ帰る鳥です。」
「ということは……。」
「はい。」
「陸は近い。」
昼過ぎ。
遠くに山並みが見え始めました。
「土佐だ。」
船乗りたちの声が一斉に響きます。
港へ近づくと、多くの漁船や商船が行き交い、活気に満ちた町が姿を現しました。
お万は目を輝かせます。
「日本にも、こんなに賑やかな港があるのですね。」
重蔵も感心したように頷きました。
「ここでも、新しい商いを学べそうです。」
船はゆっくりと港へ入り、新しい帆を張り替え、真水や米、野菜、塩、薪を積み込みます。
リン・メイファは市場へ向かい、新鮮な魚や野菜、香辛料を買い集めておりました。
「今日は土佐のお魚で、皆さんにごちそうを作ります。」
その夜。
船の上には魚を焼く香ばしい匂いが漂います。
船乗りたちは笑顔で食卓を囲みました。
食事のあと、サンティアゴは満天の星空を見上げます。
「ご覧ください。」
「北の空には北極星。
南へ進めば、その高さが少しずつ低くなります。」
お万は静かに空を見上げました。
「星も旅を教えてくれるのですね。」
「ええ。」
「神様は空にも海にも、道しるべを残してくださいました。」
お万は胸の前で静かに手を合わせます。
「家康公。
私は毎日、新しいことを学んでおります。」
翌朝。
朱印船は再び帆を揚げました。
目指すは、鉄砲伝来の島――種子島。
黒潮は変わらぬ力強さで、南へ向かう一行を静かに運んでいくのでございました。
⸻
次回 第四話「鉄砲伝来の島・種子島」
種子島で、お万と重蔵は南蛮文化や海外交易の歴史に触れます。そしてサンティアゴは、「海を渡る者に最も大切な心」を二人へ語り始めるのでございました。

