【SF】Ice Cream Holiday【性描写あり】
雨の匂いのする心地のよい風が吹いていた。
無人のカフェを曲がると、旧市街の教会が瓦礫となり通りに散らばっていた。
その向こうに見えるアパートも爆撃を受け、かろうじて立っている。
それ以外は街はのどかなままで、日没前の時間の中に沈んでいた。
動くものも、音もなかった。
ロナルドの鋭敏な鼻にも、すでに終わった戦闘が残した鉄と油と硝煙と僅かな血の臭いしか届かなかった。
不意に、ロナルドの肩が撃ち抜かれた。
ああ、と彼は狼狽した。
自分は不注意だった。
教会の瓦礫に潰されていた兵士が発砲したのだ。
埃まみれの顔半分と、左手だけをレンガの隙間から出していた。
幼いその兵士の目はおそらく見えてすらいないだろう。
死の間際のラッキーショット。
あと数時間経てば、その兵士は死ぬだろう。
だが、マリアの乗った汎用Pスーツの足がレンガごと兵士の頭を踏み砕いた。
およそ2.5mの汎用Pスーツが平坦なアスファルトの上に両足をつく。
土塊に汚れた兵士の血肉は、もはや瓦礫との区別は出来なかった。
「これじゃ安全とは言えないな」
マリアは頷き、ロナルドを抱き上げた。
首を横に振りながらマリアは歩き出す。
「いや、俺が不注意なだけか。
臭いだけで言えばもう生きてるものは居ない。」
マリアは汎用Pスーツの目を指した。
赤外線でも生き物は居なかったと言いたいのだろう。
「そうか、ならせめて、今夜はベッドで寝たいもんだな」
そう言った瞬間、旧市街に明るく輝く弾頭が着弾し轟音が響いた。
「ああ、世界遺産だもんな。
とりあえず、壊すのか。」
光から目を庇いロナルドが呟いた。
その声がマリアに聞こえたかは分からない。
立て続けに数発の弾頭が舞い降りた。
マリアはロナルドを庇いながら駆けだした。
人畜無害で、ありふれていて、無価値な郊外まで走り切った時には日がすっかり落ちていた。
他の家よりも僅かにドアの高さがある家を選び、マリアはロナルドを戸口におろした。
マリアの汎用Pスーツでは扉ごと破壊してしまうからだ。
ロナルドは必要最低限の出力で扉をこじ開けた。
生活感の漂う玄関。
汎用Pスーツを潜らせると、傘や棚の上の小物が床に落ちた。
明かりを点けることは出来ないが、ロナルドの嗅覚と視覚をもってすれば大きな問題は無かった。
だから汎用Pスーツからプラスチックが割れるような音がして、搭乗員のマリアが出てくるのがはっきりと見えた。
暗い中でもはっきりと見える白く、身体に張り付くボディースーツ。
旬のスイカの様な異常に発達した乳房。
特に機能的必要性を感じない、腰までのツインテール。
そして、約120cm程の体躯。
「おなかすいたー」
汎用Pスーツの背中から飛び降りたかと思うと、マリアはロナルドの腹に飛びついてきた。
鳩尾のあたりに感じるマリアの柔らかな髪をに軽く触れる。
「チョコ味まだあった?
あたし、チョコ味とメープル味が良い」
ぐいぐいとロナルドを汎用Pスーツの方へ押していき、座席の後ろにある雑嚢を引っ張り出させた。
「どっちももうない。
今朝食べたろ。」
残り合計6個になったレーションは全てチキン味で、適当に選んだ一個をマリアの方に差し出した。
「いやー甘いの食べたい」
マリアはレーションを受け取らずふくれっ面になる。
「あるといいな」
2つのレーションをつまみ上げたロナルドは、先にリビングに向かった相方を追いかけた。
暗がりの中、ソファに身を埋めレーションをかみしめる。
童話のように両耳まで裂けた口だ。
食べようと思えばレーションなんて一口だ。
だが、ロナルドは何口にも分け、惜しむように固くてボソボソした配給品を口にした。
半分ほど食べたところで、マリアがジャムの大瓶やスナックを物色してきてローテーブルに並べた。
「ほらこういうのがいい
美味しいでしょ、こういうの」
スプーンで遠慮なくすくった果実のジャムを口いっぱいに入れて彼女は満足げだ。
「ロナルドにはあげないよ
さっきマリアに意地悪したもん」
「意地悪じゃない。
本当にチョコ味のレーションがなかっただけだ。」
本当にそうなのかとマリアはわずかに首を傾げた。
明るい青の瞳が闇のなかで無邪気に揺れた。
「じゃあ、ロナルドもこれ欲しい?」
「一口くらいはな。」
そう言った次の瞬間に、ロナルドの突き出た鼻先に甘い香りがした。
マズルの口にマリアがジャムを口移ししていた。
人工的な甘味料の味を媒介に、マリアの異常に高い体温が伝わる。
投薬している情緒コントロールのための薬の切れ目だ。
もしこの瞬間を敵に見つかったらひとたまりもないな、ロナルドは声を出さずに笑った。
「ケチくさいなマリア。
もっとくれよ。」
常に焦点の合わない目をした彼女の碧眼は、優しく弧を描き、手でジャムの瓶を引き寄せた。
そして、ためらいなく細い指先を瓶の中に入れて中身をかき出し、肩口、乳房、下腹部、股間から太腿のかけてジャムを自分自身に塗りたくった。
「ケチじゃないもん」
なぜか勝ち誇った顔で笑って、マリアはソファにコロンと横たわった。
ロナルドはジャムが体毛につくのをわずかばかり気にしながら、マリアの肩口のジャムをなめた。
肉厚でざらついたロナルドの舌は容易にマリアの身体についたジャムを拭った。
舐めるたびに、マリアは我慢できなさそうに身体を震わせた。
もっとマリアの身体の存在を確かめたい、今でさえ死の間際なのかもしれないから、そう思った。
思えば思うほど、身体は猛った。
「ロナルド、好き、大好き」
マリアは軽く言葉にする。
ロナルドは唸るような相槌をするだけだ。
「マリア、新しい薬は打ったか?」
次第に意味もなく卑猥な戯言を口にしだすマリアの口元を押さえて尋ねる。
マリアは不満げな目をしながら、小さく頷く。
そして、腰を浮かせて擦り寄せ、じっとりと湿ったパーツを布越しに合わせてみせる。
「わかってる。」
ロナルドは余計な衣服を最小限避けて、蕩けてひくつく粘液のなかに生殖器を差し込んだ。
過剰にのけぞり、痙攣するマリアの身体。
中は平熱ではなく、薄い筋肉が細かく蠢く。
「あ…」
浅い息。
マリアは腑抜けた柔らかい慈愛の表情をして
「おかえりなさい」
とそういった。
ロナルドは粘膜を掻き分け、入るところまで精一杯突き入る。
お互いの体躯はあまりに違う。
だから、ロナルドの全ては入らない。
今ですら、下腹部がパンパンになったような感覚を互いに感じている。
それ以上突き入れることなどせず、腰を動かすこともせず、ロナルドは出来るだけ明るい声音を作って
「ただいま。」
と言った。
招かれたのは雄だが、ロナルドもまた、おかえりと呟いた。
精神分析をするまでもなく、互いが帰る場所は既に互いでしかないと彼は悟っているからだ。
感傷的な気分などマリアは理解できていないのだろう、彼女は腰を前後させ少しでも快感を得ようとしていた。
その微力すぎる動きに応え、ロナルドは暴力的に腰を打ち据える。
肉壁が押し込まれ、内臓の弾力が犬の生殖器を押し返す。
口からは満足そうな嬌声がこぼれるが、果たしてそれは快感や男への媚などの平和的な物なのだろうか。
それは、膣から内臓を押しつぶされる苦痛が例の薬に寄って、甘い甘い快感へ変換された故の副産物なのではないだろうか。
ロナルドは首を振った。
これが最後かもしれないセックスを、空しい気遣いで台無しにするのは馬鹿げている。
もっと、と繰り返す唇を食らうように塞ぎながら、激しく、壊すように犯した。
が、それは徐々に速度を落ち、だた繋がって両手で彼女を抱きしめるのみとなった。
レナードは静かな夜の音を聞いていた。
雪に沈むロッジの中、爆ぜる薪に横眼をやった。
彼の目には何の感情も無かった。
ただ穏やかな、白い夜を引き延ばすことが彼の願いだった。
柔らかソファに腰かけたまま、僅かに伸びをする。
もう横に鳴ろうかと思った時、テーブルに乗せた端末に速報が流れた。
「終戦協定の締結」
要約されたニュースの内容がテロップとして流れた。
レナードは寝息にもにた息をついた。
そして一瞬思い出した。
彼が提供した遺伝子をもった戦闘員がまだ、先ほどまで戦っていたことを。
いや、まだ戦っているのかもしれない。
そして、死ぬのかもしれない。
だがそれはレナードにはもはや何も関係はない。
「彼らは私とは関係ない。
死んでいった私のコピーも、これから生まれてくるかもしれないコピーにも」
それは快適に暮らすためのオマジナイ。
一言だけささやいた後、大きな二重窓からオーロラを一瞥して寝室に向かった。
明け方4時過ぎ、家の外は土砂降りでとても日が明けるとは思えない暗さだ。
手のひらの中の小さな端末で、次の集合地を確認する。
すでに爆撃を受け、廃虚と化した地方都市。
そこでどんな意義の戦闘が行われるのか。
それはこの終戦を目前に控えた予定調和の戦争の中では明らかだった。
少なくとも、過去3回の戦争を体験したロナルドには分かっているつもりだった。
不意に死んで行った同じロッド数の兄弟たちの姿が脳裏に蘇った。
もう残りは彼だけだ。
新しい生産もすぐに停止し、本当にロナルドと同じ姿をした兵士はもう一人しかいない。
ロナルドはすでに7歳。
老いた。
戦死者の数合わせをするのは適当な兵士だろう。
彼の腹を抱いて眠るマリアも、また。
自然な動作でマリアに目をやれば、青い瞳と目が合った。
「おはよ」
マリアはもぞもぞと這い上がり、ロナルドの腕のなかに収まった。
そして、自分の端末ではなくロナルドの端末を見ながら、彼の毛皮に口元を埋める。
「次の場所、近いね」
「そうだな。
走って3時間程度だ」
「終わるのかな、戦争」
「…多分な」
意味があっても無くても、指示されるままに殺し殺される。
そのために生まれてきた、だから良いんだろう。
ロナルドは目を閉じて、マリアの髪に鼻先を埋める。
「行くの?」
「…他にどこに行くんだ?」
「例えば、アイスクリーム屋さん」
「は、はははは…アイスクリーム屋さんか良いか。
だったら冷蔵庫がまだ生きてるところまでいかないとな。」
「んー?それって遠い?」
「集合地と反対に走れば、最短距離だ。
市民避難地区だが、電気が生きてる。
きっとアイスクリーム屋にアイスくらいのこってるだろう。
…少しカチカチになってるかもしれないけどな。」
「じゃあ行こうよ、一緒に食べよ?
死にに行かなくても良いよ
あたし、クッキーとマシュマロとキャラメルとピスタチオが入ったやつがいい
君は?」
「俺は普通にバニラでいいよ」
「じゃあ、イチゴソースをいっぱいかけなよ
おいしーよ」
「ああ……そうだな」
どうせ処分されるのが分かっているなら、それでもいいと思った。
だが、それはあくまで夢だ。
「マリア、お前もう薬ないだろ。
キャンプで補充しないと駄目だ。」
幾度となく注射を行った傷のある首の後ろ。
それを鼻先でなぞる。
そして、処分されるのだとしても集合地に戻る最大の理由があると、今までの夢物語をせせら笑った。
「お薬、もうないよ
でも、あたし最後に君と好きなところにいきたい」
ロナルドは黙り込んだ。
マリアが投薬しないとはどういうことなのか、7年分の知識を呼び起こす。
ジュブニルシリーズ、訓練された兵士を手術で子供程の体躯にする。
非常に堅牢なアーマースーツのパイロットとして搭載。
感情や痛み葛藤の全てを日常的な投薬によって制御する。
極めて非人道的な人身供犠。
長年投薬し続けているマリアから薬を抜いたらどうなるか。
おそらく、禁断症状でアイスクリームどころではなくなる筈だ。
「マリア。
薬は飲まないと駄目だ、集合地に行こう。」
「いや
あたし、最後に君とアイスクリームを食べたいから
もうそれだけだから
行こうよ、アイスクリーム屋さん」
「………処分されると決まってるわけじゃない。」
「決まってるよ
薬、三日前に配給されなくなった
それって廃棄ってことだよ
今までも同じの見てきたから」
マリアの目は普段のぼんやりと夢を見る目つきではなく、はっきりとした意志を持ってロナルドを見ていた。
薬の血中濃度の低下。
思い返せば、薬の効き目が薄くなってきたことは薄々分かっていたことだった。
意味のある言葉を話す、思考する、戦闘が鈍る。
ロナルドはアーマースーツの傷だらけの表面を見た。
およそ一週間前までは、戦闘を繰り返しても埃と血以外は汚れの無かったボディだ。
「…合理的じゃないな。」
「いいんだよ
人は合理的じゃない
特にその最後は」
「わかったよ。
じゃあ、行こう。」
起き上がった2人は、律儀にベッドメイクして間借りした部屋を出た。
ありえたかもしれない未来として。
マリアは実年齢31歳の女性として生きていたかもしれない。
身長はこの国の平均的な女性の物として。
知識も情緒も平均的で平凡で、職業は軍人かもしれないが、あくまで平均の中で死ねたかもしれない。
そんな彼女だったら、終戦を喜びとともに迎えられただろうか。
想定された戦死者の数合わせのために破棄されることもなく、もしかしたら恋人や家族のもとに帰れたかもしれない。
マリアは歩きながら考えた。
普段なら、「もし」など考えない。
今は薬が切れて頭が冴えているから、こんなことを考えるのだ。
それに、だからこそわかっている。
彼女が「普通」に戻ることはないと。
雑草をかき分け進む音が身体に心地よくまとわりつく。
遅い午前の日の中を、ロナルドはマリアを担いでゆっくり歩いていた。
砲撃にあった時、汎用Pスーツは大破したので放棄した。
ロナルドのMAC-16とKA-BAR、マリアのGLOCK 21だけが今の装備だ。
そして予想より早くマリアの四肢は痺れを起こしていた。
歩けなくなったマリアの意識は、身体とは逆に活性化していく。
「端末が強制遮断された、私のもロナルドのも。」
マリアが端末を道端に投げ捨てる。
荷物がさらに軽くなった。
「やっぱり私たち処分対象で確定だね。
私たちのバックアップシステムが遮断されたんだ。」
「…集合地、行かなくてよかったな。」
「まとめて爆弾で処分されるのがいいか、個別で追い回されて処分されるのがいいか。
好みの問題だけどね。」
「でも…最後にアイスクリーム食べて死にたいだろ?」
「勿論。」
そういった直後、マリアは何度目かわからない嘔吐をした。
もう、吐き出せるものは吐き出してしまった。
口から吐き出されたのは、僅かな唾液と嗚咽だけだった。
マリアは目を閉じて、痛みの波を堪えているようだった。
ロナルドはただ歩を進める。
先程の砲撃で2人の進路は大きく狂わされていた。
だが、このままいけば、あと三十分ほどで町中のアイスクリーム屋にたどり着けそうだ。
ロナルドの足はアスファルトを踏みしめた。
開けた道の上で、敵からも見方からも2人は分かりやすい的にしか過ぎない。
しかし、最終的には目的地に続くアスファルト舗装の道を歩かなくてはならない。
ロナルドは慣れた仕草で、民家の陰にしゃがみ込み周囲を見回した。
街は無人だが、よじれたホース、すり減ったタイヤが積まれた山、子供用のプラスチックのスコップ、吹き溜まった菓子の袋、その他多くの物が人の気配を残していた。
2人には無関係な世界で、それらが示す符号を何一つ理解できなかった。
ただそれらは、小さな障害物で、踏み越えていく人工の塊に過ぎない。
不意に鼻腔に生臭いにおいが入り込んできた。
マリアが鼻から血を流し始めていた。
いやそれは血ですらなかった。
透明なオレンジ色の体液で、さらさらと鼻から流れ続けていた。
「休むか?」
「無意味でしょ、それ。
どうせ、数時間ももたないんだから。」
眉を下げて笑うマリアは、手の甲で何度も流れる体液を拭き上げた。
「もうすぐ着く。」
言った瞬間、砲撃を受けた。
音より前に建物が崩れてくる。
視野は閃光に暗み、全身に痛みを感じた。
音は聞こえなかった、臭いもしなかった。
それでも意識は消えない。
毛皮の焦げた手を伸ばし、ロナルドは背負っていたはずのマリアを探した。
見つからない。
ただやみくもに、動ける範囲に闇雲に手を伸ばす。
数十秒後、片目が僅かに開けるようになった。
黒焦げになった地面に、白が見えた。
真珠色の白。
マリアが着ているスーツの物だと確信した。
踏みつぶされた虫がまだ辛うじて動くのに似た動きで、ロナルドはそこまで這っていた。
僅か数歩先の距離を、全体力を使ってたどり着いた彼が掴んだものは、首と下半身、右手のとれたマリアの身体だった。
「マリア、お前」
生焼けにされた喉は音をなしたか分からない。
ただ、ロナルドは真珠色のスーツと、流れ出る赤い血にまみれた身体を見つめた。
そして、納得したように。
「ははは、お前がストロベリーがけのアイスクリームだったのか」
「なんだ、こんなに遠くまで来なくてもよかったのか」
といって、狼の口を大きく開いた。
マリアはバニラとストロベリーの味がした。
今にもとろけそうな、柔らかく甘い官能が口に広がる。
「おかえり、マリア」
そう言って、ロナルドは果てた。
ーendー
