【創作ミステリー】スノードームの祈り⑧南雲靖久:スノードームの夢 後編 〜聴取/支配人・蓮見
創作ミステリーの続きです。間が空いてしまいましたが今日明日で⑧の聴取パートは終わる予定です。今回は支配人の蓮見からの聴取です。
前回→⑧スノードームの夢 後編 〜聴取/目撃者・清川
次回→⑧スノードームの夢 後編 ~聴取/幕間~
南雲靖久:スノードームの夢 後編
〜聴取/支配人・蓮見〜
フロントを通り、再びバックヤードに入った俺たちは、円形の廊下を渡り蓮見の元を目指した。チェックインの時間まであと30分。すれ違う従業員たちは、誰もがバタバタしていて忙しそうだ。
「第二発見者の笠島、目撃者の清川と話を聞きましたが、今のところ事件を断定出来そうな情報はないですね」
清川の前に聴取した笠島を思い出す。菊田と一緒に遺体を発見したという笠島からは、特に有力な話を得られなかった。菊田とほぼ同じ内容で目新しいものは何もなく、ほぼ事実確認のみ。元々期待は薄かったからな。仕方がない。
「ここまではそうだな。でも、次からが本丸だろ」
「支配人の蓮見……そして、白峯あかりですね」
夏目が声を鋭くする。石黒について詳しいだろう二人を前に、緊張感が高まっているようだ。
「蓮見は支配人という立場上、ホテルのイベントであるコンサート開催に関わっているはずだ。開催までの経緯と石黒についてはいくらか聞けるだろう」
「そうですね。コンサートがこの死亡事件にどう関わっているかは分かりませんが、そこを解き明かすためにも、石黒の話は重要ですね」
夏目は小さく頷くと、辿り着いた支配人室の扉をノックした。すぐに中から招かれ、俺たちは室内に足を踏み入れる。
「失礼します」
「お邪魔します」
夏目と揃って礼をすると、正面の大きな木目調のデスクでパソコン作業をしていた蓮見が顔を上げた。
「ようこそいらっしゃいました。もう少しで区切りがつきますので、どうぞそちらにかけてお待ちください」
部屋の片隅に用意された応接用ソファを勧められ、俺と夏目は遠慮なく席に着く。
待ってる間、ぐるりと部屋を見回してみる。整然とした空間は広々としていて、書類棚やカレンダー、館内図、来客用コーヒーメーカーなど、オフィスらしさが詰まっている。しかし実務的でありながらどこか安らぎがあるのは、観葉植物や部屋に漂うアロマの香りのせいだろうか。蓮見の好みのせいなのか、はたまた客商売を生業にしているせいか、そこかしこに気配りのようなものを感じる。
蓮見は遅れてデスクを離れると、ガラステーブルを挟んだ俺たちの向かい側に腰を下ろした。歪みのない姿勢はさすがだ。背筋の伸びた所作ひとつ取っても、接遇のプロという風格が滲んでいる。
「お待たせして申し訳ありませんでした。捜査の方はいかがですか?」
「まだ何とも。でも進展はしていますよ。ご心配なく」
「そうですか。引き続きよろしくお願い致します。……さて、事件の件ですね」
「はい。いくつか質問よろしいでしょうか」
「もちろんです。なんなりと」
蓮見がスマートな笑みを浮かべる。やや姿勢を崩したのを見計らって俺たちも肩の力を抜くと、夏目からの質問は始まる。
「まず、石黒智哉の宿泊状況からお伺いします。滞在日時、滞在目的、宿泊プランや同伴者についてお聞かせ願えますでしょうか」
「石黒さんは本日開催予定のピアノコンサート興行のために来館されました。2日前の2月5日15時に、コンサートの演奏者である白峯様と同伴でチェックインなされて、明日2月8日にチェックアウト予定でした。お部屋は石黒さんに7階701号室のスイートルームを、白峯様に6階603号室のセミダブルのお部屋をご用意しておりました」
尋ねれば、スラスラと返答が返ってきた。事前に聞かれていた内容ではあるんだろうが、暗記しているあたり見事だな。
「白峯あかりはスイートルームではなかったんですね」
「元々おふたりには6階のお部屋をご用意していたんですが、石黒さんがグレードアップをご希望されたんです。石黒さんは白峯様にもスイートをと仰ってたんですが、白峯様ご本人がそれを固辞されたとのことで……結局、白峯様には当初ご用意していたお部屋を割り当てさせていただきました」
石黒は白峯にもスイートルームを用意しようとしてたのか。……白峯への待遇を見るに、やはり石黒はかなり白峯に尽くしていたようだな。
「固辞した理由は聞きましたか?」
「謙虚な方なようで、『私は普通の部屋で十分です』と仰ってたそうですよ。石黒さんはスイートにしようと何度も言ったらしいのですが、『私はいい』と断り続けたとお聞きしました」
「そのお話はどこから?」
「石黒さんからです。チェックイン時のご挨拶の際に、私どもとの会話の中で仰っていました。白峯様がスイートを辞退なさった、と」
——白峯はスイートルームへのアップグレードを断っていた。単なる遠慮に思えるが……石黒の過剰な尽くし方を、白峯がどう感じていたのかは気になるところだな。
「来館時の挨拶は、どのようなお話を?」
「その時は軽い顔合わせでした。コンサート設営など運営に関することはイベント係に任せてありましたので、私の元へは本当にご挨拶程度で。時間にして15分程度でしょうか。『コンサート開催を引き受けてくださってありがとうございます』とか、『成功させますので今後もよろしくお願いします』といったようなお話でした。あとは先ほどお話しした軽い雑談ですね」
思い返すように視線を上げた蓮見が、小さく首を傾げた。どうやら、特に重要そうな話は浮かばないようだ。
「なるほど……では、コンサート開催に至った経緯を伺ってもよろしいですか?そもそも、蓮見さんは石黒とはお知り合いだったのでしょうか?」
「直接の知り合いではなかったんですが、懇意にしているある企業の上役の方と石黒さんの仲がよろしかったようで、一度だけ札幌で飲み会をご一緒したんです。その時に当ホテルに興味を持たれまして、ぜひコンサートをさせて欲しいと熱望されました」
「売り込みがあったんですね」
「はい。それはそれは熱心な様子でした。『白峯あかりというピアニストの音楽はルミエールヴェールにこそ相応しい』と力説されておりまして……酒の席ではあったんですが、私も勢いに押されたところはありましたね」
言いながらも、石黒への嫌悪感はなさそうだ。穏やかに笑みを崩す蓮見の表情からも、それが窺える。
「蓮見さんほどの立場でも、押しの強さに根負けすることがあるんですね」
「確かに若い方のひたむきな姿勢に弱いところはありますが……でも、石黒さんが見せてくれた白峯様のピアノ演奏は本当に素晴らしかったんですよ。冬の空気のように澄んでいて、どこか切ない……そんな演奏でした。なので、お客様に喜んでいただける可能性は十分にあるなと思いまして」
そう語る蓮見の目には、深い感慨が滲んでいた。石黒の熱意と白峯の音楽に動かされたのは嘘じゃないのだろう。
「では、それがキッカケでコンサートを?」
「はい。といっても、開催に至るまで紆余曲折はありました。私から上に掛け合いはしたのですが、なにせ白峯様は……知名度という点では、判断に困るところがありまして。企画を通すのはなかなかに困難でした」
一瞬言葉を迷わせたが、蓮見は濁しながらも事実を述べる。気になっていた点なだけに、俺はそこを掘り下げようと話を広げる。
「そうでしょうね。通常ホテルに呼ばれるような演奏家ってのは、ある程度名のある方が普通でしょうし」
「それが通例ですね。当ホテルの客層を考えて、イベント時はいつも著名な演奏家にお声がけさせていただくことばかりです。ですが今回は閑散期で特にイベント予定もなかった上に、石黒さんが高額な使用料を提示されまして……結果、上も認める形になりました」
「高額な使用料……?」
ここでも金か。石黒の金回りを見ると、やはり詐欺で得た金はここに注ぎ込まれている可能性が高いな。夏目も同じ思いが過ったのか、一瞬だけ視線を寄越してくる。
「必要であれば、正式な金額については後ほどお見積もりの控えをお見せします。ご提示いただいたのはざっと通常金額の1.5倍程度で、足りないなら上乗せしてもいいとまで仰っておりました」
随分気前のいい話だな。明原に詐欺の被害総額を聞いた限り、かなりの金額をせしめていたようだが……一体全体、このコンサートにいくら金を掛ける気だったんだろうな。
「では、コンサートに関わる費用はすべて主催の石黒が出す予定だったんですね?」
「ええ。当ホテルの利用料から設営費、人件費に宣伝費に物販まで、すべておひとりで負担なされてたようです。総額はかなりの額になるんじゃないでしょうか。チケット金額とホールの収容人数を考えると、完全に赤字だと思います」
言い切る蓮見に、夏目が念を押すように追随する。
「それでもやりたい、と石黒は言ったんですね?」
「はい。上はしばらく難色を示していましたが、最終的に石黒さんは本部にまでお願いに行っていたようですよ。その甲斐あってか承認が下りまして、こうして開催の運びとなりました」
本部にまで直談判しに行ったのか。……ますます本気が伝わってくるな。
夏目も並々ならぬ石黒の執念を感じたのか、難しい顔を浮かべている。俺もまた、石黒の部屋にあった書類に記載された費用を思い返し、蓮見の言葉と照らし合わせる。
——おそらく、100万以上の赤字になるのは間違いないだろう。
「では次の質問ですが、ホテルに着いてから亡くなるまでの間、石黒さんに変わった様子はありませんでしたか?」
ここまででコンサート開催までの経緯はわかったが、あとは生前の行動だ。尋ねてみると、蓮見は深く考え込むように視線を落とし、しばし沈黙を保った。
「……特にありませんね。最初のご挨拶の時も、その後の設営やリハーサルでお顔を合わせた時も、変わった様子は見受けられませんでした。先ほども述べましたが、コンサートについてはイベント係が対応してましたので私はあまり関わる機会は多くなくて……ただ、強いて言えば、コンサート当日に向けて張り切っていらっしゃったくらいでしょうか。他には何も」
蓮見の石黒への印象は、清川の証言と一致していた。テンションが高く、浮かれて張り切っていたというのは間違いないようだ。
全ての質問を聞き終えたところで、俺たちはカメラの配置図と保存状況について、20時開催予定のコンサートのタイムスケジュール、ルームキーの使用履歴を確認した。
石黒のルームキーが最後に使用されたのは、深夜1時36分となっている。バーから戻ったのはその時間なのだろう。
気がつけば時間は、チェックインが始まる15時に近づいていた。蓮見が時計を確認したのを見て、俺たちは話を切り上げ退室することにする。
「ご協力ありがとうございました」
夏目が一礼すると、蓮見もまた礼を返す。
「引き続きよろしくお願い致します。また何かありましたらお声がけください」
見送る蓮見に背を向けたが、ふとひとつだけ確認しておきたいことを思い出し、俺は踵を返した。
「……そうだ、蓮見さん。『結城晴真』という方をご存知ないですか?」
唐突な名に蓮見は一瞬眉を寄せたが、すぐに首を横に振った。
「申し訳ありませんが、存じ上げません。ご宿泊のお客様でしょうか?」
「いえ、現時点ではわかりません。ただ、関係者の可能性もありまして」
「……そうですか」
短く答えると、蓮見は深く気にする様子もなく静かに頷いた。
「そういえば、今夜のコンサートはどうされるんですか?やはり中止ですかね」
「それが……白峯様から、『石黒さんのためにもどうしても開催したい』というご要望がありまして、開催の方向で動いているんですよ」
「白峯あかりから?」
聞き返せば、蓮見は表情を変えて頷いた。
「はい。午前10時半頃でしょうか。富良野署の方々の聴取が終わってからご相談されました。本来なら中止にすべきなんでしょうが、設営は昨日の時点でほぼ終わっていましたし、現時点では事故か事件かもわかりませんし……なにより、石黒さんはこのコンサートを本当に楽しみにしていらしたので」
しんみりと語尾を沈ませながら、蓮見が静かに俯く。石黒との関わりはそう深くないはずだが、熱意に動かされただけあって、悼みを覚えているのだろう。
亡き願いを叶えてあげたい——そんな想いが伝わってくる。
「ですから、私から本部に開催を掛け合いました。上からも事件を大事にせず、通常通り営業を行うよう指示がありまして、そのように進めております。ただ正直なところ……不安もあります。お客様の反応や、万が一新たな情報が出た場合を考えますと……」
言い淀みながらも、しかし蓮見は真っ直ぐに顔を上げる。
「ですので、捜査の進展を何よりお祈りしております。どうぞご尽力いただけますようお願い致します」
一瞬、静寂が流れて。早期解決を願い、腰を折り曲げた蓮見が深く頭を下げる。白峯の意思と石黒の遺志、そしてホテルの名誉のため。多くを背負いながらも、蓮見は前を向く。
その誠実さに胸を打たれ、俺は自然と敬礼をする。
「お任せください。早く皆さんが安心出来るよう、力を尽くしますよ」
穏やかに伝えれば、蓮見もまた頬を崩す。
——ここからは、俺たちの腕が問われるところだな。
真実を見つけ、日常を取り戻す。それが俺たちの仕事であり、意義でもある。
俺は気合いを入れ直すように緩んだネクタイを指で引くと、喉元にきっちりと収める。そして夏目を連れ立ち、支配人室を後にした。
