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完全帰国① 日本で0からの新生活

前回のお話
パートナー解消からの仮住まいでヤケクソな海外⇔日本暮らし

※うち風俗店エピソードのみ抽出した話
唐突に風俗デビューした先、繁華街の箱ヘルでの体験談

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落ち着いてきたので、過去話の続き。
今回は短い章かなと思ったが、意外と長くなってしまった。


兎にも角にも、私は11年間の海外生活を終え、完全帰国を果たした。

コネもなく経歴も微妙で、25歳になりたての自分。
中途半端に男を転がす事ばかり学んだ自分。
将来に対する不安が消えていた訳じゃなかったが、それでもずっと憧れていた成人後の日本での生活がいよいよ幕を開けるので、謎に希望に満ちていたとは思う。

時差ボケもすぐに治り、日本の空気を味わう。
最初のうちはキッチンシンクやバスルームの位置が全て低く感じて、再び不思議の国のアリス気分。
でも外の風景や街並みから日本らしさを感じて、ベランダに出たり近所を歩くだけでもとても楽しく、清々しかった。

ちょうどこの年に配信開始されたポケモンGOが世界中で話題だったのだが、以前の一時帰国の際はまだ日本でリリースされていなくて、一応海外スマホで落として起動したがポケモンが一体も居なかった事から秒で辞めてしまっていた。笑
しかし、こうして完全帰国を果たす頃には日本でもサービス開始されていて、日本の家族や友人達が皆こぞって遊んでいたっけ。
周りがポケGOに狂い出していて面白かった。
懐かしい…

それにしても、海外と違って安いメシでも美味しい国、そして夜でも(大体の場所は)徒歩で危険なく女が移動できる国って最高。

11年振りに日本に移住できて、本当に嬉しかった!

コンビニもファミレスも、何もかも新鮮で嬉しい。
素敵な飲食店や楽しいスポット、娯楽施設も多い。

ゲームセンターも、日本製のゲームは何十年も前の型落ちACゲームしか置いていない海外のゲーセンとは違って、当然最新の筐体ばかり。
プリも好きな時に撮れる。
当時VRゲームパークも少しずつ世に出始めていて、娯楽はいっぱい。
そんな、2016年半ばの過去話から執筆を再開します。

嫌な出来事はあったけど、一旦全てを仕切り直すとなると(それもずっと帰りたかった日本で)、もうワクワクしかない。
人は意外と強い。



最初の部屋を借りるまで


一人暮らしの住居をちゃんと契約するまでは、母が同年から住み始めた賃貸マンションに身を寄せた。
この時の母との関係はまあまあ良好だったが、ふとした時に"やっぱ合わねえな"が出てしまうとツラいので、一緒に取る食事などたまに母娘で過ごす時間以外は、どんどん積極的に外へ出掛けて行った。
まぁ母も働いていたし、ずっと会う訳ではないのが救い。
(とはいえ大嫌いまではいかないし、この頃くらいから現在に至るまで母の誕生日は毎年しっかりお祝いしたり、出来る範囲の親孝行は励んでいるんだけどね。)

日通の海外支店に頼んで船便で送って貰っていた家具や大きい荷物が日本に届くまで1ヶ月ほど掛かり、それらは届いたとしても母宅に置きづらいので、とりあえず最低でも1ヶ月以内には完全に一人暮らしを始める必要があった。
どのみち母とずっと2人きりで過ごすと喧嘩したり、あるいは気を遣ってしまう場面も出るので長く世話になるつもりは無かったが、一応リミットがしっかりとあった訳だ。

なんなら物件探し自体は最初の数日でカタをつけようと思っていたくらいだが、現実はそうもいかない。

その前に先ず、アルバイトでもいいから新しい職と、日本の電話番号(日本のスマホ)と、日本の銀行口座を手に入れる必要があるという事までちゃんと考えていなかった私は、引っ越しについてネットで調べている最中に色々学び、のっけから自分の甘さに気付く。

まあ、そりゃそうだ。
入居審査の緩さにもよるが、「職ありませーん日本の電話番号と口座ありませーん」じゃ大概の部屋は借りられないだろう。
この時私が持っていたのは海外の携帯番号と、WiFiが無いとクソの役にも立たない海外スマホ。
口座も海外の銀行のものしか開いていなかったし、所持していたカードは海外のデビットカード1枚。
持っていた写真付き身分証明書は、海外の運転免許証とパスポートのみ。
うーん。

ちなみにだけど、私はその後も面倒がって運転免許証を日本の物に切り替える事をせず、2017年頃にマイナンバーカードを作るまで、自分の顔写真が入った身分証明のカードを一切所持していなかったという……
もう運転しない勢からしたら、日本でマイナカードが世に出てからちょっと安心している。
何か身分の解るものを提出しないといけない場面で、パスポートしか出せないのはちょっと物々しいし。
でも日本の免許証は持っておくべきだったかな…?


まず職に関してだが、こちらは全然どうにかなった。

海外での学生時代、夏休みの一時帰国中に初めて日本でアルバイトした思い出のお店の系列店がたまたま近くにあった為、何となく求人に応募したら即受かった。
歓迎して貰えて、シフトもガッツリ入れられた。
最初の生活基盤を支えてくれた仕事となった。

…とはいえ繋ぎのバイトだったので、ちょっと落ち着いたら別の職で正社員か契約社員を目指さないといけないんだろうなーとボンヤリ考えていたところ。
(諸事情からこのバイト先で社員を目指す気はなかったし、そもそも何年も続ける気は無かった)

思った以上に簡単に働き始める事が出来てよかった!というのが当時の率直な感想だった。
数年振りに入るけど、勝手がわかる職場だしね。
しかも最初のうちは本当に働きやすく、楽しく、周りからもチヤホヤされてばかりだったのでラッキーだった。
この最初のバイト先での人間関係については、色々あり過ぎたのでまた後述する。


次にスマホに関しては、急ぎだったし生活自体がまだ安定していない頃だったので適当に格安の物を買うべきだったのかもしれないが、わりと大事な買い物と考えていた為、ある程度しっかりとした機種と会社プランを欲していた。
何度も何度も買い替えたくないという思いもあったし。
そして、当時はムダに天邪鬼でなぜかiPhoneが好きではなかったので、Androidで新しめの機種しか欲しくなかった笑
しかもこれといった明確な理由が無いので、こうして振り返ると歳食った今の方がまだ頭柔らかいかもしれん……

手持ちの海外スマホのSIMだけを入れ替える手もあったと思うんだけど、今後ずっと日本で生きていこうと思っていたし、ちゃんと日本のスマホ端末が欲しかった。
結局ネット上で済ませず大手携帯会社へ赴き、その場で触って機種を決めて直接購入&契約。
かなりお高い買い物だったが、分割が嫌いだし月々焦りたくなかったので、その場で景気良く一括払い。
これにてスマホと念願の日本の番号をゲット!
当時カワイイと思ったグリッターとポップなフレーク入りのシャカシャカケースも購入して、最高の気分だった。エモ。
ああいうケース、昔は海外に無かったし、日本のギャル感あって可愛いので実はずっと欲しかった笑

日本製スマホを手にした日は、なんだかすごく嬉しい日だったのを覚えている。
本格的に日本で暮らし始める、この感じ。
これさえあれば仕事も生活も人間関係も前向きに頑張れそうな気がした。

と同時に、キラキラの新しいスマホにうっとりしていたら、普段ナンパとかしなさそうな謎のチー牛が携帯ショップを出たところで突然声掛けてきてビビったのを思い出した ߹𖥦߹ 笑
自分から話し掛けてきた割には明らかにコミュ障のチーで、「あの~、もしよければ連絡先交換!」という言葉以外は全く聞き取れないほど変な喋り方だし超小声だしで、何言ってるか本当に解らなくて、ついついイラついて「はぁ…?」とだけ返したら、秒速でごめんなさい!!と声を上げて逃げて行った。
本当になんだったんだお前は…。
私の感動に水を差すんじゃないよ。


続いて、日本の銀行口座に関しても、特に問題無く新しく開設。
その先ずっと愛用するクレジットカードも作る事ができた。
日本での生活の第一歩が踏み出せたという訳だ。

いざ日本で暮らすとなって自分の口座を開くまで知らなかったのだが、実は幼い頃に母が別の銀行で私名義の口座を作ってくれていたようだ。
しかしその時とは登録してある苗字や住所も全く違って(親も離婚したし…)母本人すら当時の印鑑が判らないくらいの、20年前の埃被った古い口座だった。
通帳とキャッシュカードが残っている以上すぐに解約するのも何となくちょっと勿体無いような気がしてしまって、情報を変更する為に母と2人で銀行窓口まで相談しに行ったら、普通に登録情報もカードも全てアップデートして貰えた。
大昔の口座で印鑑も不明だったが、本人確認がしっかり出来たので大丈夫だったっぽい。

メインバンクは自分が開設した方のピカピカの銀行口座にして、こっちの年季入った口座はヘソクリ貯金用等に再開する事とした。
あと、バイト先によっては振込先の銀行の指定とかあったので、複数口座があると結局便利だよね。

こうして生活環境を整える準備は完了し、今度こそいよいよ一人暮らしの物件を決める段階となった。

考えてみたら、初めての日本での一人暮らしにばかりフォーカスしていたけど、そもそも完全なる一人暮らし自体が初体験だったかも……
親元を離れた後も、何だかんだ海外でハウスシェアしたり同棲したりな生活だったし。

歴代彼氏に対しての私は基本的に甘えん坊で、遠距離恋愛じゃなければずっと一緒に住んでいたいタイプだったので、この時まで誰かと同居してばかりの人生だった。
とは言え海外の住まいはどこも広かったので、なんだかんだパーソナルスペースは確保出来ていたし、今まで意外と自分一人だけでは暮らした事がなかったという事実に自分でもちょっと驚いた。

まぁ若干の緊張はあったが、とにかくこの段階では心配というよりワクワクの方が大きかったかも。
心配性の私としては珍しい……というか、恐らく浮かれ過ぎていた。


今思えば、この頃くらいから、心配性どこいった?ってくらいの大胆な決断が増えていった…。
(日本でハジけた期間のみ本当に狂っていたと思う)

とにかく、"良いお部屋を探して、新生活頑張ろう。新しい人生をエンジョイしよう!"と、前向きだったのは良かったかもしれないが。


で、最初はずっと自分で物件サイトを見ていたのだが、母が紹介してきたアットホームな街の不動産屋さんへ行ってみる事になり、そちらのおすすめ物件から候補を何軒か絞った。
女の一人暮らしなので、事前に話を聞いて、色々見て知っておきたいと思った。
親しみがあってまあまあ良い不動産屋だったな。

結果、駅から全然遠くないしスーパーも近いし、少しお洒落にリノベーション済みで、家賃も安過ぎないがかなりお手頃という1DKのキレイめな木造アパートに決めた。

様々な場所へのアクセス抜群で、全然新築ではなかったが外観はそこまで古臭くなく、家賃との兼ね合いもあって、内見後わりとすぐ第一候補になった部屋だった。
空き部屋は1Fで、窓からわりと公道が見えるのが気になったが、部屋割りはかなり良いし、お風呂の追い炊き機能も付いていたし、キッチンコンロは2口だったし、結局ここに決定した。
狭苦しくはなく、部屋の中がとても住みやすそうだったと感じたのがデカかったかな。

この物件に住み始めて暫く経ってどうなったかは、次章くらいに発表したいと思う。笑
結論だけ書いとくと、悪い部屋じゃなかったけど、良い部屋でも無かったんだよね…。


母に連帯保証人になって貰い、アパート契約は完了。

これにて、遂に日本での住居をゲット!

どんな形でも、自分だけの城だ。
この日は凄く嬉しかった。


帰り際に色々と話したのだが、過去私の母が物件を契約する際は夫(外国人父)に日本での収入が無かったため、都度兄弟である叔父さんに保証人となって貰って部屋を借りていたそう。
母は私より先に完全帰国してから既に引越しも一度経験し、この時の住居は帰国後二軒目のマンションだった。

この外国人の継父と私の母は、互いの言語が完璧じゃない者同士でくっ付き、再婚後軽く10年以上は経ってもコミュニケーションが本当にグダグダなままという珍しい国際夫婦だったので、家庭内で大事な話し合いをする際の理解度が互いに全く足りてなかったりもした。
まぁ言ってしまえば互いの言語能力の責任なのだが、途中で父だけ日本で就職出来ずに挫折して、海外へ戻ってしまった。
(そのお陰で、私があっちでパートナーと別れてどん底だった時に父の住居に身を寄せる事が出来たのだが……。)

今後ずっと日本で暮らすつもりがこうなってしまい、別れはしないが国を挟んで遠距離で過ごす夫婦となった二人。
母は女一人の生活を送り始め、ざっと10年以上ぶりに外勤をしたりして、色々あったとは思う。
基本的に夫を頼れないので全て自分でやるしかない。
そんな母は、「海外からの出戻り勢は最初は生活環境を整えるのに大変よねー」と言って、私の事を言葉では労ってくれた。

我々母娘は、帰国のタイミングはバラバラだったけど、絶妙に長く海外に居過ぎた気がする。
稀に、日本らしさとも海外らしさとも呼べない、どっちつかずな感覚を持っているような気がする時もある。
それでも、母も私も日本で落ち着く道を選んだし、結局日本の水しか合わないという事だ。

特に私は元々親に引っ張られて海外移住を果たした事もあり、その気が強い。
周りで海外に永住または何十年も住み続ける事を選ぶ人達はいたが、我々はその道を選ばなかった。
自らの選択で得た新しい生活を楽しもうと思った。


とまあ、やる事は多々あったが、お部屋探し自体は割とスムーズに終わった方だと思う。

入居日の折り合いでその後も少しだけ母のマンションで寝泊まりを続け、結局、母宅には計2週間ほど滞在したかな。
まぁ私にしては全て早々に終わらせた方じゃないか?

私の母は気のいい女っぽい振る舞いをするけど、実際ドライだし、この時はもう亭主と離れて暮らして一人で働いていたので、毎食ご飯を共にするとか、引越し祝いをくれるとかは全く無かった。
ただリビングに住まわせて貰っていただけ。
(結婚破談となった私の存在が恥ずかしかった…というワケじゃないとは信じたい)

ただ、すぐに身を寄せる住居があるだけで大分助かった。
この時は世話になりました。



増え続ける周りへの秘密


飛行機に乗って日本に降り立ってからの2週間は、地味に忙しなく色々やっていたので、友達と遊んだ回数はなんとたった一回ほど。
(海外の学生時代の友達とトンカツの名店へ行った…とても旨かった…!)
いろんな意味で遊び出したのは、一人暮らし開始後からだ。
まあ無難だね。

実は、引っ越し代自体は事前に風俗でこっそり貯めたので足りなくは無かったのだが、恥ずかしながら実際に日本で物件を契約するまで敷金・礼金・仲介手数料・前家賃といった初期費用のシステムをしっかり熟知していなかった事と、スマホ購入と家電購入なども重なって、自分の思った以上に出費がかさんでいた。
日本に完全帰国したという事で、すぐに年金や健康保険も自分の懐から払い始めた。

全然破産するまではいかないんだけど、それでも貯金額が大幅に減っていくと、どうも焦ってしまう性分だ…。

私は、自分でも愚かだとは解りつつも、日本に降り立って即風俗店に再び在籍する事となった。
快適な新生活と貯蓄のためだ。

もう感覚は麻痺してしまった後だったのだろう。
こんなにも早く風俗生活も復活してしまうとは。


ただし、前回とはグループも形態も全く違う店に在籍した。
痛客や店長と再会したくなかったのもあって、最初に在籍した箱ヘルに出戻る事は考えられなかったのだ。

風俗業、仕事内容はそんなに好きじゃなかったけど短期間で上手く稼げた体験が忘れられなかったのだろう……。
長くなりそうなので、この時入ったお店のエピソードもまた切り分けて別の記事に書いていこうと思う。

最初に決まった昼職バイトとは別に始めたので、帰国してからいきなり内緒の掛け持ち生活が始まり、基本的にはずっと忙しない日々だった。
(周りにバレず過ごせて良かった…)
今回は昼夜関係無くシフトに入った。
母宅に寝泊まりしていた頃から始めたので、母と顔を合わせる時は「引っ越し代の穴埋めで今だけ入っているガルバ」と適当に説明していたが、若干心配はされていたと思う…。

自分でもアホなのは十分解っている。
特別必要ない事にお金をパーッと使ってしまう性分ではないのだが、生活を変えるとそれだけで出費がかさむ。
なんだか貯金が減ると身が擦り切れるようで耐えられなくて、新生活の為にも少しだけやろうと決意し、再び手を出した。

今回はデリ…いや、ホテヘル。
詳しくは分けて別の記事に書いていくが、大体待機所の最寄りの徒歩圏内にあるホテルやレンタルルームで仕事をするので、客がつく度に車による「送り」があるお店ではなかった。
要は毎回歩かないといけない。

方向音痴なのに客が入る度にいちいち違うホテルの道をGoogleマップで見ながら出向かないとならず、非常にダルかったのを覚えている。笑
まあ、ラブホやレンタルルームが非常に多いエリアだったので、短期間の勤務だと私のような方向音痴は部屋を覚えるのにまず苦労する。
モタついてると通行人の目が気になって恥ずかしかった。

この仕事を得るまでの話と辞めてしまうまでの話は、また次回。



お部屋作り、環境作りに奮闘


とにかく、夢にまで見た日本での一人暮らしがいよいよ始まった。
母のマンションを綺麗に去り、契約したての自分の城に足を踏み入れた。

日本でのアパート暮らし。
最初はずっとドキドキ。

25歳だったけど良くも悪くも心は少女に戻ってしまっていたと思うし、まるで新社会人の気分。
とにかく何もかもが新鮮。
まだ全然ビジュもイケてたので、街を歩くのも楽しかった。

まずは掛け持ちバイトの合間を縫って、ひとりで荷解きと片付けを進め、お部屋作りを開始した。

生活する上で新たに必要な物も素早く買い揃えていったのだが、引越し業者経由で海外の家から船便で輸送中の家具や大きい荷物があったので、"あと少しで手元に戻ってくるから新しく買えず若干不便"というアイテムが意外と多かった。
ルームライトとサイドテーブルはすぐに届いて欲しかったなあ…
というか、これを言ったら元も子もないけど、海外の家で使っていた物は無理してまで運ぶ必要は無かったかもしれない。笑
送っても、捨てて新しく買っても、どのみちお金が掛かるなら所持していた物は引っ越しのプラン内で送っちゃった方がいいのかなーという判断だったんだけど。


引っ越して最初のうちは毎晩寝る前に電気を消してから、日本で適当に購入したテーブルランプの薄暗い明かりだけ点けた状態でスマホからYouTubeを見たりして、ほんのちょっとだけ寂しい夜を過ごしていた。

一人でいる事や自分の時間を持つ事自体は昔から大好きだったし、それをそこまで孤独とは思わなかったのだが、薄暗い空間にずっと一人でいる時だけは考え事が増えたり不安になる瞬間があったのだ。
元パートナーとの終わりを回想してしまったり、風俗に手を出してしまった事や将来への不安を感じたりと、色んな事を考えてしまう。
今にして思えば、知らない土地で一人暮らしを始めた事も後のビッチ化を加速させる要因だったのかな…?

ちなみに、結局一人暮らしの期間はテレビを買わず、WiFiも何を思ったかポケットWiFiしか契約しなかった笑

持ち運びできるし地下鉄とかでも使えるやん!という単純な理由からポケットWiFi一本の生活に挑戦したと思うのだが、正直今から8年前のこの時点でも普通のWiFiを契約すれば良かったな~と少し後悔している。
会社にもよるのかもしれないが、月額料金と長い契約期間の縛りの割には容量が足りず、メインとして使ったら月の途中で死ぬ。
当たり前だが自宅で使うなら据え置きのルーターに限る。
使ってみてよく解ったが、地下鉄はフリーWiFiある場所もあるし、私の場合は特にポケットに拘る必要はなかった。
身から出た錆だが、数年後解約するまで月々微妙に高い料金を払い続けて憂鬱だった……


テレビに関しては嫌いという訳ではなかったけど、海外暮らしが長過ぎて現行の日本の番組に全く詳しくなかったため(アニメ以外…)メディアや芸能界にも興味が失せてしまって、それなら無駄なお金使わなくてもいいかなー!という思いから購入せずに暮らしていた。
そもそも私が海外にいる間にアナログから地デジになっていて、よくわからんしテレビ自体どれも高くなったイメージがついていた…。
今現在は子どもがいる家庭でバリバリTV生活だけど、昔はこんな時代もあったという笑

しかもこの時、テレビを所持していないにも関わらず、NHKの洗礼もすぐに受けた。
引っ越してまだ日が浅いタイミングでNHKの人が訪ねて来たのだが、中坊のガキの頃から25歳までの大事な時期に日本で暮らしていなかった弊害か世間知らずだった私は、放送受信料を払わないといけないという事をまるっきり知らず、大変アワアワした。
訪問してきたNHKの男性はちょっと怖かったし。

……しかし待てよ、私テレビ持ってなくね?と気付き、話の途中からそれを必死に訴えたのだが、玄関先の男性が目敏く部屋の奥のテーブルに置いていた私のスマホに気付き、「それはiPhoneではないスマートフォンですよね?ワンセグ機能が付いている携帯電話を所持している場合も視聴に関わらず受信料を払う必要があります。」と押し切ってきて、無知な私はかなり絶望した。

なにそれ。
テレビ持ってねーのに。
海外から戻ったばかりでワンセグというものが何かもよく解ってなかったし、スマホでTV番組の視聴なんてした事なかったのに……

なんだよそれ、ふざけんなよ、と正直思いながら拒否していいのかどうかも判らなかったし、ひとまず契約書みたいなモノを書かされ、私は煮え切らないまま支払いの口座登録をした。がっくし。

この時までずっとAndroidユーザーでめっちゃAndroid好きだったんだけど、コレの所為で固定費が更に増えたと考えたら全然iPhoneで良かったとちょっと後悔しだした笑
(この時のスマホもかなり良かったけど、数年後買い換えて以降はずっとiPhoneユーザーさ…)

この月から、家賃や新生活に関わる費用以外にも、日本に完全移住して自立した事から国保や年金の支払いなども当然開始していたし、貴重なカネがますます溶けていくような感覚に白目。
無駄遣いしてもしなくても、そもそも生きているだけで月々の支払いがあるわけで、可能な範囲でそれを減らしていかないと一人暮らしのやりくりは厳しくなるわけで……。
世知辛さを感じながら、ちゃんとNHKは払い続けた。
テレビねーけどな。ボケがよ。


やっと自分の城(アパート一室だけど)を持つ事が出来て、毎日楽しくはあったのだが、最初はなにかと試行錯誤だった。

日本での初めての一人暮らしはワクワクしたけど、悪い意味でドキドキする事も幾つかあった。
小学生や中学生の頃はまだ保護者に守って貰えたが、大人になってからの日本での生活は、当然ながら色々と学ぶ必要があった。
電車や日本の生活自体にも慣れなくちゃいけなくて、始めの1ヶ月はちょっとだけ外国人移住者の気分が抜けなかった。
日本人なのにね。

テレビ無し・ポケットWiFiのみの生活でなんとなく解るかもしれないが、この時の私は、"暮らしやすい生活環境のために色々揃えはするものの、削れるところは削る"といった感じで、悪く言えば質の悪さに耐えながら騙し騙し過ごしている部分もあった。
家電と生活用品は、我らがAmazonや楽天を駆使してポイントの溜まるオンラインショッピングか、近場の商店街の中で安物を叩き売っているお店で買い揃えた。
ベッドだけは無印良品の店舗で選んだが。

楽天は中古の冷蔵庫・電子レンジ・洗濯機の生活必需家電がセールかなんかで3点まとめて40,000円ほどだったので、当時は大変助かった。
こういうセット販売もあるんだなーと感心した。
その代わり、どれもミニサイズまではいかないが若干小さめだし、聞いた事がないメーカーの家電だったけど。
この中で後々壊れかけたのは洗濯機だけだったし、少なくとも一人暮らし期間のうちは持ってくれて、まあよかった。
楽天ではその他にも食卓テーブル、本棚、収納ケース等を購入。
(そういやこの頃はニトリとIKEA使ってないな…?)

炊飯器とカーテンと枕とシーツと部屋着と床マットを商店街の店でお安く購入した時は、私って買い物上手かも!とウキウキしていたが、そのうち炊飯器は1年以内に壊れた…。笑
商店街ショッピングって楽しいけど、どうも品質ガチャがあるなあ。
安物買いの銭失いって言葉もあるので、やっぱりモノによってはちゃんと拘った方が良いね。

他、DAISOとミカヅキモモコと3Coinsで、壁掛け時計や水切りラックや小物入れなどの日用品&生活雑貨も買い揃えた。
突っ張り棒やカフェカーテンも駆使して、部屋は日に日に可愛くなっていった!
センスをフル回転して、お金を掛けすぎずにガーリーな空間作りを頑張ったという訳だ。

しかし100均や300均ショップでのお買い物は直接店舗を回って持ち帰るので、一人で行くと最後は重たい大荷物を抱えてヘトヘトだった。
懐かしいなー。
そんなに量あるなら、今は(3CoinsもしくはDAISO系列だったら)オンラインストアで買っちゃう。
ある程度好きな部屋に仕上げるには、時間とお金と体力が必要である。


無理なく理想を追いながらも、実態としては安かろう生活を送り始めた訳だが、一応ここぞという物にはちゃんとお金を使った。
スマホがまさにその一例だけど、他にちゃんとコストをかけて購入したのは、調理と食事に使う物、衣類数着、普段よく使う持ち物かな。

節制の為に料理やお弁当作りを頑張ることを決意し、この頃からわりとしっかり自炊を始めるようになったのだが、初めての自分だけのキッチン用品と食器類とお弁当箱とテーブルウェアは、100均ではなく良い感じのお店で一気に買い揃えた。
(高級店ではないが、オシャレで拘りのキッチングッズ専門店といった感じの所。思い出したら数年ぶりに行きたくなってきたな…)
この時風俗で得た給料を駆使して購入したのだが、トータルで4万以上使ってしまい、重さも凄かったので、店舗で購入したにも関わらず郵送して貰った。笑
家電とほぼ同じ値段使ってしまったのか…とも考えたが、意外と後悔は無かった。

この一人暮らし時代に買い揃えたキッチングッズはほとんど今でも残っているし、性能もデザインも凄くお気に入りで重宝している。
まあ、それ以降は300均や100均も上手く駆使してテーブルウェアを揃えているけどね。
(3Coins、THREEPPY、Standard Productsといったお洒落で安いプチプラブランドも大好き!)

誰かと一緒の時は外食をちゃんと楽しみつつも、基本自炊の生活を送っておいてよかったと思う。
のちに家庭を持ってから大概何でも子どもにサッと作る事が出来るし、飲食業のメニュー開発でも役立ったりと、実践的な料理を覚えられて良かった!
調理はそれまでも全くしなかった訳ではないが、一人暮らしで毎日何かしら自分の為に作る経験があるのとないのとでは経験値の幅が大違いだと思った。
映えごはんだけじゃなくて、毎日無理せずに"本当に食べられる物"が調理できるスキルが身に付くし。

更に昔、実家が海外にあった頃は、母が持ち込んだ日本の料理本や雑誌をよく読んでいた。
栗原はるみの本とか、古いオレンジページとかだったかな。
国柄でキッチンにデフォルトで大きいオーブンが付いていたのもあって、メインの料理からデザートまで気まぐれで色んな物を作ることが出来た。

この経験も多少役には立っていると思うが、この時はまだ料理ができないJKがレシピを見ようみまねで遊びで作っている程度で、ぶっちゃけ写真を撮る為だけにパスタ料理なりシュークリームなりマカロンなりを作っていた記憶。笑
(でも、お菓子作りに関しては生地からケーキやパイやタルトを作る術を身につけたし、やっておいて良かったかも…。)
海外での同棲生活時代も一応自炊はしていたが、その時は彼氏が料理人だったにも関わらず、全然私の料理スキルは上がらなかった。
彼は職人気質で、一緒に何かを作りたがったり彼女に優しく教えてくれたりするタイプでは無かったために、私の方は全然上達もしない。

ゆえに私は、一人暮らしを始めてからしっかりと料理の腕を磨いた。
お金と時間を使ってお料理教室へ行く事もなく済んだので、料理人のYouTubeチャンネルには感謝だ。


ここぞという時にお金を使った例として他に該当するのは、他者から見られやすい"衣類"と"普段の持ち物"。

高過ぎる服は買わないけど、日本に来てからちゃんと可愛い服や持ち物を所持したかったので、ホテヘルの最初の方の出勤帰り、可愛いデザインの傘とハンカチと長く使えそうなお洋服を一気に買ったっけ。
なんか懐かしい……。
中でも日本っぽい、とても可愛らしいデザインでしっかりとした作りの花柄ワンピースと傘は、その後も数年重宝した。

それまでは日本に来る度に値段や着やすさ的にINGNIばかり買ってたんだけど、ちゃんとお値段も万超の大人ガーリーなお洋服も多少は持っておいた方がいいと判断したのだ。
基本買うものはプチプラだけど、良質な物が少しだけあればそれでいいという生活(というか考え方)だった気がする。

少なくとも衣類に関してはナメられないようにある程度可愛い服を着て過ごしたかったし、急なデートにも対応できるし、最初に良いお洋服を数着買っておいたのは本当に良かったと思っている。
それ以外の大体の服はGRLでもHoneysでも何でもいいと思ってるけど笑



昼バイト在籍とビッチの実力開花


後ほど家に招く事となる女友達や男共からは、「のあちゃんの部屋可愛い!」と、私のアパートは結構好評だった。
そこそこハリボテな生活とはいえ、お部屋作りと昼職のバイトに関してはとても順調だった。
内緒の夜職は、出勤する度に早く帰りたかったが…泣

私は、この時から今に至るまで、日本での生活を愛している。

言葉を。
食事を。
文化や娯楽を。
コンビニのアイスを。
融通の利かなさ世知辛さはあれど、それでも過ごしやすく素晴らしい国だと思っている。

海外生活がイヤだった訳ではないが、たっぷり暮らして日本との違いを知って尚、私は最終的に日本を選んだ。

両側から通れるタイプの駅の改札で、向こう側から突如現れたがたまたま私の方がタッチが早く、数秒間改札を通れなかった見知らぬ若い女性に「死ねよ」と面と向かって言われた時は度肝を抜かれたが、そんな理不尽で心にグサッと来るような場面は日本でも日本国外でも、どの環境下でも起こり得る事だ。
(ていうか私も死ねよって言わないだけで他人に思う事は多いしな……)
時にストレス社会の闇を見たり、変な奴と遭遇する事もあるが、時間が経てば大丈夫だ。
日本での生活に完全に慣れるまでは時間を要したが、結局生まれ育った国ではあるし言葉も100%通じるので、どうにかこうにかゆるくやっていけた。

職場に関してもそうだ。
大変だが、慣れたらこっちのもん。

前述の昼バイトは、給料もそんなに良いわけではないし繋ぎで始めたものなのでずっと続ける気は無かったが、普通に受かって普通に輪に入れたし、辞める時までそこそこ熱心に頑張っていた。
お店の詳しいジャンルは伏せるが接客業である。
やり甲斐は割とあった。


この頃にできた新しい友達や、後に関係を持つ男達複数人と知り合ったのもこの店である。
流石にお客様には一切手は出してないけど、同じ店舗の上司や他店のヘルプの男子などなどと関係を持った。

……まあ、いきなり男関係が狂い出した様子については、これから順を追って書いていこうと思う。


ちなみに超正確な時系列はもう覚えていないけど、少なくともこの章で書いている男関係の話は大体が"同時進行"です。泣

闇のビッチ期を思い返すと自分でも本当に謎過ぎて、マジで何かに取り憑かれてたんかなと思うほどである……。
それではつらつらと綴っていきますが。


当時の昼バイトの店長は、29歳くらいだけど線が細くて可愛げのあるイケメンで、男女問わず優しく接してくれる人だった。
面白くて、ほんのちょっとだけ背が低め、爽やかで笑顔がキュート。
なのにエロかっこいい黒髪パーマとピアスも似合うお兄さんだった。
面接で会うなり私を即採用してくれた人で、その後もかなり可愛がってくれた。

もう一人、店長と仕事外でも仲の良い古株の35歳のアニキ分がいて、その人も私をよく可愛がってくれたと思う。
店での立ち位置はアルバイトだったけど本職がちゃんとあり、見た目はビシッとしているが髪型だけは年中ツーブロ。
昼間は副業OKな会社で働き、夕方以降はお店でシフトという生活を送っていて、仕事に対して厳しい姿勢ながら人情もある兄貴。
19歳のヤンチャしまくっていた頃に産まれた元嫁とのお子さんと、2番目の元嫁とのお子さん、更に現在の嫁とのお子さんも全員しっかり養っていて、とんでもなくパワフルだったのを覚えている。

店長と一緒に私の仕事ぶりを評価してくれて、トラブルシューティングもすぐに駆け付けてくれたりして、この二人は頼もしかった。
あと、何よりも普段からイヤらしさが無くて接しやすかった。

逆に、私よりも歳下のバイトの子らと店の客からのセクハラはたまにあって、地味にストレスが溜まる事があった。笑
基本的には仲良しだったんだけど、たまにダルい。
中でもよく覚えているのが、不細工だけど妙に明るい、18歳のヤンキーっぽい柔道上がりの男の子だ。
最初タメだと勘違いされていた事もあってか、初手から距離が近かった。
「カーチャンから貰ったからー」と言って焼き海苔の箱を分けてくれた時は思わずいい子やん…と感じたものだが(その焼き海苔も美味かった笑)、次第に礼儀が崩れまくってきて、途中からは言葉のセクハラ以外にも、実際にスカートをめくってパンツを見られたりなどした。
このエロガキが……。
良くも悪くも子供っぽ過ぎた奴かもしれない。

このガキと兄貴分の人とは男女的な発展は全くなかったけど、後々他の同僚達との間でなにかが狂っていったのは一人暮らし開始後、バイトの業務に慣れてきた辺りだった。


勤務中の話だが、実はお店自体そんなに忙しくなかったというのもあって、私は接客の質をなにより重視して働いていた。
早くも周りから看板娘認定された事もあり、愛想も仕事も可能な範囲でパーフェクトにして、老いも若きも色んな客から好かれるようになった。
そうなると、逆に厄介な場面も生まれてくる。
要らんアプローチと悪気の無いセクハラがウザい。
異性の思考回路について深くは考えていない最初のうちは、性的アピール無く、恋愛感情もグイグイ出して来ないお客様と同僚が本当に神のように思えた。

チーではないけどバッキバキのガチオタの常連様3人組とかはかなり好きだった。
ミームが解る彼らにだけは「入って、どうぞ」と出迎えて、承る時は「かしこまりっ!(バァン)」、アイスティーを提供する時にサッーと言いながら出した。
(狂い過ぎだろ……)

たかだか淫夢ネタではあるが、その3人組はこちらが嬉しくなるくらい爆笑してくれるのだ。
私がスローロリスをわざわざ弾丸で見に行った話なんかもすると、大喜びしてくれたっけ。
懐かしくて涙が出らぁ。

そんな純粋な(?)瞬間もあったのだが、私のバイト生活は何故かここからいきなり色欲に塗れていく。


けして崩壊まではしないが、水面下での男遊びが唐突に始まってしまったのだ。
人生初、風俗店での接客以外で、付き合ってもいない男性達の身体に触れまくっていた時期。

その切っ掛けは、なんと昼バイトの店長だった。

店長は格好良かったけど全く気取らなくて、周りに優しく、たまにドジで、ずっとあどけない笑顔を見せるような憎めない男だった。
いつからかシフト明けに店長とゲーセンへ寄って遊んで行くという習慣が付いたのだが、当然その頃は互いに恋愛的な感情やムードに浸る事は一切なく、ただただストレス発散で一緒にゲームをしたいからという理由で、少しの時間だけ集っていた。

ゲーセンで遊んだ後は店長が毎回私を自宅(最初は母のマンション、途中から一人暮らし開始して私のアパート)まで送り届けてくれるので、多少は夜遅くなっても安心だった。
車を持たないので徒歩ではあるが、わりと短い距離だったので問題は無かったし、そのトボトボ歩いている時間も店長はずっと喋り続け、実家のママチャリを手で押しながらいつもケラケラ笑っていた。

お店の営業の話、ゲームの話、元嫁の話、人生観の話。
テキトーに同調しながら色々な話を聞いたが、当時は店長も意外とストレスが溜まっていたのかもしれない。
母のマンションに居候していた頃は、到着してからもお話が終わらなくて、ヒソヒソ声で話していたにも関わらずマンション近所のジジイに「うるさいよ!」と窓から怒られ、しゃーなしで解散するなんて事もあった。

私の一人暮らしが始まってからすぐのある日、店長がうちのアパート前まで送ってくれたのだが、道中喋り疲れたのか、喉の乾きを癒す為に近くの自販機でコーヒーを買ってから帰ろうかなと言い出した。
すると、唐突に自販機のルーレットが当たりを引き、お互い全く当たるとは思っていなかった我々はビビり、焦った店長はおまけ選択でピーチネクターを押した。
「オレ初めて自販機当たったよ~」と嬉しそうに笑った店長は、無料で得たピーチネクター缶を迷わず私に差し出した。
私もなんか嬉しくなって、お礼を述べて、もし良かったら家の中で飲みましょうと提案した。
缶1本分だし、別にそんな長居しないだろうと思って、気軽に誘ったのだ。

そのまま私の部屋の中で座って、飲み物を片手に話し始めた。
その日は何の話をしていたか全く思い出せないんだけど、なんかの話題になった時にその繋がりで、店長がふざけて目を瞑って唇を突き出した。
イケメンがその表情をしているのが面白くて、私はちょっと笑った。
しかし数秒後、何を思ったか、私はその表情の店長にキスをした。

……ガチで自分でも謎だった瞬間。

男としては好きじゃないし、どちらかと言うと手を出したくない相手なのは間違い無いのに、自分から手を出してしまった。

昔から衝動的に突拍子もない行動に出る事はあったが、この時に関しては今でも本当に謎だ。
だって店長に対しては、今までの元彼達とは違って、最初から彼氏にしたいとか狙っているとかの思惑は一切無かったから。
自分自身でも予測不可能な行動だった。
店長は突然の唇の感触に流石に驚いていて、ぽかんとしていた。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔って揶揄するのが正しいと思う。

でも、数秒後にスイッチが入ったのか、ちょっと休んでいってもいい…?と小さな声で訊ねてきた。
私は頷いて、2人でベッドに移動した。
男女の関係になる瞬間はとても呆気無かった。


恋愛感情が一切無い相手、それも付き合っていない相手とヤるのは、この時が生まれて初めてだった。


その後の事を考えると、これぞビッチデビューした瞬間とも言えるかも。
(風俗バイトしてたから今更ビッチも何もないが)

私は多分、自暴自棄な部分があったし、寂しくもあった。

なんだかんだ数ヶ月のうちで環境が変わり過ぎて疲れていたのかもしれない。
パートナーと別れ海外での生活を棄て、こっそり風俗も始めたりと、2016年は怒涛の年だった。
これで大好きな日本で暮らして心機一転できる!と前向きに捉えてはいたものの、25歳になってしまって、未来への不安も募っていた。
貴重な20代前半を実のない男達との交際に費やしてしまい、挙句何も残っていないという焦りもあった。
判断力も鈍り、感情が迷子で、ちょっとおかしい時期だったのかもしれない。

自室で店長と裸になり、お互い色んな事を忘れるようにセックスした。
キスも愛撫も言葉責めも上手かったし、ベッドでの店長は結構エロかった。
普段のちょっと抜けた雰囲気からはギャップを感じたし、今まで知らなかった一面を見て、ちょっといいな…と思ったけど、彼氏にするというイメージが何故かそれでも湧かなくて、行為の最中も事後も付き合う事を匂わすような話は一切出さなかった。

店長は意外と丁寧に愛してくれて、クンニも自分からしたいと言ってくれたけど、風俗のバイトをこっそり掛け持ち中の時期だったので、なんとなく店長を守りたくて断った。

…が、性病予防は結局しきれていない。
ディープキスはしてしまっているし、私の方はサービス精神から自然とエグいフェラしちゃったし、おまけにゴムを買っていなかった事もあって、まさかの生挿入を許してしまった。
ここが本当にターニングポイントだったと思う。

歴代彼氏(の中でもちゃんとしていない部類の奴ら)が、不意打ちでゴム無しで挿れてくる事はこれまでも数回だけあった。
しかし奴らは一応ちゃんと交際していた間柄だ。
付き合っていない男と初めて普通にヤった上、断りきれずに初めて彼氏以外の男と生セックスをしてしまった……。
最低だった初めての彼氏に、外出しだったにも関わらず妊娠させられた19歳の頃の悪夢が当然蘇ってくるのだが、それから6年の月日が経過していた。

自暴自棄にも程があると理解しているし、今ではこの時の自分をぶん殴りたいくらいだが、私はリスクを背負ってまでセックスをした。

この夜を切っ掛けに、何かが弾けてしまった。


しかも、身体を重ねて多少は気持ち良かったものの、結局そこまで気持ちが満たされる事はなかった。
満たされなかったからこそ、その後もっと関係値の浅い男と寝る事に対するハードルが下がってしまったように思う。

おまけに店長とは、関係を持っても特別な感情は湧かなかった。
昼バイトはそれからも続けたし、仲は良かった。

意外と気まずくなる事は全然無かったのが救いだが、関係値が案外変わらなかった事に自分でも驚いた。
ただ、それから店長が落ち込んでいそうな時に2人で食事をして、家まで送ってくれた後またセックスした夜もあったが、それ以降は何も起きず、定期セフレになる事も無かった。
結局、情熱的に二度ヤッて、たまに普通の連絡をするだけの仲で終わった。
途中で店長が転職したり、私が別の男や仕事で忙しかったのもあって、自然と離れるに至ったのだ。


店長が変わってからも同じ昼の職場に在籍を続けたが、周りからはわりと清純派に見られていた事もあって、下心ありなし関わらず結構慕ってくれる男は多かった。
(内緒で風俗掛け持ちしててごめんという気持ち…)

彼らは元店長と私が身体の関係があった事を知らないし、特別仲がいい男同士じゃない限りは私に関する話もしないだろうし、ハッキリ言って食いやすかった。
バイト先の男全員と関係を持つようなアホな真似はしないが、口が軽くなくて縁があった男とはわりと軽く寝てしまったと思う。

ある日、他店ヘルプとして私の在籍店舗に臨時で来ていた黒縁メガネの小洒落た21歳男子と、初対面ながら勤務時間中に息が合って、ちょっと盛り上がった。

かなりの高身長、男らしい風貌だけどオシャレで、コミュ力も高く、都会の大学生って感じの子。
一緒に働きやすかったし、話せる時も会話が弾んで、その日はあっと言う間に退勤時刻となった。
いそいそと帰り支度をして、「じゃあ私上がるね、今日はありがとうございましたー」なんて挨拶して普通に帰宅しようとしたところ、相手が突然慌てだして、「ちょっと待って。俺上がるまであと30分だけ待ってくれない?」とこっそり耳打ちをされた。
少し考えたが、特にイヤじゃなかったので相手の退勤時間まで少し時間を潰し、その後適当なバルでご飯を食べて2人だけで打ち上げした。

彼は高校までがっつりバスケをやっていたらしく、195cmくらいととにかく背が高かった。
スリムながら体格も良く、黙っていれば年下と感じさせない雰囲気が結構いい感じだった。
それでも恋愛感情が持てるかどうかは正直判らなかったけど、相手の方は下心もありつつかなり私を気に入ってくれていた様子。
もう風俗経験と元店長との一件で自暴自棄ビッチのルートに入っていた私は、「終電無くしそうならウチ近くだから寝て行ってもいいよ」と、ズバッと相手が喜びそうな事を言ってのけた。

すると、案の定彼はとても嬉しそうで、尻尾振ってついて来た。
じゃあドンキで部屋着と歯ブラシ買って行く!などとニコニコしながら言っていて、上機嫌だ。
若さからか可愛げもあり、大型犬みたいに見えた。
デカい彼を部屋に招き入れ、シャワーを浴びさせて、時間差で私もシャワーと寝る前の支度を終えつつ、色々と話をしてから消灯。

のあちゃんすっぴん可愛すぎない…?なんて嬉しい事を言ってくれて、まあ悪い気はしなかった。
実際この時すっぴんにも自信があったし、部屋はなるべく片付けるようにしていたし、こうした不測のお泊まりは全然余裕だった。
彼はあまりに身体が大きいので、無印のシングルベッドは窮屈そうだったが、私にくっ付く口実を得て嬉しそうだった。

まあ自然と、そういう流れになった。

驚いたのが、相手が見た目は男らしいのに、実際ベッドで受け身かつ甘えん坊という事だった。
もしかしたら私が年上だったからかもしれないんだけど、それにしても喘ぎ声とか隠さないし、口調もいきなり彼氏みたいな甘えっぽい感じで、これまたギャップがあった。
男って、大体は男女の関係になった時の想像が出来ても、たまにこうして実際に寝るまでセックス中の態度が予測不能な人が紛れていて面白いかも……と感じた。

もっと色んな男を知ってみたいかもと思った。

2回戦までして、最後はまたゴム無しでヤってしまった。
こうして思い返すと、この時期すごいスピードでどんどん自分が狂っていくのが判る。

けして生セックスじゃないと気持ち良くないという訳ではなかったのだが、怠惰や堕落とは恐ろしく、店長とのたった2回のセックスの影響でナマが癖になってしまったような気がする。
それまでは真面目に交際相手としかしない、ずっとゴム着が基本だったのに……。
呑気なもんで相手はとにかくずっと気持ち良さそうで、衝動的にナマでしたの実は初めて!と興奮交じりに話していた。
そうですか。

終いには腕枕をしながら、「のあちゃんと付き合うにはどうしたらいい?」と真剣そうに訊ねてきた。
私は、何故かその一瞬だけ少し自我を取り戻したのか、「告白とか付き合うとかの前にえっちしちゃう人とは多分付き合わないかな」と、本心からの返答をした。
(なんでこの一瞬だけ普通の感覚を取り戻したのか解らないけど…)

彼はそれを聞いてしょんぼりとしていたが、その後も朝までくっ付いてくれて、解散時寂しそうにしながらも「また絶対連絡する」と言って去って行った。
家にいる間は、デカいワンコのように忠実になってくれたとは思う。


その後、たまにご飯を食べたり、互いの店舗にヘルプ出勤する際は一緒に楽しく働いたり(私も慣れてからむこうの店舗へ行く機会があった)、少し友達っぽい感じもあったのだが、もう一度焼き増しのようにウチに泊まってセックスをした別の夜を境に、"もういいかな"と思うようになった。

徐々に距離を置いて、関係は終わった。
優しくて楽しくて全然嫌いじゃなかったけど、未来もなさそうだし、なんだか飽きてしまったのだ。

女らしさやセックス以外の面でもちゃんとこっちを見てくれるのかが謎で恋愛感情は湧かなかったし、その後むこうから連絡があってもアッサリかわす事が出来た。
それと、相手が寝た後のベッドに髪の毛(短髪だけど)と脛毛とチン毛がかなり落ちていて、毛がもじゃもじゃな上に抜けやすいってマジで犬じゃんと思ったので……笑
しゃーないけど、他の男と比べても明らかに毛深い男子だったんだよね。
あそこまで全身の抜け毛が多い男性は初めて見たけど。

ブロックまではしなかったので、会わなくなっても懲りずに相手から連絡が来る時があったが、大分時間が経つ頃には普通に既読無視するまでになってしまった。
私も変わったなぁ…。

因みにその後のオチとして、彼はかなり頻繁に風俗に手を出すようになってしまったと周りからの噂で聞いた。
周りに女が居ないわけではなかったと思うのだが、何故か唐突にあらゆる風俗の超ヘビーユーザーとなってしまって、あっと言う間に生活もカツカツになったらしい。
私との初めての生セックスで火がついたのかどうかは知らないが、それから更に女が大好きになってしまったっぽい。
なんなら女の子のお店へ行っていない時でも女性を見ればどこでも声をかけるし、20代どころか40代の年上女性にも仕掛けるくらいで、バイト先でのキャラクターもすっかり変わってしまったとか聞いた……。

後ほど私に彼氏ができた時も、たまたま出くわした折に彼氏の目の前で私にボディタッチしてきたりして、ちょっと不快だった。
むこうの在籍店舗の店長と意気投合して一緒に職場を辞めて、そのうち通っていた大学すら辞め、繁華街にガルバだかセクキャバだかを一緒に立ち上げたらしいのだが、全然上手くいかず、その後は大変な生活を送っていると友人が話していた。


他にも、昼のバイト切っ掛けでヤッた男達がいる。

そのうちの一人は、在籍店舗が私と同じで、なんでお前ここでバイトしてんの?というくらいボンボンの医大生、留年経験ありの23歳。

一応まだ若いっちゃ若いのに、良い生活を送っていた弊害かお腹だけオジサンみたいに出ていて、ヒゲを生やしだした時期なんかは歳上に見えた。
大人数でいる時は大人しいが、少人数または私と2人きりの時はちょっと調子乗りな部分がある。
ブサイクではないが格好良くもなく、若さと実家の太さによる余裕さだけが全てといった男の子だなあという印象だった。
(衣服やブランド物のお陰で多少お洒落に見える)
喋りも上手くはないし明るくはないが、たまに面白いし、全然イヤな奴ではなかったので、互いのシフト後にたまにご飯を食べるようになって交流を深めていた。

どうやら彼の家は元々お金持ちという訳ではなく、羨ましい事にビジネスで一発当てて裕福になった成金の家系らしい。
様々なエピソードから、親御さんに大分溺愛されているのはなんとなく解った。
成績、学校での立ち位置的にはジリ貧の学生だったが、経済的には潤っていて、毎月家賃とは別に最低でも30万円以上は生活費を振り込んで貰っているし、着る服も食べる物も高いものばかり。
住居は医大近くの良いマンションの一室で、男子学生の一人暮らしの割にはグレードが高く、家具家電も新しいデバイスも何でもずらりと揃っている。
同じ一人暮らしでも私とは大違いである笑

学校の話も色々と聞いた。
コイツと知り合ってから、医大生は留年も多く、一部やる気がなく親の金で遊び回っている奴も多いんだと知った。
彼曰く、周りも彼と似たような同級生や先輩が多いとの事だが、不真面目な奴は不真面目なグループでつるみたがるだろうし、そりゃ似た者同士も多いだろうと思ったのは内緒。
(全体的な比率や内情は知らないけどね…)
高い金出して通わせている親達は、自分らの子がここまで遊び呆けている事は知っているのだろうか?
家系的には子どもが遊び回っても痛くない程度には経済力があるご家庭が多いんだろうけども。

彼はヤニ大好きで歯が1~2本黒ずみかけ、ギャンブルも大好きだったし、私側は最初から最後まで恋愛感情は抱かなかった。
むこうは私を気に入ってくれても奢ったり何か買い与えてくるようなタイプでも無かったし、物に限らず、人に何かを与える事は苦手そうな感じがした。

それでもチラチラとこちらに向ける熱い視線は感じ取っていて、そのうち私は戯れに彼と遊んでみる事にした。
本気になれないと解っているから逆に平気だなと。

ある日のバイト終わり、上がる時間が一緒だったので、そのまま2人でスペイン居酒屋みたいな所で飲んだ。
そんな大事に思えない相手に対してのまどろっこしい駆け引きは面倒だったので、とても雑に「ねえ、家行っていい?」と訊ねた。
彼は女遊びだけはそんなにしてこなかったのか、それを聞いてカチコチに固まって、汗をかいていた。
こちらにキョドっているのを知られないようにか変なタイミングで紙煙草に火をつけ、一服して少し落ち着いたのち、「いいよ」と返してきた。

会計をして、店を出た。
彼はどうもずっとソワソワしているし、酔ってないのに歩みも変だ。
童貞じゃなさそうだけど素人童貞は有り得そうだなーと思い、相手が意外と純情だった時の保険として、ヤる口実を得るために「付き合ってみる?」と自分から訊ねてみた。
彼は声を出さず、こくんと頷いた。

…思い返してみて、本当に変貌ぶりに吃驚だな。

ビッチ期間に突入した私は、最初から何も言わずにヤったり、男から付き合おうと言われて断る事もあれば、逆にヤる前にこんな風に保険で彼女になる事もあった。
当然、今までの元彼や、これ以降に出会って本気で付き合った彼氏達に対する「付き合おう」という約束とは重みが全く違う。(と考えている)

この時の彼も、ヤリたいが為に即席彼女になった感じで、今後も長く付き合っていきたい相手では全く無い。
ちょっとセックスしてから違ったかもーと言って別れればいいかな、くらいに最初から考えていた。
……酷過ぎる話ではあるのだが、この時点で私は既に、彼が(照れたり女慣れしていなかったりと多少可愛い部分はあっても)本質的には女を大切にできるような男では無いと見抜いていて、後で執着される可能性も低いと捉えていた。
実際、彼のシャイさと根っこの性格の難儀さもあって、関係性は全然深まらなかった。

相手は私の事がずっと気になっていて、ついでにセックスもしたそうな様子。
そして私も、目の前の男がどういうチンポを持っているのか興味津々だった為に、こうなっただけ。


大した距離じゃなくても基本はタクシー移動だと言う彼は、この夜もナチュラルにタクシーを掴まえ、自宅までゆったりと移動した。
ずっと緊張した面持ちだったが、後で聞くと住居のマンションが医大近くだった為、いくら可愛い子連れだろうと先輩達に見られて冷やかされないかドキドキしていたとの事。(ほんとか?)
綺麗なマンションの中を案内して貰って、彼の部屋で一通りまったりした後、シャワーをお借りして、電気を消して一緒にベッドの中へ。

結果から言うと、若いのにセックスまでオジサンみたいで、残念ながらこちら側は全く盛り上がらなかった。
おっさんというか、別にねちっこくはないので、萎びたおじいさんというのが的確か……?
金持ってて好き勝手に何でもできて体型もだらしない癖に、経験が少な過ぎるのか緊張からかセックスはからっきし弱くて、こちらは全然感じないし、風俗客を相手にしているような気持ちになった。

ただし仕事ではないので、歯を磨いた筈なのに煙草クセェ口とのキスを拒否る権利はちゃんとあって、唇を合わせるのは1~2回で辞めた。
細く小ぶりな息子は最初だけはギンギンに勃てていたが、単純にセックスが苦手なのか、抜けたタイミングなどで途中で萎えてしまってなかなか終わらない。
ずっと喘ぐ真似を続けるのも疲れてくるので、最後はフェラテクでイカせて終わった。

…まあ、良い夜ではなかった。

男側のプレッシャーもあると思うから、こういう事に対して絶対責めはしないけど、正直なところ萎えまくるし女側も惨めったらしくなる。
普通にヤッて普通に射精できない男は扱いづらい。

とはいえ私の方は彼が落ち込まないように別の手段を使ってでもイカせるし、その後も全然ニコニコと接し続けるし、一応形式だけでも彼女なので、後日もやむなしで適当に会ったりしていた。
(最初の夜ですぐに振ったらなんかこっちが悪物になってしまいそうで嫌だったので)
正直この時点でもうええわと思っていたくらいだが、一応緊張もあったと思うから、別日にあと一発くらいヤって様子見てからすぐ別れ話すればいいかな…と考えていた。

次に私達は、ラフに予定を合わせてTDLへ行った。
とはいえアフター6パスポートがまだあった時代で夜間数時間だけの入園となったが、個人的には幼い頃ぶりに訪れる夢の国の雰囲気は十分楽しめた。
彼の事が好きだった訳ではなかったのだが、本格的に忙しくなる前に日本でのディズニーデート処女を捨てておきたかったし、可愛い格好をして当時のSNS用にピン写を撮ったりしたかったので、待ち合わせ前に美容室でヘアメまでして行った。草。
結局、ほとんど彼の為では無かったとはいえ、そこまでする必要は無かったんだけど……。

夢の国自体は楽しかったのだが、彼と数時間テーマパークで過ごして、申し訳無いが本当につまらない男だと思ってしまった。

後にも先にも、こうした雰囲気の場所でのデートでここまでつまらなかったのは人生で初めてだった。笑
彼はテーマパークでのデートにあまり慣れていないのか緊張していたのか判らないが、デート中も始終無口で、会話もクソほど盛り上がらない。
よくよく観察すると楽しんでいなくはないし不機嫌でも無いのだが、本当に会話が少なくて、たまに口を開いても何一つ大した事を言わなくて、表情筋も死んでいて、スマホを悪気なくよくいじっている。
こちらからしたらビビるくらい面白くない。

相手の面子の為にずっとニコニコと接し続けたが、ぶっちゃけ途中で帰りたかったし、途中お手洗いの中で一人盛大にため息をついてイライラする程度にはつまらなかった。
こんな事ならTDLデート処女は別の相手の為に取っておくか普通に女友達と行けば良かった。
そう考えたら、彼というより自分のSNS写真用に可愛くしたとはいえ、ヘアメ代だって勿体無く感じてくる。
ショボい男と会う日に金払って美容室でセットして貰ったという事実がなんか嫌。

一応ディナーも食べてしっかりパレードも花火も見てから夢の国を後にしたが、彼が最後の方で恥ずかしそうに手を繋いできたのも、今までのように"ちょっとカワイイところあんじゃん"とまでは思えなかった。
こういう場所でのデートで何時間も無口な状態でいられるのは、それほどキツい。
置き物じゃねーんだから何か喋れよアホ。

金持ってる癖にチケ代も園内の食事代もボーっとして自分から何も出さない時点で、気が利かない楽しくない面白くない情も薄いセックスも雑魚とナイナイづくしで、男としては最初から何もいい所見えないなーとやんわり思っていた。
人からもっと愛され、色々と与えられるようなテクニックを多少は持ち合わせてはいたのだが、あちらが与え慣れていない上にすぐ別れる予定の男にそれを使ったところで時間の無駄かなと思い、結局私自身も一切本気を出さなかった……。
(それが敗因か?)

その日の晩も彼のマンションに泊まって一応ヤったが、最初の夜の焼き増しもいいとこで微妙過ぎたので、早々に見切りをつけた。
別れた後にゴチャゴチャ言われないように翌日のランチは手作りのパスタを振る舞って、いい彼女風の行動を演じ切って、マンションを後にした。
その場では何一つ険悪になるような事を言わず、後日本当に適当な理由をでっちあげてLINEで別れた。
どうでもいい男と非常に雑に付き合った例の一つは、こんなところ。


悪女に見えにくくする為とはいえ、ちょっとヤる為だけに保険で付き合う体にするなんて逆に面倒な真似は辞めりゃよかったのだが、あと一人同じような流れで関係を持った男がいる。

系列の他店舗に在籍中の21歳フリーター男子。
体型は痩せ型で、顔はちょっと特徴的だけど、あどけないキュート系。(小ヤギに似ている)
家族仲がよく、あたたかく見守ってくれる親御さんの元でペット付き実家暮らし。
似合わないド金髪だが、ふにゃふにゃした表情と喋り方が特徴で、人畜無害なのかなという第一印象。

実は初めて会ったのは、ギリ完全帰国する前の一時帰国中、彼が働くお店に私が客として来店した時だった。
それから時間が経ち、彼が私の働く店舗にヘルプ出勤する事となって、互いに「あの時の…?」といった反応になってから、よく話すようになった。
彼は私がヤリ捨てした元バスケマン大学生と同じ店舗に在籍していて、後々そっちの店舗のスタッフ達とも交流することになるのだが、それはまた別のお話。

とりあえず、そんな子ヤギみたいな彼とちょっと仲良くなって、毎度の如くこちらからの恋愛感情は湧かなかったけど、相手からの好意を感じてヤってみたくて、ご飯へ行ったタイミングでアプローチをかけた。
流れ一緒で草。

この時は性欲以上に好奇心とめちゃくちゃな方法でストレス発散したいという思いが強くて、自分に惹かれつつある男と身体を重ねたらどうなるのかという興味から動いていた気がする。
(いい結果にならない事の方が多いのにね…)

ヤギ君とサシで遊びに出るのは早かった。
面白味のある男だったので一緒にいて楽しくはあったが、いかんせん遅刻癖があるのと、肝心な時にヘラヘラしてばかりなのと、関係持つ直前に相手の首筋にキスマークがあるのに気付いた事から、接していても私側に恋心が実る兆しは1mmもなかった。

キスマに関しては、2人でダーツバーへ向かう道中に信号待ちをしている時ふと気が付いて、「コンシーラー要る?」と訊ねつつ指摘したら、相手の顔がみるみる真っ青になって面白かった。
のちにセックスに持ち込む為に相手を多少好きなフリはしたが、実際私に恋愛感情はなかったし、そもそも自分は乱れた生活でも良くて相手はダメ!なんて事は考えてはいなかったので(本命じゃないからね…)至極クールに対処できたのだが、相手はキスマの指摘がかなりショックだったようだった。
「つけられてたの全然気付かなかった…のあちゃんと会う日なのにこんな……うわー…まじか……。」と、珍しくニコニコ顔を消して落ち込んでいた。

前日に地元の気心知れた女友達と何気無くカラオケして、飲み屋に寄って、互いに計画性が無かったので終電を逃してしまってラブホに割り勘で泊まり、流れでヤってしまったと大分正直に話してきたのだが、立ち振る舞いから意外とモテなさそうで女っ気もなさそうな感じのヤギ君がまさに陥りそうな状況で、想像して笑ってしまった。
まあ、多少気になっている女と翌日会うのに、前日違う友達とヤった上にキスマつけられてバレるなんて恥ずかしいよな…

私はこのシチュエーションを心の中でかなり面白がっていて(彼が純粋ぶってるけど全然やってる事純粋じゃなかったので笑)全然気にしなかったし、その晩は予定通り普通に遊んで、ダーツバーを出てから有名な夜景スポットを歩いた。
その際、雰囲気が良かったのもあって唐突に距離を縮められたので、じゃあ私もとばかりに、「なにか言う事あるんじゃないの?」といたずらっぽく笑って詰めて、「おれと付き合って下さい」と言わせた。

それから終電前に移動して、早速彼をウチに泊めた。
またしても、ちゃんとした愛情や過程が無いのに(私がヤってみたいが為に)即席カップルが完成した。
後のトラブル避けで体裁を大事にして、一応軽くイチャイチャを挟みつつ、部屋を暗くしてセックスを始めた。
自分からゴムを着けてくれたのはスマートで良かったが、感想としては中の下くらい。
悪くはないが、上手くもそんなに気持ち良くもなく、ただ突っ込まれてゴムの中に射精されただけといった感じ。
面白くはなかったかなー、くらい…。

その後も連絡を取り合ったり、ご飯へ行ったり、シフトが被ったら楽しく働いたり、遊べるスポットへ赴いたりしたが、単に形式で付き合っている感じのままで、このヤギ君とも全く長くは続かなかった。
セックスが解れば好奇心も失せる。
私が魅力を振りまくのを辞めて、彼も地を出してきた。
心が通じていないと終わりも早いものだ。

ただ彼は良く言ってマイペース、悪く言ってすごくいい加減だったので、無理に別れ話を切り出す必要も無く、最後は自然消滅という形で別れるに至った。
実際お泊まりとセックスがあったのは計2回だけで、10日間弱くらいしか付き合わなかった気がする。
(自然消滅なので何日とか明確には判らないんだけど)
最後であり2度目のセックスは明るい時間帯で、相手の勃起状態の息子をよくよく見る事ができたんだけど、風呂上がりでもないのに亀頭がツヤツヤでびっくりした笑
小さ過ぎはしないが細めの仮性包茎チンポで、勃起で剥けた部分がワックスをかけたようにテッカテカで臭いもすごい。
たまにこういうタイプの男いるよね…。

途中まで良い奴と思ってたけど、実は大してそうでもなかった。
彼もまた医大生の若年性おじのように家族に恵まれ、甘やかされた環境で育ち、癖強になってしまった男の一人だったのだ。
ハナから遊びだった私としては助かってはいるが、それでも関係を清算しないで放置して自然消滅を選ぶ姿といい、だらしないと言えばすごくだらしない。
穏やかでのんびりとしているようで、肝心なところの感覚はちょっとおかしかったかもしれない。

一番イヤだったのが、食べ物を少し捨てられた時だ。
私がたまたまカレーを作ったタイミングでむこうが会いに来た時、ついでだからと一皿食べさせたのだが、食が思った以上に細くて食べ切れなかったのか、お皿洗うよと言って私に黙って1/3を水に流して捨てていた。

別に変わったカレーではなく、バーモントか何かの市販ルーを使ったごく普通のカレーライス。
それに相手はカレーが嫌いという訳でもない。
それなのに、肉とじゃがいもを筆頭に、かなり具材がゴロゴロの部分を棄てられていた。
…食べ物を何だと思っているんだ。
勿体ないし、コッソリ捨ててるのがキモくてブチ殺したくなった。

少し遅れて後からその事実に気付いてしまった時は、「お前なんなん?実家そういう家庭だったん?お残しした時黙って水道に流すのが普通なん???」と詰めて胸倉掴みたくなったが、どうせ別れるし衝突しても無駄だと思い、深呼吸して相手が帰るまで何も言わずにニコニコしている事にした。
…きっと流しの掃除すらしたことないんだろうな。
黙って捨てても、こうして後で排水ネットにゴロゴロの具材と白いご飯が引っかかっているのがずっと残って、すぐ見つからなかったとしてもそのうち詰まるし、勝手に放棄してるのバレるのに。
数分前まで美味しかったであろう大きめの鶏肉やじゃがいもが無惨に排水溝に残っていて、しかも私がその処理をする訳で、本当に最悪だった。
大した理由なく食べ物無駄にする奴ホントに嫌いなんだよな。
要らねーんなら声掛けろよクズ。


なんかこうして思えば、ビッチ期間の最初期に関係を持った男達はどいつもこいつも全くいい男ではなかったし、毎度たった二度のセックスで飽きてしまう事がとても多い時期だったと思う。


二度目ともなると好奇心が満たされるというのもあって、もうこれ以上続けなくていいかな、となる。
どうせこいつらは運命の相手ではないし……という、やさぐれた気持ちもあって。

それ以降はバイト関連以外でも色んな男と関係を持つようになってしまって、二発どころかワンナイトで切る事も徐々に増えていったが、またおいおい順番に書いていこうと思う。


…なんか、振り返ると、本当に嫌な女になってしまった時期だった。

堕落はあっと言う間だ。


但しホスクラや女風は利用しない(する必要がないし)、借金はしない、一応自分の力で生活できている、といった点から、まるっきりのクズには堕ちず根っこの真っ直ぐさは失い切っていなかったかもしれない。
多分。
いや、わからないけど。

とは言えこうして手頃な素人相手の男遊びを覚えてしまったし、風俗のバイトは地味に続けるし、好奇心と貯蓄と引き換えに自分自身の価値をどんどん下げてしまっているような気がしてならなかった。
そのうち自然に落ち着いて、男遊びも風俗も自分から辞めたが、数年後にわりと正常な状態(浮気や愛のない避妊なしセックスは間違っているとハッキリ解っている状態…)にすんなりと戻れて良かった。
考えが狂っていたあの時期は一体何だったんだろう。
自分が怖過ぎる。

正直、こんな感じで始まった一人暮らしの最初の1年目は、全く胸を張れるような暮らしではなかった。

自業自得でヒヤッとするような瞬間もあったが、身を滅ぼすまでのトラブルまでは無くて本当に良かった…。
多少ヤケクソな時でも、娯楽にも酒にも男にも溺れるまではいかず、ある程度ちゃんと生活するのが大事だなあと思った。



その他、周囲の男達


まだこの地に根を下ろしきっていなかった時期だったので、昼バイトで知り合った男達以外で新しくラフに出会うとしたら、もっぱらナンパだった。
(※マチアプ始めたのは更にちょっと後だった)
路上ナンパ……今となってはいよいよ考えられない。

ヤバいエリアに住んでいた訳じゃないけど、2016年頃は今ほど街の治安もちゃんとしてなくて、キャッチやスカウトやナンパが結構多かった印象。
繁華街じゃなくてもガンガン声を掛けられた。
大体嘘なんだけど、激安の居酒屋教えますよ!と声を張ってたむろしているヤカラ風の男(または強めギャル)の居酒屋キャッチ達や、ギラッギラのいかちぃ外見でLINEを訊いてくるスカウトといった奴らは、この時代は迷惑なくらい頭数が多かった。
条例が変わってから自分が当時住んでいた街は大分歩きやすくなったし、こうした連中は繁華街や歓楽街でちょっと見る程度にまで落ち着いたと思う。

…要は、そういう場所じゃなく、商店街があるような普通の街中でも、毎日色んな奴らに声を掛けられて面倒だった時代なのだ。

出勤前は急いでるから面倒だし、バイト終わりも疲れているから面倒だしで、結局ダルい。笑
無視し続けて歩いていても、「高収入ホントに興味ないすか?おねーさんいいモノ持ってるじゃないですか」と、両手で胸の形をジェスチャーで表して食い下がってくるチャラ男とか、法律無かったらブン殴ってるようなウザい奴らが駅前や大通り付近を四六時中ウロウロしていた。
(話を一切広げたくなかったので、もう在籍してんだよ!とは言わなかった)
風俗の店替えにしても使う気が無かったので、スカウトには特に塩対応だった。

途中からは声を掛けられるのに慣れきってしまって、こちらが友達と待ち合わせの最中でもひっきりなしに話し掛けてくるスカウトがウザ過ぎて、相手の目をガチの無表情で10秒間見つめ続け無言で制すという対抗手段を取った。
大体の相手はこれで怒っているのを察して怯むか、ヤバい女だと思われるかで、すいません…と言って去って行く。

で、スカウトや客引き以外にも、ナンパ野郎に話し掛けられるのも非常に多かった訳だ。

時間帯的には夜が多いが、家と職場を行き来するだけでも毎日死ぬほどナンパされる。
大体は大学生か寂しいサラリーマンで、若い男が圧倒的に多い。
勿論ナンパしてくるような男はこの時代からウザいし、おおよそ穴しか見てないチャラい男、酔っ払い、あるいは実生活で全くモテないけど女と遊びたいといった勘違い男共が多かったが、近年SNSで見掛けるようなストナン界隈のゴミクズナンパ師に比べたらまだちょっとマシだったかもしれない。
そうした連中のカステクニックが出回っていない時代だったので(たぶん)、ガチのゴミやサイコパスは全然お目にかからなかった。
まあぶっちゃけ路上ナンパなんてどんな奴がやってもキツいんだけど、この時期だけは私もビッチ入りしていたので、日々ナンパしてくる男達のうちヤバそうな相手以外は全員ちゃんと受け答えをして、うち大体の野郎とLINE交換をしてしまっていた。
すごいな、当時の私…!

ナンパ野郎のうち、最初にご飯を食べに行った奴は、バイト終わりに歩いている時突然声を掛けてきた馴れ馴れしいリーマン。
一応明るくコミュ力はあったので何気無く連絡先を交換してしまい、そのへんの適当な焼き鳥屋さんでご馳走になったが、一緒に飲み食いして話した後も特に心動かなかったし、まあ趣味にしても何にしても色々と合わないだろうなといった印象。
背丈と体格はガッチリしているが顔がキモく、ガチで彼女がずっと出来ない事を悩んでいる系の男だったし、ちょっと相手しただけなのにLINEでいきなり「今年はのあと色んな所に行くぞ~!!」と呼び捨て&意気込み始めたため、なんかヤる気すら起きなくてすぐに距離を置いた。
知り合って間もない上に関係を築く気のない男から唐突に呼び捨てされて彼氏ムーブされるとこんなにも萎えるんだ、という事を学んだ一件である。
とは言えブロックする前に緊急で必要だった生理用ナプキンを買わせた記憶があるので、私も大分めちゃくちゃ。


更に、前回の一時帰国の時点でナンパされて連絡先を交換していた男とも再会した。

このエピソードで少し触れたのだが、一時帰国中に箱ヘルの宣材写真を撮った帰り道、その時のメイクとヘアメの感じでいい具合に幼く可愛い10代ギャルに見えたらしく、ハタチのチャラそうな大学生の男が甘ったるく声を掛けてきた事があった。
その日の私は落ち込んでいたので思考力も余計に鈍り、その男とのLINE交換を許してしまった。
それからまた一度海外に戻ったり色々あって若干忘れていたのだが、ようやく日本に住み始め、ソイツからの連絡に返信してみると、「これでのあちゃんとやっとメシ行けるね?」と返ってきた。

そこから色々と同時進行で(今まで書いてきたやつ全部よ……)コイツとのご飯が実現したのは、私が既にビッチ化してしまった後だった。
その頃には私も、ちょっとヤってみたいな、と思い始めていた。

最初は普通にナンパで声を掛けてきた訳だが、大学でもバイト先でも周りの女には全然困っていなさそうな雰囲気が出ている、今時20歳男子。
服も仕草も流行りの感じで、女の扱いもとても慣れている。
マスク着用が全然当たり前じゃなかった時代なのに、初めて会った時はガッツリと重ためマスクで顔半分をガードしていたのだが、その時は沖縄旅行直後で日焼けで顔が荒れまくってしまったので隠していたのだそうだ。
私の完全帰国後の「二度目まして」の飲みでは炎症も治っていて、素顔で顔を合わせた。
肌荒れは多少あったがなかなか格好良く、痩せ型ではあるがガリガリではなく程よく筋肉もあり、ピアスもトレンドのファッションもよく似合っていた。

父親が某県で総合病院をやっているが、自分は医療関係とは別の所で就職したいし、全く関係ない大学とバイトで毎日楽しくやっていると話していた。
後でこっそり調べたら、家柄など身辺の話はガチだった。
(その後も別のデカい病院の息子からナンパされた事あるんだけど、たまたま…?)
LINEアイコンでめちゃくちゃ楽しそうにピースをしている綺麗系ギャル数人や体育会系のメンズに囲まれた写真を見る限り、かなり青春はしてそうだった笑

小洒落たネオ居酒屋で飲み食いし、店を後にして駅方面まで歩いていると、相手の方からグッと身体の距離を近付けてきた。
「実はさ、内面のギャップとか、年上に見えないギャップとか、色々やられてるんだよね。のあちゃんが日本に住むの楽しみにしてた。俺と付き合ってくれない?」と、おもむろに問い掛けられた。

正直ムード自体は良かったのだが、自分がビッチ化して同じ手段を使っていた事もある私は、はいはいなるほどね……なんて思いながら、内心ほくそ笑んでいた。
ヤリたい訳ね。私もヤリたいよ、と。

私は、「××は他にもいい出会いいっぱいあるでしょ。付き合うなんてしなくてもいいよ。でも、今夜はずっと一緒にいよ。」と答え、そのままスムーズにラブホへ入った。
この相手とは、別に恋人になる体も必要無く遊べそうと感じたからだ。
それに、このポーズだけの告白をOKしたとして、他の奴らとのインスタント彼女状態も同時進行だったから、三股くらいの状態になってて面倒だったし。
その後の彼はやけにご機嫌で、私と恋人繋ぎで手を繋いで鼻歌を歌いながら歩いていた。
(ヤレるの確定したからか?)

正直この子は、私を気に入ってくれたのも多少あると思うけど、単に経験として年上ともヤってみたかっただけなんじゃないかなって思っていたし、逆に私の方も今時のヤリチンイケメンとヤってみるという経験が欲しかったのだ。
で、Win-winなセックスは実際とても楽しかった。
相手は女慣れしていてエスコートも出来て、息子も多少大きくて硬く、セックスも上手かった。

但し私のフェラテクが見たいとの事でそっちに気を取られて、女への愛撫の比率が少ないのが若いな~と思った。
とは言えゴムは一応着けてくれたし、思う存分互いに性欲をぶつけ合えた。
今まで性器の強度はさほど気にしなかったけど、硬いチンポっていいかもと初めて感じた相手だった。
カチカチ過ぎてもイテェけどさ。

くっ付いてひと眠りして、相手の講義の都合で午前10時頃にチェックアウト。
部屋デザインといい高級感といいアメニティの多さといい、最初から結構好きな(いい意味でフツーの都会の)ラブホだったんだけど、帰りに朝食サービスと言ってクロワッサンやインスタントスープの詰め合わせのギフトバッグを頂いたりもしたので、この男以外の相手ともちょくちょく使うようになった。笑
こいつのお陰で良いラブホまで知れてよかった…。
ちなみにパンとスープセットに素で喜ぶ私を見て面白かったのか、のあちゃん全部貰ってよと言ってくれて、2人分ゲット出来たのでツイた。
(オレは食べ物を無駄にはしない)

手を繋いでおしゃべりして、駅で解散した。
やけに晴れた日で、朝の日差しが暑いくらい照りつけていたのを覚えている。
家に着く頃には汗ばんでしまったが、昼バイトがお休みの日でたっぷり二度寝する時間もあり、エアコンをつけてリラックス。
なんだか、最高の気分。

後日、私が新居の一人暮らし生活に慣れてから、最後に一度だけ私の部屋でヤッた。
「会いたかった」と囁かれ、抱き締められた。
この時はまた風俗のバイト先で癖のあるオヤジばかり相手にしてしんどかったので、若いイケメンチンポに触れるのがすごく新鮮で楽しかった記憶がある。
って別に若いイケメンが好きという訳じゃないんだけど、それでも中イキできるくらい感じてスッキリしたので、風俗客のオッサン連中がいかに変わっていて日頃の接客がしんどいかが解る……。

しかし、セックスは楽しかったんだけど、他の連中と同じようにコイツとも関係を長く続ける気は無かったので、この後日に理由なく相手をブロックして無理やり終わらせた。
なんか、多少優しさも感じるしヤりやすい相手だったけど、定期セフレっていうのもちょっと違う感じがしたんだよね。

いくら気持ち良くても、恋心もこれといった相性の良さも感じない相手なら、このように全然すぐに飽きて秒でポイしてしまっていた。

魔のビッチ期。
"どうしても一緒にいたい"とまでは思えない相手は、例えどんな思い出があったとしても自分の人生においてモブでしかないので、冷た過ぎるくらいの見切りでもいいのかもしれないと考えてしまっていた時期である。

ナンパ切っ掛けで寝るに至った男は他にも全然いるんだけど、この辺の時期のエピソードは、一旦こんなところ。



濃ゆいキャラの男共


最後に、けして寝る事は無かったけど、昼バイトで特に目を付けられた相手4選を紹介して終わろうと思います。
もうこの章では特別触れるような奴はコイツらしか居ないと思ったため。笑


その一!
関係を持った元店長が転職で辞めてしまった後、新店長に就任したサルみたいな男!

目が細く、眉毛は黒くボーボーで、プリンが凄まじい金髪で常に青ヒゲといった清潔感のない印象の人だったのだが、自分の身嗜みを棚に上げて店の連中にはかなり厳しめな店長。
なのに、私にだけは最初からずっと甘い対応…。
なんかわかりやすいなーと思い、気まずくならないよう相手に女を一切見せずキビキビ働いていたが、それでもある日暴走され、「就任したばかりの店長で金もないけど、のあちゃんと真剣にお付き合いしたい!」と唐突に告白された。
職場の店長という事で、振るにしてもスパッと振る事が出来ず、本当に参った。

この時はアホで最適な対応が解らなかったので、付き合う気がないのにも関わらず「考えさせて下さい」とお返事をして数日間寝かせてしまった。
そのうち、どうなの!?と返事を懇願され、すごく気まずいながらも「ごめんなさい……」とハッキリお断りを入れたところ、「やっぱりね。なんとなくそうだと思ってたよ」と返され、なんかモヤっとした終わりを迎えた。
結局コイツは力量不足で数ヶ月で辞めてしまったんだけど、在籍期間が被っていた時は働きづらかったなあ…と。


その二!
超絶アスペ俺TUEEE系男子!

元バスケ大学生やヤギ君と同じ他店舗所属だが、私が働く店舗にヘルプでやって来たバイト。
ハタチくらいだがまるで中学生みたいな幼い顔立ちで、ルックスどころか中身も全然カッコよくない痛い子なのに、謎に自信に満ち溢れているアスペ男子。
同番初日からだいぶ気に入られてしまったのだが、感情も会話も全て一方通行。
本人的には人とコミュニケーション取る事は好きそうなんだけど、マジで話が噛み合わなくて、男からも女からも呆れられている事に気付いていないという哀れな子だった。
たった数時間一緒に働いただけで私も彼に好意を抱いていると盛大に勘違いしていた事にもビビったし、なんというか、本質は結構ヤバいんだろうなと感じた。

相手の大学のサークルの話を(勝手に)聞かされている最中に活動写真も見せられたのだが、それについて「楽しそうにしてる女子もいるし、雰囲気いいね!」みたいなテキトーな反応を示したところ、「えっ…でもこの子達は僕とはホントに何ともないし、心配しないで欲しいかも……」と、真剣な顔で私が嫉妬していると思い込んでフォローを始めた時はキショかった。
それから2~3回シフトが被る時があったが、バイト関連のグループから私を探し、個人LINEでしょーもない事を言ってきたり遊びの誘いをしつこくしてきたりでダルかったので、途中からしっかり塩対応&ブロック。

…ここで話は終わりの筈だったが、なんとそこから数年後バッタリ同じ空間に出くわしてしまう事があって、昔とメイク変わったし気付かないでくれよー忘れててくれよーと念じながらやり過ごそうとしたが、目敏く見つけられてしまった。
しかも大分年月が経ったとは思えないくらい全く同じテンションで話し掛けられ、まだ私が自分に好意的だと勘違いをしているような口ぶりで大変驚いた。
拒否られたりブロックされたの覚えてないの…?
なんか脳の構造が他の人と違うなと感じた。
ちなみに社会人になってからキナ臭くなっており、ビットコインや情報商材やスピといったエセ意識高い系が好みそうな物に手を出しまくっていた。

とはいえ思い込みの強さと会話のキャッチボールの下手さを見るに、社会に出ても俺TUEEEがしたいだけで何となく色んな情報に乗っかってしまって、搾取される側止まりなんだろうなあとは思う。
今現在はこの時代の知人達とは軒並み縁を切っているが、数年前、最後に共通の友人と話した際聞いた話では、ふくよかで金髪でギャン中だけどおどおど系というアンバランスな女性に押しまくった挙句デキ婚していたらしい。
そ、そうか…。


その三!
金欠でバイトに入ったヤリチンV系バンドメンバー24歳!

V系バンドマンとしては当然パキッとメイクしてかなり格好良いのだが、バイト中など音楽と関係無い場面で見せるすっぴんは馬面しじみ目のオッサン顔。
喋ると明るくてイイ奴風なんだけど、仕事中も休憩じゃないのにパンやおにぎりを食べながら働いたりして注意されてるし、ちょっと社会性無さすぎるかもと感じる場面あり。

一度だけコイツ含めて数人ウチに呼んで、皆で飲んでゲームした日があったんだけど、それくらいならわりと楽しく過ごせる面子の一人って感じで途中までは良かったのに、他が翌日早いからって徐々に帰っていく中コイツだけ一向に帰らなくて、そのうち終電逃す時間になっちゃって、渋々泊めたら暗闇の中おっぱい触ってきた…。
なんか全然ヤる気起きなかった(し、こちらも同店舗内スタッフで手出す人数は極力少なくしようと計算していた)からパッと手を払い除けたんだけど、翌朝になって「なんか寝惚けて胸触っちゃったかも…?ごめんね!」とクソ白々しく言ってきたので、このヘタクソがよ~~~と思いながら、いいよ!と笑顔で返してウチを出禁にした。

金無いバンドマンと関係持ったら調子乗られそうだし、他の女達にバレたら要らん恨みを買われそうって無意識に計算してたのもあるかも。
それにヤリチンだった筈なのに、どうも持っていき方が下手なので、囲いのバンギャと地元の適当な女としか経験が無いのかな…?と勘ぐってしまった。
界隈で言う蜜ってやつは居たらしいんだけど。
ちなみにバイト先でもガンガン宣伝してたし、周りにも裏事情をペラペラ話すし、バンド活動を隠す気は一切無かった様子。

当時ワンマンやったりわりと活動を頑張っていた記憶があるのだが、同バンドのボーカルもそのうち同じバイト先に入り、次第にボロが出始めてロクでもねぇ2人だなぁと思うようになった。笑
ものすごく簡単な仕事すら出来ない上に、外見も内面もだらしなくて当欠も多く、ボーカルの方はすぐに飛んでしまった。
人間関係のトラブルと金銭トラブルがあまりに酷く、頭も大分悪かったと思うので、今で言う闇バイトみたいなのに手を出して捕まっていた時期もあったらしい。
真鍋昌平作品風に言うなら「底辺はテーヘンだ」。

余談だが、のちに働くピンサロ店でバンギャの子がいて、たまたまこいつらのバンドと彼女の推しが対バンという日に「のあちゃん一緒に来てー!」と誘われて、バンドメンバーには告げずにこっそり行った事がある。
初V系ライブは楽しかったけど、現場のマナーや暴れ方をちゃんと知らないと大変だなと思った笑
そもそもこのピンサロ嬢のバンギャの子も変わっていて、推しの蜜カノになるべく19歳で上京し、処女でピンサロデビューを果たすという胆力の持ち主だった。
客の指入れで処女膜も破れているのか、最初の方はスカートに血がべっとり付いている事もあっておっかなかった。
ギャは強いし狂っている。
それを食い物にしている男はアホ。
女の闇をもっともっと知れ。


その四!
昼バイトで会った中でもトップクラスのキモおやじ(しかも臨時の店舗責任者)!

最初の店長が辞めてから清潔感のない猿顔店長に変わるまでの数週間、他店舗の店長が責任者としてウチの店舗に君臨する事となった。
容姿は、武井壮をガリガリのチビにして2~3発殴った後みたいな感じ。
V系男が「武井壮のゾンビ」と裏で呼び始めるくらいなので、わりと的確な例えだと思う。笑
まあ容姿はどうでもいいんだけど、中身がキモ過ぎるのが問題だった。
当時38歳くらいで、妻子を持った事はなく、キビキビとした元教師の年老いた親御さんらと一緒の実家暮らしだそうだ。

お店の売上を伸ばす事をちゃんと考えているし、ある意味で仕事は出来る人ではあるのかもしれないが、アルバイトを本当に只の駒としか思っていない。
お客様との会話の上で「こいつダメなんですよー」としつこくバイトを貶したり、人のミスを茶化したり、日頃から他者をバカにするようなイジりも酷く、バイト勢からの嫌われっぷりが半端なかった。
最初は猫を被っていたのか女子バイトの私への態度は大人しかったのだが、途中から言葉のセクハラが酷過ぎて、私もコイツが大嫌いになってしまった。
「こちらに(物を)置かせて下さい」と軽く断って物を移動させただけで、「犯して下さい??」とニヤニヤしながら聞き返してきたりして、武ゾンと一緒に働くとゲンナリしてばかりだった。

日頃こんなノリで続くセクハラもキモいし、私のアパートが店舗からわりと近いと知るや否や「店の備品をのあちゃんちの洗濯機で洗っといてくんない?」と訊ねてきたりもして、バイト使いの荒らさが嫌だった。
そんなの今まで誰からも頼まれなかったし、これまでの店長は会社経費でクリーニングを利用したりと何か別の方法で備品を綺麗に保っていた筈なのに。
流石に愛想良くはできなくて面と向かって渋ったのだが、それでも武ゾンは人の気持ちを考えずに押し通して、結局シフト外の時に持って帰って家で数回に分けて洗濯した。
結構重かったので、それをもう一度お店に自分で運んで行くのもダルかった。
まあ、一緒に働くと地味にしんどい事が続くジジイだった。

非常に珍しくバイト勢をご飯に誘ってくれた時が一度あったのだが、V系あたりは年中金欠なので「メシ奢ってくれるなら嫌いな武ゾンにも擦り寄るぜ!」といったスタンスで、シフト上がる前から胡麻すりしていたにも関わらず、結局連れて行かれたのが近くで一番安い牛丼屋かなんかで、スネて食後秒で解散してしまった。
なにも皆高い物を食べたかった訳ではなかったが、店の責任者が皆でメシ食おうって言っておいて落ち着いて座れる店じゃないのってどうなの…?という感じで、他の面子も秒解散してしまった。
私も、なんならバイト同士で打ち上げする時の方がイイもん食ってるわ…と思ったし、ダラダラせず早く帰ろうと帰路へ向かったところ、何故か武ゾンが私の後をずっとついて来た。

なんで!?
てか、ついてくるなら別の奴追ってよ!と思ったが、いくら早歩きをしてもついて来るので、流石に振り返って「何ですか?」と訊ねた。
日頃のセクハラ発言から嫌な予感がしていたが、やはり武ゾンは私の家に2人っきりで入りたいようで、マジでマジでマジでキモかった。
他店舗と連絡取らなきゃいけないのにスマホの充電切れかけてるんだよ!のあちゃんちで充電させてよ!!などと垂れていたが、その付き纏いとニヤケ面は一体なんだ?と問い詰めてやりたかった。
大体お店にも充電器はあるし、ここから近いんだしまず店に戻ればいいのに。
バレバレで苦しくて、薄汚い言い訳である。

何度"マジで無理です"と伝えてもついて来て、まさにゾンビ。
早歩きで移動し続けた為、あっと言う間に私は自宅アパート前まで到着してしまった。
(今思えば、付き纏われてる時点でお店や駅の方に引き返せば良かったんだけど、気が動転して……)
脈ナシなのわかんないかな、と思いつつハチャメチャに拒否し続けたが、それでも武ゾンは家に入って来た。
入られないうちにドアを閉めれば良かったが、本当に本当にしつこかった。

とはいえ、かなり貧相だし一応店舗責任者で身元割れてるし、レイプとかできるような男では無さそうという気もしていて、「マジで充電少ししたらすぐに帰って下さいね!!!」と、今まで吐いた事の無い冷たい口調で大声で告げたら、相手もちょっとビビったのか、今度は玄関近くのコンセントに差した充電器の真隣でぐったりと床に座り、なんと寝たフリを始めた。
なんだこのオッサン!?!?(not淫夢)と叫びそうになったが、もうこうなると逆に面白くて、その武ゾンのくたびれた姿を無慈悲に写真に収め、V系やさっきまで一緒にいたバイトメンバー、あと医大生とヤギ君にLINEした。

「助けて!」ではなくて、「家押し入られて玄関で狸寝入りしてんだけど!」といった感じで、もうそのまんまの事実を皆に伝えた。
チンケな復讐だが、食らいやがれと思った。
皆面白がって、バケモンwwwwwとメッセージ上でゲラゲラ笑っていた。
武ゾンはそのうち白々しく起きる演技をして、一応何事も無く帰ってくれたが、周りの信用は更に落ちた事だろう。
その後、武ゾン本人とは特に話し合う事もなく淡々と働く日々に戻ったのだが、白々しく家に押し入った件を有耶無耶にした挙句、私を落とせないとなるや否や、突然他の男子バイトと同じように風当たりが強くなったのが非常にキモかった。
寧ろなんでいけると思ったんだよこのジジイ……
ナメてんじゃねーよ……

また別日。
私は基本的には遅刻をしないのだが、ある日珍しく遅れてしまって、かなり急いだがタイムカードを差すのに1分遅れてしまった。
周りは許してくれたが、このたった1分の遅刻が自分的にとても悔しくて、その日は最初だけちょっと引き摺っていた。
あと少し頑張れば、信号に引っ掛からなければ間に合っていたかも…なんて考えると腹立だしい1分だったのだ。
しかし、シフトの上がり時間を目前とした頃、武ゾンがいきなり優しく、「今日は珍しく出前なんか取っちゃおうかな。後で休憩室で食べるけど、のあも何か食べる?今日頑張ってたから、自分が出すよ。」と奢りを示唆する発言をし、私は単純にも少しテンションが上がって、それならお願いします!と返した。

退勤時間にウキウキで上がらせて貰い、帰り支度をし、休憩室でのんびりしていると、かなり美味しそうな中華の出前が到着した。
一段落着いた武ゾンもやがて休憩室へやって来たので、「ありがとうございます。いただきます」と言って中華皿のラップを剥がそうとした。
その時、「…待って。そういえばのあ今日遅刻してたよね?じゃあ自腹で買ってよ。はい角煮チャーハン定食1,200円ね。」と言って、武ゾンが小さな掌を私の方へと差し出してきた。
………ウソだろお前。
きっっっっしょ。

色々言いたかったが、キモ過ぎたので、もはや言い争いもダルくて、私は無言でお金を手渡した。
角煮チャーハンのセットは美味しく、かなり良い味のお店だったのだが、目の前の萎びた武井壮似のクソジジイと一緒に食べるのがもう最悪過ぎて、頑張って早食いし、すぐに帰宅した。
悔しかった。
バイト先への1分の遅刻でこんな事なる?
中華は美味しかったが、それは別として1,200円の罰金を取られたかのような気分になった。
むこうが奢るって言うから「じゃあメニューは決めて頂いて結構なので、お願いします」って伝えたのに、勝手に1,200円の定食頼んでおいて後出しでやっぱお前はダメだ自腹だなんて、あんまりじゃないか。
わかっていたらお安い単品頼むか、家帰って自炊ご飯食べるかのどっちかだったよ……。
武ゾンと向かい合って最悪のメシ、嫌な金の使い方をしてしまって、本当に嫌になった。


因みに、男連中だけでなく、新居の街でちゃんと新しい女友達も積極的に作っていたのだが、そのうちの一人がかなり個性的で、「嫌われ者が好き」というなんとも変わった女子だった。
その子と私の部屋で喋っていた時、何気なく武ゾンの愚痴をこぼしたら興味を示し、後日私のバイト先にお客さんとして来てくれた。
(私の様子と武ゾンを見に…笑)

しかも律儀に差し入れまで持って来てくれて私は凄く嬉しかったのだが、武ゾンは「のあの女友達が遊び来たって他の連中から聞いたんだけど…」とニヤニヤしながら時間差で表に出てくるなり、一目遠くから彼女を見ていきなり笑顔を消し、何故か急に押し黙って、再び淡々と業務に戻った。
私はその様子を見て、なんだろう?と思ったが、とりあえず友達への接客を追えて仕事に戻った。

それからも武ゾンは全然表に出なかったので、最後は彼女の方から歩み寄って、「これ差し入れです。店長さんもよろしければどうぞ!」と声掛けをしたのだが、武ゾンの方はビビるくらい冷めた口調で、「あーちょっとそこ置いといて下さい。」とだけ告げ、彼女の方に顔すら向けずに店の掃除を続けていた。
………何?このクソオヤジ。
マジでこんな奴初めて見た。
彼女が全然タイプではなかったのか何なのか知らないが、最初から最後まで失礼にも程がある。
そもそも普通にお客様なので、挨拶しない上に差し入れへのお礼も無く、話し掛けられても顔すら合わせないでそっぽを向くって、本当に有り得ない。

嫌われ者が好きという私の女友達だったが、流石に傷付いたようで、「あたしみたいな目が小さいブスは嫌いなのかな。あんな態度悪い人初めて見た…お近付きになるどころじゃないよね」と、しょんぼりしていた。
これはケアしないとダメだと思い、シフト後に待ち合わせて2人で夜道を散歩しながらじっくり語り合い、最後に美味いラーメンを啜った。
それでお互い無理くりテンションを上げたのだが、なんか私までかなり傷付いた。
こういうクソみたいな男の心無い言葉や態度、私も小中学生の頃にさんざん向けられてきた。
彼女が可哀想だったし、私も凹んでしまった。
武ゾンがいかにバケモンかを再確認した日となった…。

でも、何が一番怖いかって、数ヶ月後に彼女が街で武ゾンとたまたま出くわしてしまったらしく、その時は「のあの女友達の子だよね!またお店来てね!ていうか暇なら今度飲もうよ」とか唐突に抜かしてきて、先日と態度が180度違っていたという。
気分屋で状況次第では擦り寄ってくるのキモ過ぎる。
とっさに、人違いだと思います……と言って友達は逃げたらしい。


なんか、思った以上に長くなってしまいましたが、鬱憤多めで過去の話を振り返ってみました。笑


私もクソだったし、周りもクソが多かった。

でも、心の奥ではまだ見ぬキラキラをずっと夢見ていた時期だったと思う。

繋ぎのバイトを掛け持ちしながら、本職と本命になり得る何者かを求めていた。

欲しいものが得られる保証なんて無いのに。
学歴もコネも将来を誓えるパートナーも、何も無いのに。
そんなちぐはぐな時代だった。



エモ写真。やっと日本で一人暮らしを始めた2016年夏。
まだ海外から帰国したばかりで、美容ケア用品や生活雑貨は海外製の物も多々残ってたかも。ここで毎朝一人(あるいは男と共に)目を覚ましていた。なつい……
アニメや漫画は基本全ジャンル好きで、ニンスレも好きだったんだけど、ニンジャスレイヤーフロムアニメイシヨン/コンピレーションサウンドトラック伐がちょうど発売されたのでアニメイトで予約。風俗バイトの帰りに取りに行ったような気がする。バカ懐かしくて泣けます…


𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄

次のお話
流れるようにデリ(ホテヘル)デビューしたがすぐに辞めてしまった体験談

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のあメス この前ふいにアイスカフェラテを奢っていただく事があり、これぞささやかだけど大きい幸せだぁ!と思いました。 なんだかいつもより美味しく感じました☕️ 誰かからカフェラテを飲ませて貰える分、明るく生きられる気がします。

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