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【雑記】2024年、めまぐるしい年明けと気持ちの変化

のあです。

ちょっと間が空きました。


1月7日夜となりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


世間は三連休のど真ん中ですね。
私はありがたくも今日明日休みなので、のんびり、というかぼんやりと過ごしております。


本当は大晦日と元旦ゆっくりして、そのまますぐに人生経験noteの続きを書こうと思っていたのですが…。


唐突に世間で色々な出来事があり過ぎた事と、不妊治療が関係してメンタルが落ちていたため、自粛も兼ねて休める時に休みつつ、過去話の執筆はマイペースに進める事にしました。

よろしくお願い致します。



厄が続く波乱の年明け


2024年1月1日、お正月の家族時間もだいぶスローダウンして(満腹で眠過ぎたため)ぼちぼち帰宅の準備をしていた頃、16時過ぎにやたらと長い横揺れを感じました。

その時、母親が住むマンション内に、母と子どもと私の3人で居ました。

他に集まっていた家族は早々に去った後で、夫は一日中お仕事で元旦の家族会には参加していませんでした。

母は鈍いので、私が地震だ!と言っても判らず、揺れている壁掛けの観葉植物を指差すまで何言っても信じてくれないくらいだったのですが、部屋の中で遊び回って揺れに気付かなかった子どもは私の声で地震に気付くと、長い揺れに若干緊張した面持ちでいました。

私達が居た所からはそのくらいの感覚でどうにか終わりましたが、嫌な胸騒ぎがしてスマホの通知欄を見ると、ニュースアプリの地震速報がずらりと並んでいました。


母は独り身ではないものの、現在一人暮らし中でケチってTVを置いていない為、その瞬間我々はスマホで情報を追うしか出来なかったのですが、石川県を震源として非常に大きな地震が発生していた事を知って焦りました。

元日から大変な事になってしまったと思いました。

自分は、再婚して今の平穏な暮らしを手に入れたからというものSNSはLINE程度しか使わなくなりましたが、友人達へ新年の挨拶メッセージを送ったりお正月的な投稿を行おうとしていました。

しかし地震が思った以上に大きく、暫く津波警報も続き、特に震源地である能登地方の被害が凄まじいと知り、正月を楽しめる雰囲気ではないと思って夕方以降の発信は自粛。

地震発生から2~3時間ほど、落ち着かない気持ちで少し長めに母のマンションで過ごし、子どもと一緒に慎重に帰宅した後は、自宅のTVをつけました。

お正月特番は、やったりやらなかったりだったのでしょうか。
少なくとも私と子どもが帰宅後に見た際のテレビ画面は、番組を放送しながらもずっと速報が表示されているといった状態で、暫くずっと緊迫感がありました。

子どもは大地震についてよく判っていないので帰ってからはわいわいと平常運転で、なんなら寝かしつけまで大変スムーズな日でした。

その後、私は好きな配信者の生配信を聴いたりして軽く情報収集をし、ずっと一人で不安な気持ちでいましたが、夫が深夜に帰宅してからどうにか眠る事ができました。


能登地方での余震はその後も続き、アメリカのロスでは銃撃事件が起き、翌日夜には羽田空港で飛行機が炎上する大規模な衝突事故が発生。

ニューヨークでは複数の爆発が起き、韓国では議員が首を刺されるという事件も発生していたようで、年明けから日本国内だけでも大災害・大事件に見舞われていたところ、世界中で大きなニュースが飛び交うといった状況に。

さらにその翌日は、山手線内で殺傷事件。
お正月は連日不穏なニュースばかりでしんどかったのを覚えています。



元旦の大地震での被災者の方は当然として、被災地域からだいぶ離れた場所に居ても心が疲れてしまった方は多かったのではないでしょうか…。

私の場合、お正月休みの間はSNSを必要以上に開かず、いつもより子どもと多く触れ合い、家族とよく話し、メディア漬けにならないよう努めました。



大地震は令和6年能登半島地震と名付けられたようですが、元旦の家族団欒を楽しんでいる中で被災された方、亡くなった方を思うと本当に胸が痛くなります。


1月6日の時点で尚懸命な救出活動は続き、夜には更に余震があったそうですね…。
地震発生から124時間経過するも高齢女性が無事救出されるという奇跡のような嬉しいニュースもあり(文章で泣いてしまった)、かと思えば品川駅ホームから男が見知らぬ他人の背を押すという殺人未遂事件もありと、ニュース通知が忙しない日でした。

そして本日、とうとう年明けと震災発生から一週間が経過。

いつもとは明らかに違うお正月が終わり、当初沈んでいた気持ちは徐々に通常時に近い状態となりましたが、自分がぬくぬく過ごしている中でも被災地で辛い思いをされている方が多く存在しているというのは、ふとした時に感じて苦しくなります。


不謹慎厨に関してはSNSで散々言われているトピックだけれど、私は少しずつ自分の生活を取り戻すことにしました。
自分の気持ち的に、表立ってはワイワイ出来ないけれど、家族や友人と普段通りのテンションで過ごし始めました。

今の私からは義援金をお送りする事しか出来ないけれど、少しでも早い復興と、避難所の皆様の安全と無事を祈っております。

お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、ご遺族、被災された全ての方に、心よりお見舞い申し上げます。



年末のnote執筆による心境変化


落ち着いた時にふと思ったので、こちらに関しても書き綴っておきます。

クリスマスが終わった後、「こうしたいな。」と唐突に思ったがためにnoteアプリを落とし、自身の半生をつらつらと書き始めました。

・誰かに話したいが、周りには全貌までは気軽には話せない。そんな内容を纏めておきたい。

・今こそ落ち着いているが、ほんの数年前まで色々な出来事があった為、自身の過去の記憶ツアーを脳内で組みたい。
(クソみたいな思い出ばかりだけれど敢えて)


そうしたフワッとした思いから開始したものであった気がします。


年始に自粛していた間は一文字も書かなかったものの、note自体を始めてからは10日ちょっとが経過しました。
世間で色々と起こり過ぎて、まだそれしか経っていないんだなという印象ではありますが…。


また明日以降チビチビ書いていこうとは思うのですが、兎にも角にも、おおよそ「初めに」で書いてある通りで、何となく自身の等身大の過去を振り返っている最中ではあります。

私はSNSであけすけに叫びまくれる鍵垢や何らかの専用垢を持っているわけでもないし(その昔、軽く浸かった風俗嬢時代も風俗系の愚痴アカは所持せず、不満を溜め込んで全然発散できなかったくらい…。)たまりゆく本音や自身の過去については、夫以外の他者にはまるで話さない。

親友にも隠している事が多いし、隠し事や自分達を守る為の嘘が積み重なって、自分自身がブレていると感じる事もしばしばある。


朧げな幼少期の思い出から、陰キャ中学時代、海外移住して環境が一気に変化した高校時代までをnoteに書き終えたところですが、普段そこまで深く思い返さないようにしている記憶や感情が次々と浮かび上がり、恥ずかしいやら鬱だわ懐かしいやらで複雑な気持ちであります。

長い旅路を振り返る事自体はとても感慨深いのですが。


守りたいものも多い今は特に、絶対声に出して語る事はない経験たちをこうして書き綴り、文章に変換していく事が新鮮すぎる。


書いたら書いたで、大昔に報われなかった想いがほんの少しだけ救われるような謎の感覚に陥るし、ある程度成長してから全て思い返しているので、昔の自分と違って客観的に自身の悪夢を振り返れたりして、謎の「乗り越えられた感」がどこからともなく湧いてくる事にも気が付いた。

今でも時折過去をチラチラ気にしている時点で、特別乗り越えたという感じではないのだろうが。


まあ、文にしてみると、マジで大した事ない出来事も多いし自分はとことん馬鹿だなあ、と思うようになったので、こういうジャーナルは成長の糧にはなりそうな気がする…。


それと、自分がとことん根に持つタイプだという事も解った。

人に話さない事を書き綴って残していくのは、気持ちの整理、かつ自己分析にうってつけかもしれない。


最後にひとつ。
私がずっと陥っている状態の名前が(恐らく)判った。

ネガティブな方のマインドワンダリング、みたいだ。


何かをしている最中もまるで関係の無い事ばかり考えてしまって、気分も上がらず、頭を使う事ができず注意力散漫、記憶力は仕事せず、思考もバラつき、文章が上手く解読できない時も。

安定せず、目の前の出来事に思いをめぐらせる事が出来ず、彷徨い、迷走する心だそうだ。

生まれる前~幼少期」の最初の方にも少し書いたが、私は基本的に思考がずっと纏まらない状態で過ごしている。

note執筆は始めたばかりだが、書いている最中にわりと思考がぐるぐるしてしまって大変だし、何度も何度も嫌になるくらい確認していかないと書き切ることが出来ない。

頭の中でイヤな事ばかり考えてしまって、延々と負のループに陥ることが非常に多い。
眠れないし、日中も仕事や大事な場面ですら集中が出来ない。

正直しんどい。

調べたところ、物事の受け止め方を変えるか、過ぎ去った過去や確定しない未来でなく「今」に最もフォーカスするのが解決策だそう。

自分の周りと、自身の生きやすさの為にも、何歳になっても成長していかんといけんな…。



次のnoteは、かなり重たいエピソードも含まれている、短大時代の話を書きます。

疲れちゃうから、また明日。

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のあメス この前ふいにアイスカフェラテを奢っていただく事があり、これぞささやかだけど大きい幸せだぁ!と思いました。 なんだかいつもより美味しく感じました☕️ 誰かからカフェラテを飲ませて貰える分、明るく生きられる気がします。